42,厩舎管理人として



「餌箱よし、掃除もよし、鐙の準備よし……」

「流石厩舎管理人だな、細かいこところまで確認するのか」

「馬を預かる担当者として当然です! で、アドウェル様のお仕事は?」

「今頃ランドールがなんとかしている」

「(それでいいのかな……)」


 今頃鬼の形相で書類を片付けて居るであろう、オブライエン副団長。

 すいません、一段落付いたら私からも戻るように進言してみます。高い塔に詰め込まれて居るであろう、その方向に向かって心の中で合掌。


「えっと……あ、あった」

「テッピか?」

「はい、蹄に入り込んだゴミを取っておこうと思いまして」


 自由が無い馬たちの命は私達が預かっている。我が団の要でもある馬を蔑ろにするわけにいかないのだ。

 ゆっくり馬達の前を歩いて行くと、足が止まった。


「あれ?」

「どうかしたか?」

「いえ、随分飲み水が綺麗だと思いまして」


 水の交換にはまだ時間があるとはいえ、前回の交換から小一時間は経っているだろう。

 今日は歩も強いし、馬たちももっと飲んでいるかと思った。もしかして体調不良だろうか。

 まさか、と思い側に居た馬の体を撫で付けた。


「今日はどうしたの? 水を飲まないと脱水になるよ?」

「ヒヒヒーン!」

「え、いっぱい飲んだ? 暑いからいつもより飲んでるくらい……?」

「ちょっとアイリス‼ 遅いわよ、なにやってるの‼」

「えっ⁉」


 目玉が転げ落ちるかと思った。

 何故なら巨大な馬の陰から現れたのは、箒を持って三角巾を頭に、腰にタオルをぶら下げエリー・サカイラッズだったからだ。

 あ、案外にあってるじゃん。声に出したら追いかけ回されそうだから黙っておくけどね。


「エリー! な、なにやってるの……?」

「なにって、はぁ⁉ 見てわかんないの? 今日の掃除当番は私なのよ‼」

「エリーが⁉」


 あの! サボり魔が⁉ 一体どういう風の吹き回しだ⁉

 目の前に居る人物が本当に本人かどうかも怪しい。戸惑う私をよそに、彼女はズカズカと歩み寄ってきた。迫力がすげぇ。


「あなたのメモにあった指示と、水が無くなりそうだったら補充するっていうのやっておいたわ。次は何をしろって言うのよ?」

「エリーがやってくれたの……⁉」

「私だって好きでやったんじゃないわよ‼ それもこれもバーミンガム団長が「俺がなんだ?」」

「あ、アドウェル様」


 馬に夢中になって忘れていた。


「バ、バーミンガム団長……⁉」

「ほう、真面目に掃除当番を頑張っているようだな」

「ええ、ええ、ももももももちろんです‼」

「(どもりが半端ないて)」


 彼女の様子を見るに、何かがあったのだろう。

 エリーが一度、私に鞭を振り上げたことがある。その時庇ってくださったアドウェル様が「これは相応の処罰を与えるべきだ」と言っていたのは覚えている。

 内容まで覚えていないが、彼女の様子を見る限りキツくお灸を据えられたらしい。


 それにしたって少々怯えすぎじゃなかろうか。


「ちょっと大丈夫? もしかして体調が悪くなった?」

「そんなことないわ、ご心配なく‼ ああ、私向こうの掃除もやらなきゃいけないから‼ それではごきげんよう‼」

「エリー‼」


 そんな……一体彼女に何があったんだ……!

 逃げるように走り去る同僚の背中が消えるまで、見送るしか無かった。


「アドウェル様、エリーに何か言ったんですか?」

「特に何も? だが、掃除当番サボっていた人物がいるのはいただけない。

 アイリスと結婚する前にも言っただろう、規律を改めると」

「そういえばそんなこと言っていたような気が……?」


 最近は一日一日が濃すぎて、ほんの数日前のことが遠い昔のように思える。


「それで仕事の具合はどうだ? 馬たちはちゃんと手入れされているか?」

「ええ、ブラシ掛けも綺麗にされていて、蹄も一頭一頭鑢をかけられています。それにちゃんとゴミも除去されているので、このテッピは用無しです。

 これならいつ馬達が走っても、怪我をすることはないです」

「ならいい。

 さあ、散歩に出してやろう」

「はい!」


 どんなお説教がエリー達に落ちたのかはわからないけど、そのお陰で馬たちが快適に暮らせるようになったのなら私としても陸上軍団としても良いことだと思う。


 一頭一頭繋がれている紐を解き、陸上軍団の所有する草原へと続く扉に誘導していく。

 その先に待っている自由に焦がれ、馬たちは喜びの声を上げながらその向こうへと消えていった。




「……さて、最後はお前だな」


 白い毛並みに金色の鬣。神の使いかと思うほど、その姿は威厳に満ちている。

 アドウェル様の弟分でもあり、私の友人でもあるウィル。純粋で汚れを知らない瞳が、私達を映し出していた。


「行こっか、ウィル‼」

「ヒッヒーン‼」


 気持ちの良い風が、私達を出迎えた。



 

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