第8話 隠し事

 

 3度目の入学式を迎えた私は、同じ寮への入居申請はしたものの、今度は

愛理と佳奈美の二人とは少し距離を置いた。

 親しくなり過ぎると、忠告しても真剣には聞いてくれないことを学んだ

からだ。


 その代わり目立つグループの仲間に入って人脈を広げた。

 普段から他の人脈と二人を繋ぐハブ役となっておけば、いざというときに

力になってくれる。

 それに同じ学科のうえ同じ寮で生活を送っているから常に近況は把握できる

し、今回は愛理と佳奈美、そして私の三人だけではなく、タイムリープの方法

を教えてくれた男性も含めて、なるべく多くの人の手を借りることに決めたからだ。


 こうして他のグループではあるものの、ことあるごとに二人に心霊スポット

巡りやオカルトに関わるなと忠告するという難儀な役目を果たしてきた訳だが、

二人のオカルト愛は強く、結局オカルトサイトの運営も心霊スポット巡りも

止めることは出来なかった。


 もう何度全てを話してしまおうと思ったのか分からない。

 しかしそうしたところで簡単には信じてもらえないし、全てを話してしまう

と、二人が予想外の行動に出てしまったり、これが運命なのだと諦めてしまう

可能性がある。


 だから私は今回は最初から全部を話すのはやめにした。

 多すぎる情報は、予断を生んでしまう――悪いほうに。

 前回過去に戻ったときの経験を踏まえ、私は確信していた。


 だからせめてX集落に行くことだけは止めさせようと、二人の心霊スポット

巡りの行き先には常に神経を尖らせ、二人が運営するオカルトサイトや、二人の

SNSの動向をチェックするのは、もはや日課となっていた。


 なにより愛理がX集落に興味をもってしまうきっかけはSNSだった――それは

過去に戻る前に愛理本人から聞いていたし、1回目に過去に戻った時にも確認して

いる――この事実がある以上、そこから派生するリスクは、どうしても潰して

おきたいことだった。


 だがそれでも24時間そこを監視することはできない。 

 いつの間にか投稿されていたそのSNSは、まるで運命のように愛理の目に

留まり、その曰くあり気な話に好奇心がくすぐられてしまった愛理は、

すっかりX集落に魅了されてしまった。


 また止められなかった――!


 それを知った私は、失点を挽回するためにもかなり強く警告したのだが、

それがかえって愛理の好奇心を刺激して、意固地になってしまった。

 それでもう手段を選んではいられないと半ば監視するくらいの勢いで、

なんとかX集落行きを阻止しようと頑張っていたのだが……結局は二人は

私の目を盗んでX集落へと旅立ってしまった。


 後になって二人がX集落に向かったことを知った私は、もう不安で不安で

仕方なくなり何度も電話もメールもしては、途中でもいいから帰ってきて

欲しいと訴えた。


 それなのに圏外なのか全く通じない。


 このままではあの事件の序章が始まってしまう。

 私のあまりの動揺ぶりに他の友人たちからも宥められるが、連絡もつかない

ままでは落ち着きようがない。祈るような気持ちで、私は二人からの連絡を

待ち続けた。

 

 しかし連絡のないまま夜が明け、二人はようやく帰ってきた。


 案の定X集落で怪現象に見舞われたらしく、そのことを震えながら話す。

その内容も判で押したように、前と同じだ。民家で怪奇現象に見舞われ、撮影

機材を失い、狐面を被った男に警告を受けている。帰路にある道の駅での異変も

同じ。


 二人はもう、狐面の男に出会ってしまった――ここはもう変えられない。


 その事実に私が愕然とした私は、思わず二人になぜあれほど警告したのに

X集落に行ってしまったのかと厳しく問い詰めてしまった。


 感情的になりすぎた。これでは逆効果だ――それに気づいたのは、愛理が

さっさと自分の部屋に帰ってしまった後だった。

 気まずそうにその場に残っている佳奈美も、自分の部屋に帰りたそうだ。


 せめてもと私は強引に佳奈美の部屋に同行し、実家に帰ることを勧め、

なるべく一人でいないように警告する。今度は努めて冷静に話したおかげで、

佳奈美も真剣に聞いてくれた。


 残りは愛理。

 今すぐにでも話をしたいところだけれど、鍵を閉めて自室に籠ってしまった

から、明日にするしかない。


 ただ気になるのは、1度目に過去に戻った時には愛理がサイトで余計な

コメントをしてしまったことから、「0」との繋がりをもってしまったこと。

 どうか今夜はゆっくり休んで、余計なことはしないで欲しい。

 心からそう思いながら、私は佳奈美の部屋を後にし、今夜一晩は私が二人の

運営するオカルトサイトに異変がないか監視することにした。


***


 翌朝、気づくと私はデスクの上のパソコンに突っ伏すように眠っていた。

 

 慌てて時計を確認すると、時計の針は午前6時30分を指している。

 愛理と佳奈美を待っている間、ほとんど眠っていなかったから、途中で眠り

こけてしまったようだ。慌てて二人のオカルトサイトをチェックすると――

愛理は思い切りX集落の記事をアップロードしていた。


 まただ。やはりこの流れは変えられないのか。

 泣きたくなるほどの失態だが、落ち込んでいる暇はない。私は叱られるのが

嫌だからと逃げ回る愛理を捕まえて、夕方に自室に来るように約束させた。


 不測の事態なので、万が一にもスタンドプレーに走らぬよう、愛理には真実を

一部伝えることにした。


 ――私が10年以上先の未来からこの時代へ戻って来たこと。


 ――愛理がX集落についてコメントをしたことで、「0」というハンドルネームの人物と繋がりが出来てしまうこと。


 ――その「0」とX集落で会うことにすると、護衛の男子学生ともども愛理は殺されてしまうこと。


 ――愛理が死んだ後、佳奈美も殺されてしまうこと。


「だから、今サイトにアップロードしているX集落に関する記事は、すぐにでも

消して欲しい。早くしないと『0』と縁が繋がって、愛理は死ぬことになる……

かもしれない」


 私の言葉に真っ青になった愛理は「どうして早く言ってくれなかったの!」

と喧嘩腰で私に詰め寄ってきたので、私も前回に過去に戻った際には愛理に

全てを話したのに、結局「0」と縁が出来てしまったと反論してしまう。

 二人とも強い理不尽への反発をぶつける場所を探して、感情を互いにぶつけ

合うことで発散したかったのかもしれない。頭のどこかで「こんなことをして

いる場合ではない」ことは分かっていたのだ。


「……記事を消してくる。早くしないと、佳奈美も危ないんでしょう?」


 存分にやり合って気が済んだのか、愛理は一言そう言うと、挨拶もそこそこ

に私の部屋から出ると、急いで自室へと戻った。


 これで良かった。

 少々強引ではあったけれど大丈夫。未来は変えられる。

 私はようやく胸をなでおろすことが出来た。


 それなのに――翌日、愛理は姿を消してしまった。 

 

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