第5話 自責の念(修正済み)


 私が戻ったのは、希望通り、大学の合格通知が届いた日だった。

 通知を受け取るとすぐに入寮を申し込んだ私は、入学式当日のうちに愛理と佳奈美と仲良くなることに成功した。


 まずは順調な出だしだ。

 気を良くした私はオカルトから二人の興味を逸らすよう、他に興味を引きそうな

イベントやサークル活動に誘ったり、ハマりそうな映画やドラマ、音楽を紹介しては

なんとかオカルトから二人を引き離そうとした。


 しかしやり直す前と同じくオカルト好きだった二人は、やはりオカルトサイトを

二人で立ち上げると、そのネタ集めの一環で心霊スポット巡りを始めてしまった。

 事件を未然に防ぐために二人をオカルトから遠ざけようと目を光らせていたのに、結局この流れは止めることが出来なかったのだ。 


 これはまずい。


 X集落に行けば二人に怪異現象に見舞われた挙句、ついには佳奈美が狐面の男の手によって殺されてしまう。


 だから今回私は迷わず愛理と佳奈美を密室に呼び出し、過去に戻る前の歴史と運命を二人に告げることにした。


 サイトを作るほどオカルト大好きな二人だ。不思議な事象は柔軟に受け入れ、信じてくれるはず。

 だから理由をちゃんと打ち明けさえすれば、簡単に事態は前向きに進む。 

 そう楽観的に思っていたのだが――。


 結論からいうと、二人は私が「未来から過去へ戻ってきた」と訴えても、全く信じてはくれなかった。

 

 心霊現象や呪いの類は信じるのに、なぜか私が話す未来の話はかたくなに信じてくれなかったのだ。

 

 なんでもオカルトマニアでもそのジャンルによって興味や、「信じる」「信じない」が分かれる――とのこと。オカルトのカテゴリーに含まれているのなら当然の

ように信じてくれる訳ではなく、私の話のように未来人とか予言の類に聞こえる話というのは、彼女らにとっては信じるに値しないものらしい。


 「……理不尽すぎる」という本音を抑え、二人を助けたい一心で私は今後どんな

未来が待っているのか、それを防ぐには心霊スポット巡り―特にX集落―に行かないことが一番だと訴えた。

 だがそんな私の態度は、かえって愛理の闘争心に火をつけてしまった。


「そんなに唯香が自信もって予言するなら、その心霊スポットに行って、的中するかどうか確かめようよ!」


 むしろ私の警告をきっかけに、二人はますます心霊スポット巡りに熱を入れるようになってしまい。最終的には二人はX集落に行ってしまい、怪奇現象に見舞われた挙句、例の狐面の男と集落と神域を結ぶ橋で出会ってしまった。唯一幸いだったのは、この時もなぜか男は二人を見逃し、二人は寮に無事帰ってくることができたということだ。


 それでも狐面の男と出会ったことで、ようやく二人は私の話を信じて忠告を受け入れてくれる気持ちになってくれた。予定よりはタイムラグはあるけれど、まだ事件は起きていない。まだ間に合うはずだ。


 それではと、私は「過去に戻る方法」を実践する前の世界で起こった出来事を改めて全て打ち明けた。前回は、端から信じていない雰囲気を隠そうともしなかった二人だったが、さすがにX集落で何度も怪異に見舞われた後なので、今度はちゃんと聞いてくれた。


 全てを聞いた佳奈美は私の指示に従い、授業時間以外には、寮から一歩も出ないと約束してくれた。


 私としては、本当は今すぐにでも実家に帰って安全を確保して欲しかったところだが、やはり理由が理由だけに親に休学を申し出ることまでは、出来なかったらしい。残念だが、佳奈美が危機意識を持ってくれただけでも、良い方向に未来を進めることが出来たと言えよう。


 だが愛理の方は、そうはいかなかった。


 私はくれぐれも運営しているオカルトサイトでX集落のことは記載しないようにと愛理に釘を刺していたのだが、X集落に行く前に、サイトで「また心霊スポットに

行く予定である」と記事に書いてしまっていた愛理は、閲覧者からそのことを尋ねられ、「X集落」という固有名詞は出さなかったものの、警告のつもりで「Z県の鳥追山地域にある集落」と書いてしまったのだ。

 

 しかし愛理からすれば、「X集落」とは記載していないのだから問題ないと思い、私にそのことを教えてくれなかった。

 だから1日経過してからそのことを知った私と一緒にサイトの管理画面を確かめた時には、既に「0」と名乗るハンドルネームの訪問者からメールが届いていた。

 たった1日のこととはいえ、「0」の目を誤魔化すことは出来なかったのだ。


『ドウシテイッタ ナゼヒロメル ケイコクハシタ シカアエ』


 X集落についてサイトに書き込み、ハンドルネーム「0」から警告メールを受け取るという流れは、変えることは出来なかった――変えられたことと言えば、佳奈美に危機感を持たせることが出来ただけ。


 ……でも、絶対に諦めるわけにはいかない。

 あんな未来は絶対に認めることはできない。


「……私のせいだ」


 絶望に満ちた表情でパソコンの画面を見ながら、愛理がぽつりと漏らす。


「愛理のせいじゃない。それにまだ佳奈美が殺されると決まった訳じゃないから。

この『0』と上手く交渉できれば、また未来は変わるかもしれない」


 これは慰めではなく、本心だった。


「私のせいだよ! だって唯香はちゃんと注意してくれていたのに……知らないならともかく、私はちゃんと知っていたのに……!」


 でも自責の念に駆られた愛理には、届かなかった。

 独り言のように呟く愛理の瞳には、もう私は映っていない。


 ただただ後悔をしているその姿は、いつもの元気な様子とは真逆で一層異様なものに思えた。私なりに幾つもフォローの言葉を投げかけるが、雑な慰めの言葉としか受け取ってもらえない。自責の檻に囚われてしまった愛理の心を解放するのは、すぐには無理だと悟った。


「どうするかは、これから一緒に考えよう。今日はとりあえず休んで、また明日……ね?」

 

 そう言って、私は戸を閉めた。

 いや、閉めてしまったのだ――このことを私は後程死ぬほど後悔することになる。


 翌朝、愛理は寮から姿を消した。


***


 愛理が突然失踪したことを知り、私と佳奈美は半狂乱で愛理の行方を探した。


 サークル、一度でも働いたバイト先、受講していた授業など思いつく限りの場所に

探しに行ったが、結局行方は分からない。代わりに愛理の他にも、数人の学生が姿を見せなくなっていて心配されていることが分かった。


 過去に戻る前の世界には存在していなかった何か別のコトが起き始めているのか、それともまるで関係のないコトが偶発的に起きているのか。不穏な出来事の連鎖に私は暗い予感を拭うことが出来ず、焦燥感は増すばかりだった。


 戻る前のあの暗い未来が足音を立てて近づいてくる――そんな予感がふとした瞬間に胸をよぎる。


 これで諦めたくはない。

 闇雲に探すのではなく、何か他に出来ることは――そう考えていた矢先、テレビでとんでもないニュースが流れた。


「……午後三時ごろ、Z県鳥追山地域にある添山の山中で、大学生7人が亡くなっていることが分かりました。亡くなったのは……」


 唐突に今現在通っている大学の名前がニュースに登場して、寮の休憩所は騒然と

なり、皆が休憩所に置かれている大型テレビの画面に釘付けになる。


「◇大学1年生の……さん、……さん、……さん、……さん、……さん、……さん、

…愛理さんです」


 ……!

 愛理がどうして……そんな……。


 ニュースによると、愛理は同じ◇大学の男子学生6人と共に、添山の山中で亡くなっているのが、地元の人によって発見されたという。


「愛理が死んだ? 嘘でしょう? だって死ぬなら私だって……」


 一緒にテレビを見ていた佳奈美がショックでその場に崩れ落ちた。

 他の寮生たちも当然愛理のことを知っているので、悲鳴や泣き声がそこかしこで

上がった。

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