17話 ロールプレイング⑤

 私は切り裂かれた絵を前に立ち尽くした。

 心臓の高鳴りが喉元まで上がってきて、ドクドクと脈打っている。

 そこへ水瀬先輩扮する木暮先輩が入ってくる。

 台本通りなら、ここで二人は無言のまま、木暮先輩は自らの絵を持って美術室を出ていく。

 私は水瀬先輩を見つめた。

 何も言わないが、その目には驚きと怯えが混じり、腰が引けている。

 間違いなく、この美術室の惨状を引き起こした犯人として疑われている。

 私は自分は犯人ではないと声をあげて弁明したくなったが、それは台本から明らかに外れる行為ーーアドリブの範疇を超えてしまう。

 私は両手をあげて害意がないことを示しながら、絵を切ったのは自分ではないと懸命に首を横に振った。振り過ぎて頭の中がぐわんぐわん揺れて目眩がする。

 どうして、桜井先生は声を出して否定しなかったのだろう?

 荒れた美術室で切り裂かれた絵を前に一人佇んでいる教師。怪しさ満点だ。

 こわごわとこちらを見つめる水瀬先輩の視線が、切り裂かれた絵に移るとその顔から一切の表情が消えた。

 イーゼルから自らの絵を腕に抱きしめて、美術室からゆっくりと歩いて去っていく。

 私は何も言えず、その後ろ姿を見送った。

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丸山女子高等学校演劇部 yori @yorichi

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