第12話 離間工作
思えば佳奈美が不審者に狙われていた事件も、大学の総合図書館でひとり
「X集落のある地域の歴史や習慣」について調べていたときだった。
私にはどうしてそれがそんなに佳奈美の興味を惹くのか全く理解できないし、
仲舘というX集落のある山の所有者の方から電話がかかってきたという経緯も
なんとも不気味だ。
それにお祓いは気持ちがそれで収まるならいいが、そのためにX集落に向かって
途中で狐面の男に襲われでもしたらどうしようもない。
私は当然反対した。
だが佳奈美も生粋のオカルトマニア。
そっちの方面で話を進めようとする。
私が反対しても、独自の調査で得られた鳥追山の「隠れ里」伝説とX集落の関係
を語っては、そこから愛理の行方を知る手掛かりが得られるかもしれないと息巻く。
確かに興味深い話ではあったが、妄想癖のある人間の空想話のように聞こえない
こともなく、仲舘という人物もX集落のある山の所有者だと自己申告しているからといって信頼できる理由にはならない。
――そろそろ愛理の居場所について打ち明ける頃合いか。
そう思いながらも、やはり弓月少年と相談してからにしようと考えた私は、すぐに
それを行動に移すことはなかった。
今日もたまたま食堂で見かけたから再度実家に早く帰るよう促すと、佳奈美は一枚の写真を差し出してきた。
それは私が愛理と一緒に、少年の家に入る瞬間を捉えたものだった。
私たちの目線を見る限り、盗み撮りされた一枚だと分かる。
二人の服装からして二日前にあの一軒家を訪れた際のものだろう。
この写真を撮影することで、私と佳奈美の仲を裂き疑念を植え付けようとする人物――それはもう狐面の男、もしくは「0」、そして狐面の男の属する「組織」以外には考えられない。
想像以上に危機が迫っていることを実感する。
この写真が撮影されているということは、愛理と佳奈美の居所を特定したと知らせているに等しい。
つまりいつでも襲撃出来るという脅しとも受け取ることが出来る。
「……これ、どういうこと?」
「また説明しないつもりなの? いい加減に、教えてよ!」
佳奈美の声には、明らかに疑念が含まれている。
あと1週間もしないうちに帰省しようとしていた佳奈美に、どうして余計なことをするのか。
弓月少年のお陰で、やっと私の荒唐無稽な話を信じてくれるようになった愛理まで、どうして付け狙うのか。
これで私を疑って一人で行動した佳奈美に万一のことがあれば、私はまた……。
前回の悪夢が一瞬で予想となって、私の前に立ちはだかる。
「あと少しなのに! どうして余計なことばかりするの!」
私はパニックになり、思わずトレイの横に置いていたナイフを手にして、近くに潜んでいるであろう男に突きつけたい衝動に駆られた。
もちろんこれは佳奈美に向けたものではない。
どこかに居るであろう、愛理と佳奈美をつけ狙っている見えない相手に向けて発したもので、自分ではあくまで心の中だけで叫んだつもりだった。
しかし無意識に大きな声を発していたようで、佳奈美は椅子から立ち上がり、
後ずさった。同時に周囲からは、小さな悲鳴が上がる。
ここで
「……これは、違うの。ただ……」
渡しは手にしていたナイフをトレイの上に置き直して、
「……今日はもういいよ」
佳奈美は小さく言うと、逃げ出すように食堂を後にした。
やってしまった――。
私も人目を避けるように食堂を後にする。
どうする。
どうしたら佳奈美の疑いを晴らして、危険が迫っていると伝えられる?
散々悩んだ末に、私は素直に自分の気持ちを綴ることにした。
長々と説明すると却って怪しい。
だから私はあくまで簡潔に書くことにした。
『さっきはごめん。佳奈美のことが心配だった。明日、一緒に実家に帰ろう』
しかしこのスマホで送ったメールに、返事は返ってこなかった。
万事休すだ。そう認めざるを得ない。
危機がすぐそこまで迫っているというのに、私は決定的に佳奈美の信頼を失ってしまった。
落胆した私は、すぐに弓月少年に連絡をして、自分の不覚を正直に告白した。
自分の失態を打ち明けるのは辛いものがあったが、命がかかっている以上そんな
小さなことに拘っている場合ではない。こうしている間にも、今度は佳奈美が想定外の行動を取ってしまうかもしれないからだ。
私は正直に事の
その結果、この件を知った愛理がまたしても佳奈美に電話してくれたらしいが、
いろいろ制約がある中でのこともあり、通話の途中から涙声で「唯香の言うとおりにして」と懇願するしか出来なかったらしい。
この愛理の行動を佳奈美がどう解釈したのかは分からないが、私は素直に彼女のフォローに感謝した。
相手の離間工作が功を制するのが先か、それとも狐面の男を見つけ出して説得するのが先か――それが明暗を分ける。
やれることをやるしかない。
とりあえず今の私が出来るのは、相手の離間工作を妨害するべく、佳奈美への説得を続け、その身を守り抜くことくらい。
これだけは絶対に守ることを誓った。
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