第14話 ホンモノとニセモノ
「狐面を被った男の確保に成功しました。やはり寮内に内通者がいたようです」
深夜1時30分を過ぎた頃だろうか、弓月少年から報告の電話があった。
いつも余裕のある態度の彼が、珍しく興奮で声が上ずっている。
「――それじゃあ?」
自分でも分かるくらいに胸の鼓動が騒ぐのを感じながら、私は続きを促す。
「はい。寮で騒ぎが起きると、すぐに男が動き出しました。予想通りホンモノと
接触を図ろうとしてくれたお陰で、居場所もすぐに特定できました。今は身柄を
押さえて、僕の所有する家の1つで保護しています」
落ち着いた話しぶりのなかにも、成功の興奮が冷めやらぬせいか少し早口になっている。無理もない。今回のことは初めてこちらから仕掛けた策であり、追い込まれた末に賭けた一か八かの勝負事でもあったのだ。
そこへ弓月少年の握るスマホを取り上げでもしたのか、唐突に愛里の声が聞こえてきた。
「今は説得しているところ! 本当に唯香の名演技のおかげだよ!」
そう。「寮の外に妙な格好の男がいる」と、心から
「夜遅い時間だから一斉メールで知らせよう」と提案したのも、寮監先生に不審者の件を伝えに行くと自ら言い出したのも、もちろん私。
「ふふ、頑張ったからね。一世一代の大勝負だもの!」
予想以上に上手くいったので、思わず私もおだてに乗って軽口を叩いてしまう。
とはいえこの策を考案したのは、私ではなく、やはり弓月少年だった。
これはこの寮に住む内通者を利用するために、弓月少年の推理を元に仕組んだ策だったのだ。
『佳奈美さんに写真を提供した人物についてですが、おそらく唯香さんと同じ寮に住む女子学生と親密な仲になり、情報提供を依頼している可能性が高いです。唯香さんの外出先や外出している時間をピンポイントで知ることなんて、外出時を特定した上で尾行でもしない限り無理ですからね』
当初は弓月少年のこの推理をとても信じられなかったが、半信半疑ながらも実際に実行してみて分かった。
本当に寮の中に内通者はいたのだ。それが本人も自覚してやっているのかどうかは置いておいて。
こうして
3年生の先輩が一斉メールを発信した際にも、私が弓月少年と愛理のいる家に定期的に訪問していることを知っていそうな寮生には、別途不審者警告メールを私から流して必ずこの情報が回るように配慮していた。
「あの子にはバイト代を弾んだからね。その代わり、たっぷり2時間近くは現地に居てもらいますよ」
作戦としては、弓月少年が用意したアルバイトの男の子が狐面を被り、あえてその内通している寮内の学生にも見てもらうようにするというもの。
ニセモノの狐面の男が現れたとなれば、組織の側も黙って見過ごすことは出来ないはず――その結果、連絡を受けた組織の側の人間は、必ずホンモノに確認しに行くだろうという算段だったのだ。
「それで、保護したのはホンモノなの?」
そして、この作戦のもう1つの肝は「狐面の男は、本物と偽物の二人いるはず」という前提で動く――というもの。
「もちろんホンモノですよ」
良かった――。
何度も過去に戻って、初めて「狐面の男」を保護することが出来た。
もちろん保護したからといって、彼が協力してくれるかどうかは、また別の問題
だが……少なくとも愛理と佳奈美に危害を加えないよう説得できる。このチャンスがあるのとないのとでは大違いだ。
実はこれも弓月少年のお手柄だったりする。
『前回の世界では、佳奈美さんを殺した狐面を被った男は<ホンモノ>ではなく、
組織の用意した別の<ニセモノ>の狐面の男で、<ホンモノ>は偽物が佳奈美さん
を殺す前に、すでに自殺に見せかけられて殺されていた……そう考えると辻褄が
合うんです。全ては彼ひとりに罪をなすりつけるために――』
弓月少年のこの推理も、そう考えれば「前回の世界で、佳奈美を殺した狐面の男が後程自殺して見つかったのに、死亡推定時刻の時間に生きているところを目撃されている」という矛盾を説明できる。
1回目に過去に戻ったときに、狐面を被った男は佳奈美を殺した後、自殺したことにされていた。愛理を含めて大学生7人を殺し、さらに衆人環視の中、女子大生を殺したのだ。自暴自棄の末の自殺だと誰もが思った。
だからこの死亡推定時刻の矛盾も、都市伝説の類なのだろうと思っていた。
『ストーリーとしては納得できるものです。ですが納得できるものが、イコール真実であるとは限らない。むしろ綺麗に繋がるストーリーほど、わざとらしいものはない』
その目に一瞬強く光を宿して、弓月少年は言っていた。
「過去に戻る方法」を数多の人に教える彼には、思うところがあったのだろう。
「……まだ『ニセモノ』もいることですし、我々はそろそろ『ホンモノ』の説得に
入ります。『ホンモノ』が姿をくらましたことは、いずれ知られることですから」
首尾良く「狐面の男の保護」を果たした弓月少年は、達成感に酔いしれることなく、既に先を見ていた。
その言わんとするところを察した私は、互いに健闘をたたえ合うと、スマホの通話ボタンを切り、眠気覚ましのコーヒーとドリンク剤を用意して徹夜でこの寮を見守る準備をする。
――今夜は長くなりそうだ。
まだ暗い窓の外がそう言っているようだ。
覚悟を決めた私は、一気にドリンク剤を飲み干した。
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