第六話  ✤✤登場人物紹介✤✤

 ✤丙戌ひのえいぬの年(746年)において



 ◆上毛野君かみつけののきみの 意氣瀬おきせ───二十二歳。病弱な上野国大領かみつけののくにのたいりょうの跡継ぎ。


 ◆上毛野君かみつけののきみの 広瀬ひろせ───十九歳。意氣瀬おきせの実の弟。健康で凛々しい美形。


 ◆車持君くるまもちのきみの 椿売つばきめ───十六歳。美貌の女官。


 ◆池田君いけだのきみの 久君美良くくみら───十六歳。丸顔で優しげな女官。


 ◆佐味君さみのきみの 鎌売かまめ───十六歳。怖い顔の女官。


 ◆佐味君さみのきみの 億野麻呂おのまろ───十九歳。鎌売のおもしろい兄。 務司まつりごとのつかさで務めている。佐味君の跡継ぎ。


 ◆石上部君いそのかみべのきみの 八十敷やそしき───十八歳。上毛野かみつけのの衛士午団長えじうまのだんちょう。筋肉美。石上部君の跡継ぎ。

          






 ✤この物語独特の結婚観✤



 奈良時代、一夫多妻制。おのこは妻も愛人も何人持っても良い。

 だが実際は……。


 ・妻───郷の一般男性の経済力では、妻一人が普通。

 

 ・吾妹子あぎもこ───愛人。ただし、卑下するニュアンスは無く、愛人の美称。

 金持ちのおのこだけが作れた。

 おのこが飽きたら解消される関係。と同時に、金の切れ目が縁の切れ目。経済力がなくなれば、おみなは去る。グッバーイ!

 おみなおのこから吾妹子あぎもこと呼ばれて初めて、おのこと呼ぶ資格を得る。

 


 ✤婚姻制度の枠外にある、と言えるのが、いも


 ・いも───生涯において、たった一人の運命の女。

 親の承認も、結婚してる仲か、さ寝した仲かどうかさえも関係ない。

 おみなおのこからいもと呼ばれて初めて、おのこ愛子夫いとこせと呼ぶ資格を得る。




 ✤以上は、郷のおのこも、大豪族の若さまも同じ。以下は、大豪族にだけもちいられる、妻の種別。✤



 ・毛止豆女もとつめ───正妻。家柄の良い女性を親が決めるのが普通。



 ・宇波奈利うはなり───めかけ。親の承認、要。

 女官でも宇波奈利うはなりになれる。宇波奈利うはなりになれば、女官ではなくなる。







    *   *   *






 おまけ。



 今宵は、上毛野君かみつけののきみの家族のみの宴だ。

 鎌売かまめは、意氣瀬おきせさまの右隣りに座る椿売つばきめのお世話をする。

 ちなみに、左隣りには、意氣瀬さまの毛止豆女もとつめ(正妻)が座っている。

 意氣瀬さまは、毛止豆女もとつめにもにこやかに話しかけるが、椿売には、ぐっと上半身を乗り出し、耳元にささやくように喋る。


「まあ。」


 椿売は、何やら嬉しそうに恥じらい、笑顔を浮かべている。

 仲が良く何よりだ。


 椿売は、意氣瀬さまのいもだ。


 毛止豆女もとつめより家柄は低く、毛止豆女もとつめに取って代わる事はないが、いもとして、こうやって意氣瀬さまの寵愛を色濃く受けていても、誰も文句は言わない。


「鎌売。」


 交代の女官が声をかけてきた。

 女官は、短い時間で、交代しながら炊屋かしきや夕餉ゆうげをとる。

 あたしは頷き、静かに椿売のそばを離れる。

 いちいち、椿売に声をかけたりはしない。

 良い女官は、静かに離れ、影のように、そっとそばに戻るのものである。


 妻戸つまと(出入り口)のそばで、久君美良くくみらと会った。

 久君美良は、にっこり、優しく笑って、話しかけてきた。


「これから夕餉?」

「そうよ。一緒に炊屋へ行きましょう。」


 あたしの言葉に頷いた久君美良だったが、広間の中央を見て、


「あ。」


 と声をあげた。


「見て!」


 見れば、大きな楽太鼓がくだいこが用意されている。三匹の唐獅子が踊る鼓面の模様が立派である。ばちで、


 どおん。


 と腹に響く音が鳴らされ、広間の中央で、挂甲かけのよろい姿の一人のおのこが、


「※上毛野かみつけの───。」


 ほこを持ち、舞い、良く響く声で唄いはじめた。

 びゅ、びゅ、と鉾が風を切る。

 ぴたりと要所要所で動きを止め、美しい。



目細まぐはしまとに、朝日さし───。(窓に朝日がさし、自然と目を細めてしまうほどに美しいのだ)」


 まだ若いおのこだ。堂々としているが、おそらく二十歳前。


「まきらはしもな、ありつつ見れば───。(綺羅綺羅きらきらしく、うっとりする。この眺めを見続けていると。)」


「あれは、石上部君いそのかみべのきみの跡継ぎよ。

 あの挂甲かけのよろい石上部君いそのかみべのきみ御祖みおやが、沙鼻岐奴江さびきぬえで戦った時に身につけていたんですって。」


 小さい声で久君美良が教えてくれる。


「良く知ってるわね。」

「ふふ。噂話で聞いたわ。」

「そう。」

「見てく?」

「いーえ。」


 舞も唄も立派なものだが、興味はない。


挂甲かけのよろいを見たのは初めて?」


 ふふ、と笑いながらあたしは訊く。

 もちろん、そんな事ないでしょ、と意味を含ませながら。


「まさか。うちにだって、御祖みおや伝来の挂甲かけのよろい、あるわよ。」


 肩をすくめて、久君美良は言う。


「でしょ? うちも、正月のたびに父上が自慢しながら身につけてたわ。」

「うちも。……前将軍まへのいくさのきみ上毛野君稚子かみつけののきみのわかこさま、ひきゐるは……。」

二万七千人ふたよろづあまりななちたり!」


 くすくす、小声で笑いながら、あたしと久君美良は、宴が行われている広間をあとにした。


 まだ、楽太鼓がくだいこの音は鳴り続けている。







 ※万葉集  作者未詳




 ↓筋肉美の鉛筆画。

 https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16817330663699559008




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