第5話 外に

 あれは夢ではなかった。

 

 幻想少女と名乗ったセーラー服の女。

 図々しくもコーヒーを要求し、書きかけのラノベを読むなどと言う精神攻撃をした上で、苦い進捗に何の影響も与えなかった彼女。

 まさしく幻想のように、何がなんだか分からなかった彼女。

 

 訳が分からな過ぎて、朝食のあと、グダグダ夏休みの課題をこなしながら考えてみたのだが、どうしても夢だとしか思えなかった。


 だが、彼女は夢ではなかった。それだけはハッキリと分かる。

 もしあれが夢だったなら、俺は夢の中で生きていかれる。

 

 「どうも、一日ぶりですね。丸眼鏡さん」

 「ふぁっ……!?」


 彼女は、また座っていた。今度はベッドの上に。

 

 今日もプロット制作は進まなかった。

 この貧相な頭ではイベントはおろか、キャラが動いている姿すらも想像できなかった。

 そして「もう今日は無理くないか」と考え俺は寝る支度をした。

 時刻は深夜一時。パソコンを閉じた瞬間、急激な眠気に襲われたのでシャワーは明日起きたあとの自分に押し付けることにして、とりあえず歯だけ磨いた。

 

 そうして、洗面台から自室に戻ると彼女がいたのだ。

 昨晩と同じセーラー服にポニーテール。

 あたかも当然、と言うように俺のベッドに腰かけている。

 と言うか、昨日は椅子に座っていてよく分からなかったが、この人はご丁寧にスリッパ履いているようで、黒タイツに白のスリッパと言うモノクロな足元をしている。

 

 「今日はもうお休みですか」

 「お前はいったいなんなんだよ」

 「幻想ですよ」


 少女は笑って「昨日のこともう忘れちゃいましたか? 」と返す。


「それはさておき、丸眼鏡さんのパソコン、見させてもらいましたよ」

「は?え?」


パソコンはこの部屋を出る前に閉じた。


「私にかかれば、トーシロの設定したパスコードなんてちょちょいのちょい、お茶の子さいさい、朝飯前ですからね」

「それは……良いのか? 」

「良いか……と言われましても私は幻想なのでどうにも」


 全てが「幻想」のたった一言で片付いてしまう。

 俺の部屋に不法に侵入した実績を思えば、彼女の言う通り幻想の持つ力で本当になんとかなったのだろう。


「にしても、丸眼鏡さんのプロット全然進んでませでしたね」

「えぇ、はい」


痛い所をついてくる。


「ネタ帳は作りましたか? 」


ネタ帳。そういえば昨夜、ノートにタイトルだけ書いたっけ。


「えぇ、たしかここに」


机の脇からノートを取り出す。


「良いですね」

「まぁ、まだなんも書けてませんけどね。書くようなネタもなくて」


パラパラとノートをめくってみる。まだ全く使っていないから開くことによる折り目がなく、ページが開きずらい。


「丸眼鏡さん、今日家出ましたか? 」


 今日は一日中家にいた。

 この暑い中、外になんか出られるか。昨晩雨が降ったせいで下手に湿っていて気持ち悪いし。


「いや、出てないけど」

「それはいけませんねぇ」


 幻想少女は少し眉をひそめる。


「家の中にいてネタがなければ、外に出るしかないじゃあないですか」


説法を説き始める。


「ネタは作家の命です。ネタとの遭遇、未知のおもしろさとのエンカウントこそがインスピレーションを生み、創作意欲を掻き立てるのです」

「ほーん」

「だからこそ、積極的にネタを求めて、家になければ外に求めるべきなんです」


テキトーに相槌を打つ。

まぁ、そうなんだろうなぁ。

事実は小説よりも奇なり、と言う言葉は有名だが、小説は事実を基に紡がれるのだから、事実がなければを書けないのは、思えば当然のことだ。


「と、言うことで丸眼鏡さん、靴を履いてください」

「へ? 」

「今から散歩に行きますよ」


 幻想少女は小さく笑って言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

二十四時と幻想少女 一畳半 @iti-jyo-han

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ