第8話 結界陣の再敷設

「あの災厄をもう一度封印します。そうすれば、この事態は収まります」


 聖良はそう言って、地図の五か所に印をつけた。


「前の封印の要は一か所が水に沈んだので使えませんが……同じ効果を、この五か所なら期待できます」


 示したのはいずれも現在では集落がある。

 二百年前より人がさらに増えたので、どれも人里に設置可能だ。

 ただ、いずれも災厄からは一キロメートル程度しか離れていない。


「災厄による影響がないとは言えないので、かなり厳しい場所もあります。対策となるお薬はお渡しいたしますが」

「それはいいが……囲む様になってるけど、結構バラバラな位置なんだな」


 確かに、災厄を囲む様にしつつも、その場所は等距離というわけではない。

 ただ、これには理由があった。


「その……ちょっといいたとえが見つからないのですが、霊脈――魔女の力的には、その位置が災厄からほぼ等距離と言えるんです」


 あの魔力感知を行った時に気付いたこと。

 この地の霊脈――魔力の偏りが作る流れ――は、地形の都合でかなり歪んでいて、非常に複雑になっている。

 そしてその霊脈と流れだと、かつての五か所は封印地点からわずかに距離を変えてある法則に従って災厄を囲んでいた。

 それに倣いさえすれば、場所は変更しても問題はない。


「まあ俺らには分からんものが聖良さんには見えてるんだろうさ。で、そこにいってどうすればいいんだ?」


 聖良は用意していた石板を、それぞれの地点に赴く人に渡す。


「この上に回収した人形を置いてください。それを守る社とかは後から。集落の中であれば多少の位置は問題になりません。あとは私が何とかします」


 結界の起点さえ作られれば、後はそれを発動させるだけだ。

 最大の課題は結界の発動それ自体を中心点、つまり災厄のいる場所そのもので行わなければならないこと。これだけは二百年前も今回も同じだ。

 当時の魔女はおそらくこれを一人で行った。

 幾人かの協力者はいたと思うが、それでもどれだけ孤独な戦いであったか。

 それに比べれば――。


(私は、恵まれてます)


 二百年前の魔女が遺してくれた道筋。

 それがあるから、今自分はここに受け入れられて、そして、災厄にも立ち向かえている。

 魔女は存在が歪で罪。

 そんな風に思っていた聖良にとって、この地はとても優しくて、そして失いたくない、と強く想う場所だ。


「聖良さん。無理はしてない、よね?」


 その最大の理由となっている人――敦也の声に、聖良は顔を上げた。


「はい。大丈夫です。それに……敦也さんも、向かわれるんですよね」

「ああ。役場から緊急招集の話もあったんだが……事情話したら、聖良さんに全面協力しろって」

「それはとても助かります……。魔女に本当に理解があるんだなぁ、って思いますね」

「そりゃあ、魔女に助けられた土地だからね」


 ならば、その期待に応えたい。

 聖良は自分のナイフに他の魔術具と同じ術式を込める準備を始めた。


 最後の魔術具は敦也に持って行ってもらう。

 その他の人たちはもう出発している。


 込める術式それ自体には複雑さはない。

 むしろ非常に単純な術を込めるだけだ。

 問題になるのはむしろ置く場所。

 配置した後にで術を発動させなければ、意味がない。

 術の中心。すなわち、災厄がいる、まさにその場所。


 わずかに震えがくる。

 他の誰よりも、聖良はあの災厄の恐ろしさを肌で実感している。

 ただ、それは二百年前の魔女も同じだっただろう。

 いや、今よりずっと孤独に戦い、それでもこの土地を助けたのだ。

 それに比べれば、自分は遥かに恵まれている。


「でき……ました」


 魔法陣の中に置いてあったナイフを手に取った。

 予定通りの術式が完全な形で込められているのを確認する。


「敦也さん。これをお願いします。場所は先ほど指示した通りです」

「わかった。終わったら戻ってくればいい?」

「はい。あと、気持ち悪くなったらこれを飲んでください。ある程度和らぐはずです」


 水筒に入った秘薬を渡す。

 魔力の影響を一時的に緩和するものだ。

 先に出発した人たちにも持たせている。


「聖良さんはこれから?」


「もう少しだけ準備がありますが、終わったら最後の仕上げのために出発します。多分敦也さんとは行き違いになりますが……」

「じゃあ、次に会うのは無事全部終わってからか」

「……はい、そうですね」


 失敗の可能性など考えない。

 そんな心づもりで挑めば、成功するものも失敗する。

 だから、つもりで挑むしかない。


 だが、大丈夫だ。

 すでにこの術は一度、災厄を封じた実績がある。

 二人は刹那、抱擁を交わすと、敦也はまるで仕事にでも行ってくるかのような気安さで、『行ってきます』とだけ言って出て行った。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 敦也が出て十分後。

 聖良はわずかに感覚を鈍らせて、魔力感知に集中した。

 全感覚を完全にカットすると復帰時の影響が凄まじいが、視覚と聴覚くらいまでだと、そこまで混乱はしないことが分かっているし、それでも十分な精度を確保できることが分かっている。


(よし。四つの魔術具は問題ない。あと一つも……よし)


 敦也が魔術具を置いたのだろう。

 陣が完成した感覚が聖良には分かった。


(皆さん、ありがとうございます。あとは――私だ)


 箒を手に取りまたがった。

 今回の服装は最初から動きやすいようにジーンズを借りている。

 女性が普通着る服ではないので少し恥ずかしかったが、動きやすさには代えがたい。

 ただ、実際に着た姿を見た俊子はとても似合っていると絶賛していた。


「聖良さん」


 名前を呼ばれた方に向き直ると、俊子を先頭に集落の女性たちが集まっている。


「結局最後は聖良さんに頼っちまうけど、絶対無事に帰ってきておくれよ。あんたは私の娘でもあるんだから」

「――はい。必ず。それに俊子さんにいつかお孫さんを抱かせてあげたいですし」

「おや、もうそんな予兆が?」


 期待するような俊子の視線。

 ただ残念ながら、まだ懐妊の兆しはない。


「それは……ちょっとまだ先になりそうです。でも、いつか必ず」


 魔女の子が魔女になるとは限らない。

 ただ、その可能性は常にある。

 そして魔女に優しいこの地であれば、きっとその子は健やかに育つだろう。

 そのためにも、この地での災厄は、これで終わらせなければならない。


「では行ってきます、お義母かあ様」


 箒を媒介にして意識を集める。

 ふわりと浮き上がった聖良は、一度だけ俊子たちの方を振り返ると、その高度を上げ一気に加速した。


(必ず、成功させる)


 その強い決意と共に、聖良は一直線に災厄へと飛ぶのだった。

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