第十三話  八十より多く

 鎌売かまめは以前、母刀自ははとじたずねたことがある。


「なんで、おみなおのこに身をまかせる、と言うの? その逆は言わないの?」


 母刀自は、その時になればわかる、と微笑んだ。




     *   *   *





 八十敷やそしきが優しい口づけをする。

 そっと、唇に唇で触れ、柔らかさを押し当て、また、そっと離れ、それを何回も繰り返す。

 あたしは、頭が霞がかったような心地になる。地に足がついていないような……。この心地をなんと言ったら良いのだろう?


 八十敷があたしの顔を見ながら、手早く上衣うわごろもを脱いだ。

 あらわとなったたくましい上半身に、あたしはぎょっとして、息をするのを忘れた。

 首。

 肩。

 胸。

 おみなと全然違う。

 ぴんと張った肌の奥に、隆起した力強い筋肉を感じる。

 肌が熱を放ち、おのこの魅力が匂い立ち、近くに立つ鎌売に襲いかかるようだ。


(八十敷、あなた、そんな魅力を衣の下に隠していたの?!)


 そう言ってやりたかったが、恥ずかしくて言えない。あわあわ、と唇が震えた。


(はっ、母刀自───! おのこの裸がこんなに凶悪な魅力を放つなんて、知りませんでした───! なんで教えてくれなかったのですか……。)


 吸い寄せられるように八十敷の上半身をじろじろ見てしまったが、八十敷が下袴したばかまの紐に手をかけた時には、素早く視線を上にあげた。

 これ以上は無理である。

 すぐに八十敷があたしを抱きしめてきたので、それ以上は見ないですんだ。

 ほっ。


 腕が逞しい。

 手のひらが大きい。

 ずっと息が満足にできない。

 胸が詰まったようになって、息の仕方を忘れてしまったかのようだ。


「……耳飾り。」


 と八十敷がふいにかすれた呟きをもらした。

 市歩きでつけてもらった水精すいせいぎょくの耳飾りを、あたしが身に着けていたと、やっと気がついたのである。

 八十敷は感極まったように、泣き出しそうな顔で、震える声で、


「恋いしい。」


 と言い、あたしを強くかき抱いた。

 八十敷の胸が震えている。

 その震えとともに、あたしの心の奥深くに、


 恋いしい。


 その言葉が染み渡ってきた。

 ふぅーっ……。

 あたしから長い吐息が漏れた。

 やっと、身体から力が抜け、息の仕方を思い出した。




 寝床に仰向けに寝かされてから、八十敷やそしきの動きがせわしない。

 唇を重ね、頬に口づけし、首筋に口づけし、胸元に口づけし、一箇所にとどまらず、ずっと軽い口づけをし、唇と乳房を行ったり来たりしている。


おのこは忙しくて大変だなあ。)


 八十敷のたくましい肩を見ながら、あたしは呑気のんきにそんな事を思う。


「あ。」


 乳房の先端に吸い付かれ、唇がとどまった。

 丹念に敏感な先端をねぶられる。

 八十敷の舌の動きにあわせるように、ぞくぞくとした心地がせり上がってくる。


「ん。」


 本能的に、八十敷の硬く鋼のような胸を押して遠ざけようとしてしまう。

 八十敷は顔をあげて、少し笑った。

 そしてあたしの両腕を万歳させた。

 別に万歳したいわけじゃないので、あたしは腕を降ろす。

 また万歳させられた。

 八十敷は艶っぽく笑いながら、


「腕はここ。」


 と告げる。


(えー! それじゃあ、やられ放題じゃない。)


 そうなった。

 八十敷はあたしのちぶさを、外がわから丸みをなぞるように撫で、下からすくいあげ、そっと揉む。

 けして押しつぶすようには揉まない。

 丸みを撫で、

 下からすくい、

 そっと揉み、

 合間で唇がたくさんついばんでくる。

 両腕を上にあげられてしまったあたしは、やられ放題である。


 ぞくぞくとした快楽くわいらくは、始めはささやかだったものが、身体のなかで大きく波立つようになる。


「ん……。ん……。」


 あたしはイヤではないのに、イヤイヤをするように首を振ってしまう。 




 ───どうして、おみなは、身を任せる側なの?

 ───どうして、受け入れる側なの?




 あたしはそう思ってしまうのだが、今のところ、八十敷ばかり動き、あたしは寝転がって、彼がつぶさに送って寄こす快楽くわいらくを受け取っているだけだ。

 やはりおみなは受け取る側なのかもしれない……。



 八十敷の手が、あたしの太ももをするすると撫で、足の間に滑りこもうとする。

 あたしはびくり、と足に力を入れて、手の侵入を阻もうとしてしまう。


「大丈夫。……痛くしない。」


 八十敷が耳許みみもとで言う。

 たしかに、肌を撫でる手の動きは優しい。

 その言葉を信じるしかない。

 あたしはくわいらくの波のなかで、意識的に足から力を抜くように努力する。

 あたしと八十敷は見つめ合う。

 八十敷の指が優しく、おみなつぼに触れる。

 そっと、壺のふちをなぞる。

 びく、身体が跳ねる。

 そ、

 ゆっくりなぞる。

 また、びく、と身体が跳ねる。

 これは恥ずかしい。目を開けていられない。

 

(あっ、指……!)


 八十敷の手により、おみなつぼが、信じられないような、素晴らしいくわいらくを生む。

 

 こんな……。


 気持ち良いものなの……。



「あぁ……。あぁ……。あぁ、ん……。」

「かくもあへく、ここだくもあふるは、たはれてありなむ。

(こんなに喘ぎ、たくさん溢れさせるとは、みだらだな。)」


 八十敷のささやきに、かっ、とあたしは目を見開いた。

 八十敷は嬉しそうに笑いながら、ますます声をださせようと、淫靡いんびな指の動きを早める。


「わざとがまし(この確信犯)!」


 あたしは額を平手で叩いてやろうとするが、


「おっと。」


 あっけなく八十敷の左手で平手を防がれてしまった。


「えー!」


 八十敷はそのままあたしの右手を握りしめ、ぞくりとするほど、色っぽい笑顔を見せた。


「普段なら良い。オレはねやでは、たたかれる事を好まない。集中させてくれ。───気持ち良くしてやるから。」

「ええ? そんなの聞いてない。」

「ふむ。言ってないな。今言った。」


 はは、と明るく笑った八十敷は、言葉通り、……溺れるほどのくわいらくをくれる。


 やがて、あたしに覆いかぶさる八十敷が、おみなの壷の入口に、熱いものを押し当てた。そのまま動きを止める。

 恥ずかしさのあまり、あたしは八十敷の顔を見れず、横を向く。

 それでも、八十敷がじっとあたしの顔を見つめているのを感じる。

 動かない。

 待ってる……。あたしの許可を。

 あたしはこれ以上ない、というほど顔を真っ赤にしながら、己の心に問いかける。


(八十敷を受け入れるのはイヤ?)


 身体の芯が熱く潤って、答えをよこす。


(イヤじゃない。

 イヤじゃないわ……。)


 あたしは横を向いたまま、こくり、と頷いた。





 ああ。





 それは想像以上だった。

 される度、こみあげるのは、嬉しい、だった。

 嬉しい。

 嬉しい。

 嬉しい。

 あたしは八十敷にこんなに愛されている。

 嬉しい。

 嬉しい。

 嬉しい。

 あたしはこんなにも、八十敷を愛している。


「うああ……っ!」


 嬉しさがあふれすぎて、鎌売は声をあげる。

 何もかもを押し流すほどのくわいらくに震えながら身を任せていると、くるりと八十敷に体勢を変えさせられ、四つん這いになった。

 背中に八十敷が覆いかぶさってくる。


 おみなおのこに征服される。


 八十敷があたしを抱きしめ、背中に口づけをはじめた。


「あっ……。」


 心が陶酔する。

 おみなは征服され、受け入れ、同時に、抱きしめられ、細やかに愛を受け取るんだわ……。

 イヤじゃない。


 八十敷がたける。

 押し刺し続けられ、嬉しい、があふれ、弾け、また込み上げ、くわいらくの大波が打ちつけ、


 あたし、明日もその次も。

 一年後も、十年後も。

 八十敷とこうやって夜を過ごすんだわ。

 くわいらくを五百重波いほえなみに重ねて、八十やそより多く、数多夜あまたよを……。

 ずっと一緒に。



 そう思った。





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