第15話 弓月少年からの報告

 ――ここからは弓月少年から聞いたことだ。  


 深夜から始まった説得は、意外にもあっさりと幕を下ろした。

 

 無戸籍に関する相談窓口というものが存在し、戸籍を取得する手続きの相談に

乗ってくれることや、戸籍があれば、免許やパスポートも取得できて就職の幅も広がること、望めば義務教育を受けることができること――これらを丁寧に説明すると、男はすんなりと最適な選択を選んでくれた。


 もともと聡い人間でもあるし、彼自身も自分が都合良く利用されていることには、とうに気づいていたこともあって、想定よりも至極あっさりと説得に耳を傾けて

くれたのだ。


 説得が無事成功すると、男はポツリポツリと自分の境遇を語り始めた。

 自ら自発的に話し始めているところを見ると、彼なりに自分の境遇について思う

ことが溜まっていたのだろう。ソファに浅く腰かけ、俯きながら話した。

 トレードマークとも言える狐面を被ったままなので、この洋風の居間の中では浮いている。


 男は字はカタカナしか教えてもらえず、義務教育はおろか通信手段も与えてもらえず、連絡も常に直接会って口頭で指示されていた。

 ――おそらく外の情報に触れさせず、逃げ出されないようにするために。


 そんな境遇でも、教えられたことは必ずこなせるだけの能力に恵まれたおかげで、食糧や日用品に不自由することはなかったという。


「お前たちからすれば、俺のいた場所は異質なものだったのだろう。だが真実、一度として自分を哀れんだことなどない。こういう生き方をする運命だったのだろう」


 外の世界を知っても、男は決して組織に対して恨み言を口にすることはなく、淡々と今までの境遇を語った。


「……この年まで衣食住を組織に提供してもらったことは事実。その恩には報いたい」


 たとえ用済みになれば処分するだけの存在だったとしても、最低限の義理は果たしたいというのが男の願いだった。この自分なりの筋を通そうとする気性は、もって生まれたものなのかもしれない。


 そのため組織の詳細については話せないが、組織と関わらず生きていける可能性を知った今、男は戸籍を取得し、罪を償い、新たな生活を送ることを決意してくれた。

 僕の「未来」についての荒唐無稽な話も、特殊な環境にいたせいか、元々素直な

気質なのか、真剣に聞いたうえでの決断だ。


「……ただ俺が姿を消したことが分かれば、テンさんは必ずや探しに来るだろう。

お前たちが用意した『ニセモノ』の元にもだ」


 テンさんというのは、男の指導役とも兄貴分とも言える存在で、数年前からX集落に住む男に組織からの指示を伝えたり、日用品を運んできてくれたり、話し相手にもなってくれていた存在だという。

 ちなみに「テン」というのは、本名からとった呼び名ではなく、「添山」の「添」が音読みで「テン」とも読めることが由来だという。いずれにせよ男はテンさんに

ついて、その来歴や素性は何も知らないと語った。

 

 「仕事」のやり方も男に指導していたそうなので、それなりに「仕事」が出来る人物なのだろう――僕もそれは見越していて、今現在僕らが居るこの家は、いつも唯香さんが訪ねてくる家とはあえて異なる家にしていた。


 「ニセモノ」を演じてもらっているバイトの少年にも、当初は寮にいる内通者に姿が見られるよう2時間近く現場にいるよう依頼していたが、もう目的を果たしたので帰っても良いと連絡しておいて良かった。


 これらのことを説明すると、男は安心したのか、少しだけ俯いていた頭を持ち上げて「そうか」と言った。まだ数時間の付き合いだが、たくさんの話をしたことで警戒心が薄れたのだろう。おもむろに狐面を外した。


 「あらっ、そんな顔をしていたの!」


 今まで黙っていた愛理さんが、男の顔を見て思わず叫んだ。

 その反応が男にとっては予想外だったのか、そそくさと仮面を被り直す。

 仮面の下から一瞬だけ現れた顔は、滅多にないほど整った容貌だった。  

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る