第11話 膠着状態


 大学に戻った私は、弓月少年に言われた通り、愛理の保護は少年に一任する

ことにして、その代わり万が一にも愛理の居場所を特定されないよう、愛理の

所在と安否は佳奈美にすら知らせず秘密を守ることに徹した。

 

 正直これは心苦しい選択だったが、秘密が漏れてしまえば、狐面を被った男

が愛理を狙う可能性がある。だから愛理の安否を案じては沈む佳奈美を見て痛む

心を、私はこらえなければならなかった。


 その一方で、一番肝心の佳奈美に実家に帰ってもらうよう説得する仕事は、

暗礁に乗り上げていた。


 私が何度も実家に帰って身の安全を守って欲しいと訴えても、佳奈美は

絶対に実家に帰ろうとはしなかったのだ。

 大学に入学したばかりだから、親御さんの気持ちや自分の将来を考えれば

理解はできる決断だが、未来を知っているだけに私は気が気ではなかった。


 だから半ば強引にでも実家に帰ることを事あるごとに勧めたのだが、

そこまでしても佳奈美が首を縦に振ることはなく、実家に帰ろうとはしなかった。

 むしろ愛理と一緒に運営していたオカルトサイトに来た「0」からのメールを

見つけた佳奈美は、私と一緒に「0」と会おうとまで提案する始末だ。


 ――あり得ない。


 狐面の男のターゲットのうちの1人である愛理は、親しい人間すら居場所が

分からない状態になっている――となれば、残りの一人である佳奈美が狙される

可能性が高い。私はめげずに再三寮を離れ、実家なり安全な場所に身を置くよう

説得した。


 しかし――。


『それは出来ない。そんな自分だけ安全圏にいるようなことなんてできないって!』


 そんなことまで口にして、佳奈美は絶対に頷いてはくれない。

 膠着状態が続き焦りだけが募るなか、ついに佳奈美を狙う不審者が学内にまで

侵入していることまで分かった。

 その時には先輩の機転のおかげで佳奈美が無事でいてくれたと知り、安堵の

あまり涙が出たくらいだ。


 この事件以来、私は寮の友人たちとも協力して、もう過保護なくらいに佳奈美

の身辺の警護に気を配るようになったのは言うまでもない。

 本当に毎日心配で堪らないのだけれど、佳奈美の気持ちを無視して実家に強制

送還する訳にもいかない。不安な日々が続いた。


 そんな佳奈美を心配した愛理も、居所がバレるのを防ぐために本来は身を隠して

おかなければならない立場だというのに、自ら佳奈美に電話をかけたくらいだ。

 まあそれも怖がられこそすれ、聞き入れてはもらえなかったのだが……。 

 

 そしてその間も、私は「0」との交渉を続けていた。

 もちろん愛理の居所を聞き出すためではない。

 逆に狐面の男の居所を探るためだ。


 「0」と狐面の男との関係はいまだ不明だが、重なり合う部分は確実に多い。

 だから狐面の男の消息を追うためにも、この交渉を諦める訳にはいかない。


 しかしこれが想像以上に難航した。

 「0」がX集落で会うことに固執しているので、一向に話が進まないのだ。

 X集落で会う――それは前回に起きた大学生七人の殺害事件を想起させ、とても

頷けるものではない。だから代替案を何度も提示しているのに、先方にも事情があるのか、それには一切応答がなく膠着状態が続いている。

 弓月少年と愛理も並行して狐面の男の居所を調査してくれているが、こちらも

なかなか結果が出ない。


 そんな混乱を極めた時にも、期末試験は容赦なく迫ってくる。

 私も学校全体も試験一色となり、周囲と協力してかろうじて佳奈美を一人に

しないことで、その身を守ることが出来た。


 これも弓月少年の助言のおかげだ。


『……男との交渉は僕に任せて、あなたは佳奈美さんを全力で守り抜いてください。今度は周囲の協力も得て』

 

 この言葉がなければ、私は当然のように前と同じように一人きりで何もかもを

背負う道を選んでいただろう。


 弓月少年と愛理が追っている狐面の男との接触、そして私が交渉を続けている「0」との交渉――これらが上手くいっていないのに、それでもなんとか佳奈美を

守り、期末試験も乗り越えられたのは、やはり周囲、そして弓月少年と愛理の協力

があってのことだと実感する。

 

 実際、定期的に直接二人に会っては、お互いに近況を話し合ったり、愛理が必要とする日用品を一緒に買いに行ったりすること自体も、一連の事件の解決には直接結びつかなくても、この頃にはいつしか息抜きやストレス解消の一助になっていた。


 こうして周囲の協力も得ながら、私と佳奈美は、なんとか期末試験を乗り切った。

 あと一週間で佳奈美は実家に帰るという。

 これでひと段落出来る――そう思っていた矢先、佳奈美が妙なことを言い出した。


 仲舘というX集落のある添山の所有者だと自称する人間のところへお祓いに行くと言い出したのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る