第十四話  ちゃんと恋うてる

 衣を着たあと、八十敷やそしきに肩を抱きしめられた鎌売かまめは、八十敷の胸にしなだれかかりながら、ぽろり、と涙を落とした。

 八十敷はそれを見て身体を面白いほど強張らせ、ぐっ、とうつむいた。

 顔に悔恨かいこんを浮かべている。

 あたしは慌てて、


「違うわ。そういう意味じゃない。後悔とか、イヤ、とかじゃなくて……。むしろ、嬉しくて泣いたの。

 さっきね、不思議なんだけど、八十敷に抱かれながら、きっと、一年先も、十年先も、こうやって夜を過ごすんだなぁって思ったの。そしたら、涙があふれてきちゃって……。」


 とはにかみながら言った。


「それって……!」

「ええ。明日にでも婚姻して良いわ。明日も明後日も、……さ寝して欲しいくらい。」

「ワーホーイ!」


 八十敷が嬉しそうに叫んで、あたしに熱く湿った口づけをしてきた。

 あたしは、八十敷のぜるような喜びを、唇で受け止める。


「嬉しい、鎌売。

 オレ、鎌売にどう思われてるか、ずっと、不安でさ……。」

「ちゃんと恋うてるわよ。」


 照れながら言う。

 なんだか、さ寝すると、口が軽くなってしまうようだ。

 今度は上半身全部で、ぎゅうっと長い時間、抱きしめられた。

 あたしの肩に顔を載せた八十敷は、


「……やっぱ、鎌売に殺されそう。心臓しんのぞう、止まるかと思った。」


 と言ったあと、腕をほどき、優しく甘い口づけをしてきた。

 ……あたしは、八十敷の唇に、うっとりする。


「オレも恋うてる。幸せにする。」

「あたし以外、妻も吾妹子あぎもこも作っちゃ駄目よ? もし作ったら、あたし、遠くに逃げていっちゃいますからね?」

「ああ、作らない。うけひする。」

「あたしが年をとっても、ずっと変わらず、愛してくれる?」

「ああ、ずっと変わらず愛する。うけひする。」

「子供は、おみなおのこも欲しいわ。」

「ああ、一緒に、作ろう。」

「あたし、こんな性格だけど、良いのね?」

「鎌売が良い。鎌売しか欲しくない。……オレのいも。」


(あっ!)


 あたしは驚き、息を呑んだ。


 たった一人の、運命のおみな

 そう八十敷は呼んでくれた。



 ───上毛野君かみつけののきみおのこからいもと呼んでもらえるなんて、きっとあり得ないのだ。

 ならば、いもという言葉は、あたしにとって、大した意味はなかった。


 ……今までは。


 あたしはいつの間にか、八十敷をどうしようもなく、恋うていた。

 あたしも、八十敷しか欲しくない。

 あなたの面影で、胸がいっぱいになる。

 あたしをこれだけ優しい目で見て、愛してくれるおのこは、あなたしかいない。


 八十敷はあたしの愛子夫いとこせだ。

 あたしは八十敷のいもだ。

 他の誰も、そう呼ぶのは許さない。

 なんて幸せなのだろう。


「あたしの愛子夫いとこせ!」


 あたしは泣きながら、八十敷の胸に飛び込んだ。

 八十敷はあたしを抱きしめながら、


「へへ……、こんなことなら、もっと早くさ寝しておけば良かったなぁ。」


 と言ったので、あたしは素早く身をはがし、


「バカね!」


 と、鋭い平手打ちを八十敷の額に叩きこんだ。


「ぎゃっ!」


 あ、もう避けないんだ。良かった、と思いながら、


「きちんと八十敷に恋したから、さ寝を許したの! そうじゃなかったら、許すわけないでしょう!」


 と叱った。


「うん。」


 八十敷はしゅん、と項垂うなだれた。


(筋肉隆々のおのこのくせに、なんだか可愛い。)


 あたしはつい、くすりと笑う。

 いも愛子夫いとこせ。良いものだ。

 さ寝も、想像よりずっと、良いものだ。


 ……久君美良くくみらは、これが欲しかったのね。

 ……椿売つばきめは、これにとらわれて、道を誤ったのかな。


 そう思ったら、また、ぽろり、と涙を流してしまった。

 悲しさがせり上がる……。


「鎌売……?」


 様子が変わったあたしを見て、八十敷が心配そうに名前を呼ぶ。

 あたしはぽろぽろと泣きながら、口を開く。


「聴いてくれる? この部屋、車持君くるまもちのきみの椿売つばきめと、池田君いけだのきみの久君美良くくみらがいたの。

 一人は、愛されて苦しんで、一人は、愛されなくて苦しんだ。

 あたしは、そこまで愛を欲しいと思ってなくて、二人の気持ちがわからないって思ってたの。

 でも、八十敷のいもとなって、ああこれかって、今、思ったところなのよ。

 ……久君美良は放火の犯人にされてしまったけど、放火なんてしてない。恋に焼かれて、死んでしまったのよ。意氣瀬さまの名前を呼びながら、自ら炎に飛び込んだの。

 あたしは……間に合わなかった……!」

「鎌売。辛かったな。」


 八十敷がそっと、抱きしめてくれた。

 あたしは今、どこまでも素直になっている。

 あたしの愛子夫に、聴いてほしい。

 あたしの苦しみを。


「ええ。辛いわ。あたしは友人と主と夢をいっぺんに失ったのよ。

 一人で残されて、辛いわ。

 この部屋は、思い出がありすぎる。

 なんで死んじゃったのよ、椿売! 久君美良!」


 うう、声を押し殺してあたしは泣いた。



 ああ、心の辛い塊を、今、吐ききった。

 八十敷があたしを泣かせてくれる……。



 八十敷はあたしを抱きしめたまま、


「鎌売……、もう一回さ寝するか?」


 と訊いてきた。

 あたしは泣き止んだ。


女嬬にょじゅが見廻りに来たらどうするの?! 破滅よ! さっさと人に見られないように出ていきなさい!」


 ついでなので、半月に照らされた八十敷の額を、ぴしゃり、と打ってやった。


「あだっ! わ、分かったよ。」


 八十敷が額を抑えながら、何故か非常に嬉しそうな顔をした。







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