第5話 異変の発露
何もすることがない時、聖良が家でやってることといえば、もっぱらテレビを見ることである。
テレビは聖良は結婚するまでは見たことがなく、非常に興味をそそられるものだった。
はるか遠くから『電波』とやらで送られてきた映像が目の前で見れる。
それが本当に不思議だ。
ちなみに城崎家のテレビは、最近発売されたというカラーテレビというやつで、色がついているものだ。
魔女の力にも『遠見』というものがある。遠くの映像をさも目の前で見てるように見る術があるが、実はかなり使い勝手が悪い。『視界を飛ばす』というイメージなのだが、その際には自分の本来の視界はまともに分からなくなる上、飛ぶ視界の制御も難しい。
一度、仕事をしている敦也を見れないかと試して、視界がぐるぐる回って酔ってしまった。以後一度も試していない。
魔女のノートに記載があったのに後で気づいたが、『遠見』は距離が離れれば離れるほど制御が難しくなるらしい。五キロも離れると非常に制御しづらく、下手をすると『帰ってこれない』でしばらく視覚喪失することすらあるという。
これなら、まだ使い魔との感覚共有の方がマシと思ったが、これはこれで問題外だった。
聖良の使い魔は、この集落に来てから契約した三毛猫とカモメだ。
ネコはともかくカモメは非常に珍しい。普通定番はカラスやフクロウなのだが、この集落周辺にはどちらもいなかったのである。
しかしネコの視界は位置が低すぎて、さらにネコの行動範囲は人間のそれと大差ない。用途としてはむしろ盗み見などだが、この集落でそんな必要は全くない。
そしてカモメは論外だった。
ネコもそうだが、そもそもの視界の広さが人間のそれとは比較にならない。
ネコはまだそれでも何とかなったが、カモメのそれはもはや頭で見えたものが理解できないレベルだった。
自分の前と後ろがほぼ同時に見えてるのを理解できるはずがない。
魔女のノートによると、使い魔との感覚共有で特に有用とされるのは視覚共有とある。ただそれには相当な『慣れ』が必要で、視界が人間に近いフクロウで練習するのが最適らしい。
が、フクロウがいないのでどうしようもない。
ちなみに絶対やるなと書かれていた感覚共有は嗅覚。特に犬の使い魔と共有した場合は地獄の苦しみらしい。想像がつくので絶対やらないと決めている。
結局、『遠見』も使い魔の感覚共有も非常に使い勝手が悪く扱いづらい。
座敷牢にいた時に練習しておけばよかった、と後悔している。
それに対して、テレビのなんとわかりやすいことか。
しかも場合によっては、数百キロ離れた場所の映像すら見ることができるのだ。
この先どんどん便利になっていくけば、いずれ魔女という存在が特別なものではなくなって、迫害されるようなことがなくなればいいと思っている。
今流れているのは地方のニュース映像。
このニュースも、故郷ではラジオはあったが映像があると分かりやすさが違う。
『――ダムがついに貯水がほぼ完了し、退避の完了した各村落が水に沈む運びとなりました。水没した村を見届けるために周辺の地元村民らが最後のお別れをしていました」
最近完成したという、ここからそう遠くない場所にできたダムのニュースだ。
中規模ダムだが、いくつかの村落が沈むという話は聞いていた。
自然の形を変えてしまうのは人間ならではだが、そのようにしてしまっていいのか、という思いはなくもない。
かといって聖良が何か言えるわけではないが、ぼんやりとテレビを見ていたら、見覚えのある名前が見えた。
「
音で呟いてから思い出した。
二百年前の魔女が災厄を封じるために使った陣。
その陣の要の一つが、確か一楔村にあった筈だ。
ニュースを見るがすでに次のニュースに移っていた。
慌てて新聞を取り出す。
地方欄を探すと、同じニュースが見つかった。
やはり間違いなく、一楔村は住民がすべて退避し、水の底に沈むことになっている。
というよりはおそらくもう沈んでいる。
魔女の術が水没で効果を喪失するかは分からない。
ただとても嫌な予感がした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
しかして
心せよ。
封は決して解いてはならぬ。
封解きし時再び――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「うーん。なんだろう、これ……」
「どうしたんですか、聖良さん」
メモを前に頭をひねっていた聖良は、その時になって敦也の存在に気付いた。
「あ、いえ。例の……二百年前の魔女の記録。多分、魔女本人が遺したと思われる筆致があって、それを写してきたのですが」
そういってその紙片を示す。
残念ながら最後の方はかすれて読めなくなっていたので書き写せていない。
たった二百年前なのに、と思うが仕方ない。
「これだけ見ると……小さな悪意や悲しみとかの集合体……と読めるね」
「はい。確かに人の悪意とかそういうものは、それだけで力になることはあるんです」
「そうなのかい?」
「ありません? すごく怒った時に、いつも以上に力が出るとか、そういうの」
「……ああ、確かに」
「心のありようは、確かに力があるんです。『病は気から』の言葉にあるように、人の気持ちや感情っていうのは、科学的には何も証明できていなくても、強い力があるものなんです」
でも、と聖良は言葉を続ける。
「それはあくまで人の感情が、人に力を与えて物理的な力になる話。感情それ自体は、少なくとも何か悪さをするという事はないはずです」
感情というのは非常に大きな力を人に与える。
だがそれは、あくまで感情の発散の行動ということであって、感情それ自体が力を持つわけではない。
ただ、この記述は感情それ自体が何か確固たる存在であるかのように書かれている気がする。
それに。
「人の感情が爆発したところで、人にできることなんて限りがありますしね……」
これが強大な権力者等であれば、あるいは大きなことができることもあるだろう。
だがそれは、もはや政治の問題だ。
そこに魔女の出番があるはずはない。
そうしていると唐突に、寒気がした。
「聖良さん?」
「あ、いえ……なんか寒気が」
「風邪かい? ……熱はなさそうだけど」
すぐに手を額に当ててくれた。その触れた掌が温かい。
少しだけ恥ずかしくなるが、寒気は収まらなかった。
「いえ。なんでしょう。嫌な予感、というか……何か不安というか……」
正体の分からないこういうものが一番気持ちが悪い。
無視したくても、それ自体明確な感覚として感じられるので気のせいと片付けることもできない。
正体の分からないというのが一番不安になる。
「あまり気にしないほうが……お?」
カタカタ、と箪笥の上の時計が揺れた。
見ると、天井から吊り下げられた電灯が揺れている。
「地震?」
「……みたいだね。そんな強くはないけど……」
そう言っている間に揺れは収まった。
「そのうちテレビかラジオで情報が出ると思うけど……」
「でもなんか、揺れ方……妙でしたよね」
普通の地震は、揺れ始めたかな、という小さな揺れの後、大きな揺れが来る。
ところが今の地震は、さほど大きくないとはいえ、最初に来た揺れが一番大きかった。
「確かに。ちょっと不思議な感じだったけど……」
すると、なにやら外が騒がしくなってることに気が付いた。
「なんだろう。見てくるよ」
「あ、私も行きます」
二人で玄関から出ると人々が多く表に出ていた。
そして一様に同じ方向――山の方を見て固まっている。
何を見ているのだろうと振り返った二人は、他の人と同じようにそこで固まってしまった。
「なに、あれ……」
今の時刻は夜の七時。
すでに外は完全に暗闇に覆われている。
にもかかわらず山の一角から赤い光が天へと伸びて、空を赤く染めあげていたのだ。
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