12話 美術室⑥

「木暮先輩が、絵を持っていった?」

「そうだ」

 水瀬先輩が眉を顰めた。信じられないとでも言いたげである。

 桜井先生の言葉の響きにも棘を感じた。大人が子どもを黙らせたい時の威圧的な断言に、水瀬先輩の瞳がギラリと鈍く光った。

「あの、ちょっと、私よく分からなくなってきちゃいました。一回、確認させてください」

 私は場を取りなす為に、努めて明るく子供っぽい声を出した。頭が悪そうに見えれば、なお良い。人間の本性は、上から見るよりも下から見る方が正確だ。

「壊された絵を最初に見つけたのは、桜井先生なんですよね?」

「たぶん、そうだ」

「放課後、桜井先生が部室にいらっしゃった時には絵はまだ無事だった。その後、三十分程の間に誰かが木暮先輩の絵を壊して立ち去り、壊された絵を持ち主である木暮先輩が持って帰った」

「その通りだ」

 桜井先生が満足気に頷いた。

「なるほど。ありがとうございます。一つ質問なんですが、木暮先輩はいつ部室にいらっしゃったんでしょうか?」

「えっと、」

「壊された絵を最初に見つけたのは、桜井先生だったんですよね?」

「あ、ああ…」

 桜井先生の言葉は煮えきらない。目線を右往左往させている。

 だが、少々苛つきだしているのが頭を搔く仕草から読み取れた。キレた相手との会話は成り立たない。感情に任せて二転三転される証言では、話がややこしくなるだけで真実からは遠のくばかりだ。

 こうなったら、確実に何が起きたか確認出来て、発言をひっくり返せない方法を取るしかない。

 私は手を叩いて、さも『良いこと思いついちゃった!』と小首を傾げた。

「再現してみましょう」

「は?」

「名案だね、葉月君」

 桜井先生は鳩が豆鉄砲を喰らったように目を白黒させている。

「事件当時、何がどう起こったのか。舞台のように演じてみたら、新しい糸口が見つかると思うんです」

「そんなこと」

「ご心配なく、桜井先生」

 水瀬先輩がよく通る声でたたみかける。

「私達は演劇部ですから、こういうことはお手の物です」

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