37,昔のお話さ
クラーク家の爵位は男爵である。それは既に周知の事だろう。
といっても、何も昔から男爵だったわけではないらしい。
私が小さい頃、まだ祖父母が元気に畑を耕していた時代。
冬のベッドはとても寒かった。
兄が養子に出ていき、初めて一人で冬のベッドに入ったあの寂しさは今でも覚えている。
ベッドは冷たくて、足の先まで冷えていた。
いつもしつこいぐらい(というか、死ぬほどしつこい)兄がいなくなって、心細くなったのはしょうがないだろう。
両親も遠い町に納品に出かけてしまい、小さくボロっちい部屋には私一人。
眠れると思う?
眠れへんて。
すると行き着く先は一つよ。
『おばあちゃん……』
『おやおや、どうしたんだい』
談話室で暖炉の火に当たりながら、祖母が優しく私を出迎えでくれたのだ。
窓際では祖父が読書をしており、一人ぼっちだと思えた世界が温かく色づく。
『眠れないのかい?』
『うん……』
『ははは……アランが出ていってしまったからな。アイリスも寂しいんだろう』
祖母は編みかけのセーターを横の机に退かし、私を膝に抱き上げてくれた。
『今までずっと一緒だったお兄ちゃんがいなくなったら寂しいわよねぇ』
『違うもん。毎晩ギューッてしながらブチュブチュッ! ってほっぺにチューしてスリスリしてくるのが無くなったから寝やすいもんっ!』
『そ、そう……』
その時の引き攣った祖父母の顔は、今でも忘れない。
『ベッド一人で使えるから嬉しい!
……でも、ちょっと寒いの』
最後の言葉は、もしかしたら二人に届いていなかったかもしれない。
しかし祖母が小さく笑った気配がしたあと、しゃがれた手が私の頭に置かれた。
その温かさが恋しくて目がじんわり熱くなったのは、もちろん内緒。
『じゃあ眠れないアイリスに昔話をしてあげようね』
『お話?』
『そうよ、とっても大事なお話』
昔々あるところに、大層綺麗なお嬢様がいました。
お嬢様はいつも動物に囲まれ、人々からも愛される心優しいお嬢様です。
公爵家である彼女達に脅威はなく、いつも幸せでした。
しかしある日、お嬢様の父が言います。
『すまない、我が家は破綻することになった』
『お父様、何故ですか?』
『実はな、お父様がギャンブルに負けてしまったんだ』
なんということでしょう、お嬢様の父はとんでもないギャンブラーだったのです。
『嫌です、この地を離れたくありません』
『すまない……私が賭けに負けてしまったばかりに……』
なんと、お嬢様一家は土地を追い出され、爵位も奪われてしまいました。
お上からのお情けでしょうか、それでも男爵という爵位を承った一家は、細々暮らしていくことを決めたのです。
ああ、なんと慎ましくも逞しい一家でしょうか……。
『お、おばあちゃん、それは何のお話?』
『ん? 我がクラーク家の昔のお話だよ』
眠れると思う?
眠れへんて。
あ、二回目だ。
******
「うわあ、アイリス達のご先祖様やらかしちゃってるねぇ」
「本当かどうかは知らんが、時代が変わった今はこの話を知っている人間も少ない」
「え、なんでバーミンガム団長がうちの話を知っているんですか」
私の回想の物語と団長の口から語られた、先祖の成り行きがほぼ一致している。
まさかそこまで調べてた? 怖いわ。
「そんな目で見るな。
クラーク家が元公爵家というのは、昔から知っている。
我が家にもその資料があったし、何より昔からアランに聞いていたからな」
「ああ……兄と交流があったんですね」
養子に入った兄は晴れて公爵家の後継ぎとなった。
話が廃れてきたとはいえ、クラーク家が公爵家の血筋だということは、調べればすぐにわかる。
そこでホーリングスワーグ家は出来の良い兄を養子に迎え、同じ公爵家であるバーミンガム家と交流をしていたのだろう。
「うぅっ……! 今となっては先祖が恨めしい!! なんでギャンブルなんてするかなぁ⁉」
「いいから立ってよ、お兄ちゃん……」
だからといってここで泣き叫ぶな、マジで。
「まあ、そういうことだ。始りはなんであれは現状のアイリスは俺との婚姻関係を望んでいる。当人の意思が固まっているんだ、いくら血縁関係のお前がとやかく言おうと法律が許さない」
「アーッ! 調子に乗っていた俺が愚かだったよ!
お前なんかにアイリスの話をしなきゃよかった!」
「お兄ちゃん、話ってなに」
本人の与り知れぬところでなにやら不穏な空気。
この二人の間に何があった⁉︎
もっと詳しく聞き出そうと兄に詰め寄ると、体が少し重たくなった。
犯人は団長だ。
「うっ……アイリス……すまない、少し立ち眩みが……」
「大丈夫ですか⁉︎ 向こうで休みましょう!」
「ああ……そろそろ呼んであった馬車が到着しているはずだ……」
後ろで「この大根役者!」とかなんとか聞こえた気がするけど、そんなの後。
「今日は本当にごめんね、トナカイのお肉は少し時間かかるけど氷はすぐ持ってきてくれるから!」
「ンギャッ!」
「うん、私も近いうちに遊びに来るよ、だからご飯だけは食べてね!」
ドラゴンも落ち着いたし、今は団長の体調が優先だ。
ふらつく肩を支えると、明るい出入り口へと向かって足を踏み出した。
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