39,教えて、君の心




 私はあまり外に出ない性格だから、交友関係が限られている。

 でも最低限の人間と関わってきたし、ある程度世間話だってしてきた。


 今までいくつもの言葉を交わしたが、その言葉の何処を探ってもこんなに心に深く落ちてきた言葉は無かった。

 浮ついた心を掬い上げられたようで、息が浅くなる。


「でも私、何もないんです……。大して美人でもないし、頭も良くないし教養だって……。バーミンガム団長にお返しできる物がなにもない」

「俺は、ただ君が隣で居てくれたらなにもいらない」


 腕が引かれて体が前に倒れる。

 与えられた気持ちに、幸せが窒息しそうな程押し寄せてくる。

 私は縋るように、団長の体に収まった。


「わ、私……家柄だって男爵だし人見知りだし」

「ああ」

「運動神経も良くなくて、戦いも苦手で」

「そうだな」

「それでも……。


 それでも、私……バーミンガム団長が好き、です」


 いつからだったんだろう。最初は怖いとすら思っていたのに。

 血に濡れて倒れる団長を見て、身を裂かれるような思いが体を支配した。

 絶対に失いたくない存在。この世に繋ぎ止められるなら、なんだって出来ると思った。


 頬にかかった髪が、ソッと掻き上げられた。


「アイリス」


 素直に顔を上げると、団長の唇が私の唇を覆った。


 それはさっきより熱を帯びていて、私まで感染したように体が熱くなる。


「んっ……んんぅっ……」

「はっ……」


 団長の吐息が耳を掠めて、背中がゾクゾクと震える。逃げたい衝動に駆られるが、目の前の彼は絶対に逃がしてくれないだろう。

 捕食される草食動物は、こんな気持ちなのだろうか。


 どれほどそうしていただろうか。

 ようやく唇が離れる頃には酸欠寸前だった。


「っはぁ……はぁ……」

「……最初の頃は、君の心は後からでもいいと思っていた」


 人生で二度目のキスはとても苦しく、それでいて幸せに満ちていた。

 そんな私の背中を優しく撫でながら、団長の唇が旋毛に落ちる。


「外堀を埋めて逃げられないようにして……ゆっくりここまで引きずり落とすつもりだった」

「(なんか怖いんだよなぁ……)」

「どうすれば俺を見てくれるのか、ずっと考えていた。アイリスの好きな物を一緒に食べて、ウィルと一緒に過ごせば少しは心が縮まると思った」

「なら団長の作戦勝ち、でしょうか。でもそれだけじゃないです」


 どれだけ気恥ずかしくても、伝えなくては。

 奮い立て、私のチキンハート。


 団長の胸に手を付いて、顔を上げた。


「ウィルと散歩していて、エリーに鞭でぶたれそうになった時のことを覚えていますか?」

「ああ……あれか」


 こわ。

 団長の目から温度が消えた。


 慌てて次の言葉を舌の上にセットする。


「う、嬉しかったんです! こんな私を見ていてくれたことが!」

「(ずっと見ていたから何処のことかわからんな)」

「足が遅くても剣術が苦手でも、バーミンガム団長は私を切り捨てずに見守ってくださっていたんだなって知って、嬉しくて……あ、他にも沢山好きなところはあるんですけど!」


 って何言ってんだ⁉

 少々舞い上がりすぎただろうか、言わなくていいところまで出てきてしまった。


 慌てて口を噤むが後の祭りなわけで。


「ほう、他には?」

「や、あの「他 に は ?」ああ……」


 甘えて膝に頭を置いてくるとこか、髪がフワフワで可愛いとか。あとウィルと慈しむ横顔も、剣を振るうその勇ましさも。

 団長の気が済むまで、思いつく限りの好きなところを上げていく。なんだこのやっつけ仕事感は。


 ふと、頭にさっきの事がフラッシュバックした。


「ドラゴンから私を庇ってくれた時、このまま二人で死ぬのも幸せなのかなって思いました」

「なんだと?」


 団長の体と声が固くなった。

 わかってる、そんなこと言われたら誰だってビックリするよね。


 背中の傷に触れないよう、スルリと背中に手を回した。


「あの時私が言った言葉は本心です。バーミンガム団長と一緒に過ごした時間は幸せで、これからもずっと側に居たい。バーミンガム団長を独り占めできるなら、一緒に死ぬのもありかなって」

「俺は君を死なせない」

「いだだだだだだすいませんすいません死の間際で考えがぶっ飛んでいました力を緩めてくださいお願いします‼」


 団長の馬鹿力で背骨が折れるかと思った。失言には気をつけよ……。


「でも、やっぱり生きてる方が良いです。ちゃんと体温を感じられて、お話しできる方が嬉しいです」

「俺もだ。だからこれから沢山話そう。

 まだアイリスに伝えたいことが山のようにあるんだ」

「私もです!」


 団長の発言にいくつかの疑問も残っている。

 でもそれはまた今度でいいや。


 今はただ降り注ぐ唇を甘受しよう。


 団長の服の裾を掴み、ソッと目を閉じた。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る