第7話 打開への糸口

 翌朝。

 集落の人たちは、仕事がある人は仕事に行き――仕事先でも情報があるかもしれないから――幾人かは、担当した場所の魔術具の回収へと向かった。


 そして聖良自身は、現在山道を歩いていた。

 唯一、人里にない魔女の残した何かを回収するためだ。

 場所としては山の上の方だと思われる。

 ただ具体的場所は行ってみないと分からない。


「これ以上は――こっちで行きましょう」


 持っていた箒に力を籠める。

 力に応じて体が浮かび上がった。

 箒にまたがってしばらくとどまり、魔力を確認する。


(うん、これなら……半日くらいは大丈夫)


 思ったより魔力の消費は多くない。

 とはいえ力を使い切っていいわけではない。予期せぬ事態はいくらでもあり得る。


 そのまま一気に高度を上げる。

 木々が一気に眼下になり、さらに上がると山よりも高くなる。


(初めてこんな高く飛んだけど、ちょっと気持ちいい! って、違う違う!)


 一瞬感動したが、慌てて気を引き締め直した。

 加速して目的地へ向かう。


(山と森ばかり……でも、どこかにあるはず)


 封印の陣は少なくとも二百年以上は状態を保っていたのだから、風雨に晒されて劣化するような場所ではないはずだ。

 だとすれば、洞窟か、または少なくともそれに類する場所。そこにやしろか何かを建てているはず。


(目で探しても時間がかかりすぎる)


 対象となるエリアは軽く一キロ四方以上。

 見ればすぐわかるかと思ったが、そう甘い話はなかった。


(ならば――)


 いったん地上に降りる。

 適当な岩を見つけて、その上に横になった。


(すべての感覚を、魔力だけに)


 魔女のノートにあった魔力探知法。

 五感すべてを意図的に魔力で閉ざし、外部すべてを魔力だけで感知するようにする方法だ。

 ただ、その手段にはかなりのリスクを伴う。

 何しろ五感すべてが断たれるので、完全に無防備になる。

 身体感覚すらなくなるため、立っていることも座っていることもできない。

 だから横になった。これなら倒れる心配はない。


(かなり遠くに大きな魔力……これは……災厄だ)


 桁違いに大きな魔力。

 間違いなくこれが災厄だろう。

 それは外魔力マナとも内魔力オドとも異なる、あまりにも奇妙な、そして気持ちの悪い感覚の魔力の塊だ。


 それ以外の魔力に感覚を研ぎ澄ます。

 外魔力マナの密度は一定ではない。同じ自然でもその強さによって魔力の濃さも変わる。

 自然のままの方が多いと思いがちだが、街の方が魔力が濃いこともある。

 その理由は聖良にもよくわからないが――ただ、何かしらの『術』があれば、その痕跡ははっきりと魔力に残るはずだ。


(一番近い術の痕跡はどこ……見つけた!)


 この辺りは魔力が濃い。

 だが、その中にあって、奇妙な魔力の歪みを見つけることができた。

 ここからそう離れてはいない。


 五感を封鎖する魔力を解き放つと、とたんに五感が戻ってきた。


「うっ!!」


 吐き気がする。

 突然戻ってきた感覚に、身体がついていかない。

 頭がぐらぐらしてその場にのたうち回りたくなった。


「こ、この方法、ほ、ホントに短時間でやることは考慮してないんですね……」


 魔女のノートに感覚は半日ほどかけて徐々に戻せとあった理由がよくわかった。だが、そんな悠長なことをしていられるはずはない。

 十分ほどして、ようやく落ち着いた。

 正直二度とやりたくないと思ったほどだ。

 ただ、魔力感覚だけになったことで、最後に気付いたこともあった。


「陣の位置――そういう事だったんですね」


 一人しかいないのに言葉にするのは、戻った感覚を確かめるためでもある。

 とりあえずもう一度深呼吸すると、ようやく落ち着いた。

 そして、先ほど感じた場所に再び飛ぶ。


 そこは、大きな木が岩場の一部を削り、さらに張り出して屋根のようになっており、その下に目的の場所があった。


 見た目はそれこそ、というかおそらくはほぼ大きめの犬小屋。

 おそらく魔女はこれを一人で用意したのだろう。

 だからそんな凝った見た目にはできなかったのか。

 少なくとも木工作業は得意ではなかったらしい。


 とはいえ周囲に満たされた気配は、魔女でなくとも何か神聖さを感じさせるものだった。

 そしてその小さな家の中に目的のものがあった。


 高さ十センチほどの人形。

 おそらくは金属製。しかしそれに全く錆などは見えない。

 わずかに込められた魔力が、おそらくその状態を維持していたのだろう。


「ん? なんかもう一つ……」


 人形と一緒に奥に木の箱が置いてあった。

 取り出すと中にあったのは――。


「羊皮紙……? え、これって――」


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 お昼過ぎ。

 集落に戻ると、すでに他の地域に向かった人たちも戻ってきていた。

 聖良が一番最後だったらしい。


 さすがにこの事態なので工房はお休みだが、今回は工房に集まってもらった。


「聖良さん、これだよね。なんかきれいな鉄の人形があったんだが」


 他三か所に向かってくれた人たちがそれぞれ持ってきてくれたものは、聖良が回収したものとほぼ同じもの。


「はい、これです。間違いありません」


 わずかにまだ魔力を帯びた金属製の人形。

 それに、聖良は自分の持つナイフをくわえる。

 これで要となる魔術具は足りる。


 あとは――。


「聖良さん、あとはどうすればいい」

「今は……大丈夫です。あと、他の地域に行った方々、何か異常が起きてたりしなかったでしょうか」

「ああ、それなら……」


 人々が口々に色々教えてくれた。


 どうやら災厄は黒い雲の様な塊らしい。

 現在は動いていないとのことだった。

 近くまで様子を見に行こうとすると凄まじく気分が悪くなり到底できないとのこと。

 そして災厄に近い場所にある集落でもその影響は出ているので、人々は避難しているとのことだった。


「あとそういえば、祠にその人形以外に、こんなもんがあったんだけどね」


 そういって出されてきたのはいずれも同じ木箱。

 中身は――やはり羊皮紙。

 ただし、何も書かれていないように見える。聖良以外にとっては。


(封印が解かれた時のために、記録を残していたんだ……)


 そこに書かれているのは、厄災の正体とその封印の方法だったのだ。

 二百年前の魔女の用意周到さには驚かされる。

 わざわざ羊皮紙を使ったのは、普通の紙と比べると羊皮紙の方が耐久性が段違いだからだろう。二百年前によく調達できたと驚くが。


 その記述によると、この辺りの地形は『澱み』がある一か所に集まりやすいらしい。

 その『澱み』とは人間の感情。

 人がほとんど住んでいなかった時世じせいならともかく、人が増えてきてそれらが集まり、ついに力を持つほどまでになってしまったのが『災厄』の正体らしい。

 故にそれには実体がなく、少なくとも普通の方法での討伐は不可能。


 故に二百年前の魔女が行った策は、災厄を封じ、散らす方法。

 そのために強力な結界に閉じ込めた。

 そしてその中では人々の感情が流れ込む以上の速さで力が浪費されるようにして、それで消滅させるはずだった。


 だが、二百年前と今では条件が違う。

 人口はさらに増え、そして幾度か大きな戦争があった。

 人々の感情の中でも特に強い、嘆きや怒り、悲しみといった感情が特にこの短期間で溢れた。

 散逸させられる以上の速度でおそらく災厄に力を与えてしまっていたのだ。

 そこにさらに封印が一つ水没したことで、災厄は封印を破ったのだろう。


 ただ、それならまだ望みはある。

 新たに結界を敷設しさらに――。


 聖良はこの辺りの地図を広げた。

 二百年前と異なり、現代ではより精緻な地図がある。


(確かに、この地形は――よくなかった)


 人里の位置。山や川の配置。方角。

 さらにあの時の魔力感知で知ったこの地の魔力の偏り。

 おそらく今回災厄が封じられていた場所に、魔力的な流れが一点に集まるようになっている。

 人の感情と魔力は、根本的なところで性質が似ている。

 魔力の集積地――魔女が工房を構えるのに理想的ともいえる――は、同時に人々の感情を集めてしまう、感情の坩堝るつぼと化していた。

 昔の魔女は意図的にこのような場所を構築したというが、こういうリスクを避けるために普通は人里離れた場所に作る。しかしここは、その条件が偶然、しかも極めて大規模に整ってしまっていたらしい。


(ただ、今回何とかすれば望みはある)


 過日完成したダムが、その理想的な地形を壊してしまっている。

 おそらく今回再封印できれば、災厄は二度と現れないだろう。


「聖良さん?」

「あ、ごめんなさい。考え事をしていて。大丈夫です。何とかできる望みはあります」


 聖良の言葉に、周囲の人たちが安堵の表情になる。


「ただ私一人では難しいです。皆さんの協力が必要です」

「もちろんだ。俺たちにできることならなんだってやるぞ」


 その言葉に、聖良は嬉しくなって思わず笑みをもらす。


 きっと大丈夫だ。

 二百年前と違って、この人たちが協力してくれるなら必ずうまくいく。

 聖良はそれを、信じて疑わなかった。

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