第9話 味方
『……愛理さんが亡くなっているのが発見されました』
硬い表情で第一報を伝える女性アナウンサーが映るテレビ画面と、それを見て
悲鳴を上げ、泣き出する寮生たち――もうトラウマのように記憶に刻み付けられて
しまった、あの場面。それがまた再現されてしまう。
そんなのは絶対に嫌だ。
私は決して認めない。
授業もサークルも食事さえも忘れ、私は愛理の行方を捜した。
一日中心当たりの場所を駆け回り、メールもSNSのメッセージも数えきれない
ほど送ったし、電話も何度かけたか分からない。
しかしそこまでしても、愛理の姿を見つけることはできず、連絡もつかなかった。
しかも佳奈美によると失踪直前に愛理から「佳奈美、ごめんね。私が絶対になんとかするから」という意味深なメッセージを受け取っていたことが気にかかる。
デジャブのように見覚えのあるこの場面は悪夢へと続く序章を予感させ、焦りで心が塗り潰されそうになってくる。
そんな気持ちを持て余しつつ、収穫もないまま、くたくたに疲れて寮に戻る。今日も帰宅は夜になり、夕食の時間はとうに過ぎていた。どのみち食欲なんて湧かない精神状態なので、さっさと自室に戻って休もうとすると、すぐに自室のドアがノックされた。
明らかに私が帰宅するのを見計らっていたかのようなタイミングに、疲れて気力はないものの、仕方なくドアを開けると、先輩が「かわいい彼氏が来てるよ!ゲストルームで待ってる」とニヤニヤした顔で教えてくれた。
「人違いですよ。私、彼氏なんていませんし、それどころじゃないんで」
そう言って扉を閉めようとすると、強引に私を外に連れ出し「照れない照れない」と無理やりゲストルームまで引きずって行く。疲れて抵抗する気力すら無くなって
いた私は、大人しくゲストルームまで連れていかれるしかなかった。
(まあ、いいか。その客の男性とやらに会えば、人違いだとすぐに分かるだろう)
そう思いなおして、先輩に言われるがままゲストルームの扉を開けると、中には
白いワイシャツと黒のスラックスを履いた華奢な少年が座っていた。
(……やっぱり人違いじゃない)
そう思いつつも先輩の手前、「失礼します」と断りつつ、早く人違いだと気づいてくれないかなと思いつつ室内に入る。しかし予想に反して、少年は私の顔を確認すると、ぺこりと一礼した。
(……?)
予想外の反応に戸惑っていると、少年はおもむろに鞄から眼鏡を取り出して、私の方に顔を向けてかけてみせた。
そこまでしてもらって、私はようやく気付いた。
少年は「過去に戻る方法」を教えてくれた男性だった。落ち着いた所作なのは、
やはり実年齢よりも精神年齢がずっと上回っているからなのだろう。
「あれから連絡がなかったので、来てしまいました。どうですか、その後?」
そういえば、私は彼のメールアドレスを知ってはいるけれど、私が彼に教えた
電話番号は過去の世界のもの。再び過去に戻ってからは、私は今現在の電話番号
を彼に教えていなかった。
だから前に電話で話した数少ない手がかりを元にわざわざこの寮まで来てくれた
のか――そう思うと、なんだか申し訳ない気持ちになった。
『それに……今度は僕も手伝います。一緒に過去に戻りましょう』
正直あれは社交辞令だと思い込んでいたし、もし社交辞令ではなかったとしても、
助けを借りるのはまだ先のことだと思っていた。
それに今の時期、高校生にとっては期末テストの直前のはず。
将来に係る貴重な時間を私の都合で奪うことなんて出来ないと遠慮していた。
そう打ち明けると、目の前の少年は「僕は学生ではありません。そのためお気遣いは必要ありませんよ。それよりも、例の件は順調ですか?」といきなり本題に切り込んできた。
「…………」
彼のストレートな質問に、私は口を噤んでしまった。
再度過去に戻ったというのに、結局愛理は失踪してしまった……過去に戻ったのはまたしても失敗だったのだ。私は申し訳なさと自分の不甲斐なさに言葉もなかった。
「……これは失礼。ぶしつけな質問でした。無理にとは言いませんが、僕はいつでも力になりますよ」
そう言うとそっと、目の前の机の上に名刺を置いた。
『総合コンサルタント 弓月 凪 TEL:〇〇〇-××××-××××』
正直この肩書だけでは何の仕事なのか、さっぱり分からないが、彼の余裕に溢れた所作は頼もしく感じた。実際のところ、今の私には全ての事情を踏まえたうえで頼れる人物はこの目の前の少年しかいないのだ。
急速に現実を実感すると、気づけば私は、自然と今までの経緯を少年に語っていた。知らず我慢を重ねていたのか、途中からは半ば涙声になってしまったのが我ながら情けない。
それでも少年は静かに最後まで私の話を聞いてくれたうえに「お話はわかりました。今までよく頑張りましたね。ここは僕に任せて、あなたはゆっくりと休んでください」と私を労ってくれた。とても年下とは思えない、スマートな対応だ。
それから私に愛理の情報と画像をメールで送るよう頼むと、挨拶を済ませ、そそくさとゲストルームを後にした。
まだ高校生くらいの少年のことだ。
長じてあの「過去に戻る方法」を教えてくれた青年に成長するとしても、今はまだ子ども。失礼ながら正直私はあまり期待していなかったものの、久しぶりに安心できる言葉に出会い、その夜は久しぶりにたっぷりと睡眠を取ることが出来た。
そして明けて翌日――驚くべきことに少年は早速約束を守ってくれた。
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