第4話 幸せの見通し(修正済み)


「本当にこんな簡単な方法で……?」

「ええ、でも実際、知らなければやらないでしょう?」


 男は自信たっぷりな口ぶりで微笑む。


 だがその方法は余りにもお手軽で、言ってみれば私に都合が良すぎる展開に、

かえって私は不安になった。


 やり方を教えてもらったは良いものの、結局は「能力がない」とかあれこれ理由をつけては、その都度お金を引っ張られる――そんな詐欺の一種なのではないか。


「それは確かにそうですけれど……。でも……!」


 だが私が不安を訴えようとすると、それを遮るように男は言った。


「特別な能力や生まれつきの資質も関係ありませんよ」


 それならやっぱり目的は、生きている限り誰もが必要とする――「お金」という

ことか。そう言いかけても、最後まで聞かずとも分かると言わんばかりに、またもや男が否定する。


「それじゃあ……」


「初めにメールで書いた通り、お金も一切いただきません」


「だったら……」


 この男のメリットは何なのだろう?

 全人類の夢ともいえる方法をいとも簡単に教えてくれる、この男の目的は一体

何なのだろう。意図が分からず、私は自分の目標がすぐ目の前にあるというのに、

試すように男に質問を続けてしまう。


「誰でも平等にすぐにできますよ。多少の練習は必要ですが、それでも1か月もかからないでしょう」


 今まで方法を教えてきた人々も、ことごとく同じような質問を投げかけてきたの

だろう。疑惑を含んだ口調で質問を繰り返しても、男は一向に気にしていない様子で、すらすらと私の疑問に答えていく。


「あなたが今夜ここに来たことも、今までのやりとりも他言はいたしません。

……他にもまだ何かありますか?」


 穏やかにそう尋ねる男に、私は失礼を承知で、ずっと疑問に思っていた本心をぶつけてみた。詐欺だろうと、そうでなかろうと、どのみちこの男と会うのはこれが最後なのだから、聞いてみようと思ったのだ。


「あの、それならあなたには、何かメリットはあるんですか? 見ず知らずの私の願いをただ聞くなんて……すみません、何か裏がありそうで」


 正直すぎるにも程があるくらいに直球で本心をぶつけてしまったが、やはり

男は面食らうこともなく、さらりと答える。


「あなたの理由は、それに相応しい。それだけですよ」


 正直この答えの本当の意味は分からなかったが、男はそれ以上説明をしようとは

しなかった。おそらく私が送った「過去に戻りたい理由」が、男にとって気に入る類のものだったということなのだろう。


 一番聞きたかったことをぶつけて、とうとう質問が尽きてしまった私に、男は

マスターと顔を見合わせて意味ありげに微笑む。その仕草の意味もひっかからない訳でもなかったが、すべての疑問が解消した今、私はもうこれ以上言葉を継ごうとは

思わなかった。  


 男の言うことが嘘偽りのないものであるのなら、お金も資質も要らない簡単な方法で1カ月もたたないうちに「過去に戻ることができる方法」が、今現在私の手の中にある。


 失うものは、その簡単な方法に費やす時間くらい。


 それならこの方法に賭けてみよう。

 予想外に簡単な方法だったので動揺してしまったが、もともとそのつもりで来たの

だから。これこそ千載一遇のチャンスなのではないか。

 今更ながら、気分が高揚して、全身が熱くなる。


「……本当にありがとうございます! 早速試してみます!」


 興奮で熱くなっていく身体の行き場のないエネルギーに身をゆだねて、私は勢い

よく立ち上がると、マスターに会計を頼む。

 貴重な情報を提供してくれたせめてものお返しとして、せめて酒代だけでもと思い男の分も含めて二人分支払うとマスターに申し出た。

  

 だが、マスターは既に料金は男から払ってもらっていると丁重に断ってきた。


 驚いた私は振り返って、男に何か礼をさせて欲しいと言った。

  

「戻ったら、必ず幸せになってください。あなたの次の人生に幸あらんことを」


 男はそう言うと、乾杯でもするようにグラスを持った右手を挙げた。

 平素だったら随分と気障きざな真似をするな――と鼻白むところだが、この時は素直に感動した。

 知らずに溢れた涙も流れるまま何度もお辞儀をして、私は店を出た。


 ***

 

 男の教えてくれた「過去に戻る方法」は嘘ではなかった。

 渡された紙に書かれた方法を実践してから半月ほど経ったころ、私は希望通り、

大学に入学する年の3月に戻ることができたのだ。

 

 階下から聞こえてくる母の声も、少し若い。

 母の声に混ざって、元気な兄の声も聞こえてくる。

 

 今度は、これから起こる全てを初めから愛理と佳奈美に教える。

 そうすれば、佳奈美が殺される事件は起きない。

 愛理が長年心を病むこともなく、兄も私たち一家も平穏なままだ。


 ――結論から言えば、これは甘すぎる見通しだった。


 後に私はそのことを死ぬほど思い知らされることになるのだが……この時の

私は欠片も予想していなかった。


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