33,逃走劇


 どういうことだ。


「さて、愛しの妻から愛の言葉をもらったんだ。死んで帰らなければいけなくなった」

「あの、バーミンガム団長?」


 待て。さっきまで瀕死じゃなかった?

 なんで私を抱えて立っているんです?


「まったく。上に居ろと言ったのに、いけない妻だ」

「いやいやいやいや、なんで平然としているんですか⁉」

「なんで? 避けないと死ぬだろう」

「せ、正論」


 うん、団長は正しい。正しいけどさ!

 今なんか綺麗な終わり方の流れじゃなかった? 終わりたくなかったけど。今を生きれて嬉しいです、酸素が美味しい。


「ギィィイイッ‼」

「ああ、怒っているな。どうしたものか」

「あの、怪我は痛くないんですか?」

「これくらい戦場に出れば日常茶飯事だ」

「でもさっきはいかにも死にそうな雰囲気でしたけど」

「ふむ、確かにこの鎖は中々扱い辛いな。俺一人でも厳しい」

「聞いています⁉」


 荷物よろしく肩に担ぎあげられ、視界が上下逆さまになる。

 こんな大怪我で私を持ち上げるなんて、どんな訓練をしているんだろう。というか、余計に血が出るのでは。


「わ、私は一人で立てますから!」

「ダメだ、今離すとまた余計なことをするだろう」

「もうしませんから!」

「一度失った信頼を取り戻すのは難しい。これからの努力次第だ」


 なんでこの状況で厳しい社会人の現実を教えられなければいけないのか。


 ヒョイヒョイと身軽にドラゴンの爪を避けていく団長に担がれたまま、情けない悲鳴を定期的に絞り出す。


「困ったな。剣を向こうに落としてきてしまった」

「こんなトーンで困ったなんて言う人、初めて見ました」

「そうか、俺が君の初めてでよかったよ」

「言い方がセクハラです!」


 唯一の武器はドラゴンの向こうにあり、とてもじゃないが戻れない。

 それもこれも、私を助けるために団長がかなぐり捨てたからだ。


「わかりました、私がドラゴンの気を引きますから剣を取ってきてください!」

「次言ったら一週間は屋敷から出さないからな」

「え、コワ」


 急な監禁宣言に引いた。


「夫が妻を囲うのは何も可笑しくないだろう」

「なんか犯罪臭がするのギリギリアウトです」

「じゃあ尚更離すわけには行かないな」


 えらく饒舌。


 さっきまでの雰囲気はどこへ行ったのやら、ドラゴンから距離を取っていく。


「俺が要請を頼んでからどれくらい経った?」

「え? 十分程でしょうか」

「そうか、ならそろそろだな」


 何が、と問う前に肺から全部の空気が抜き出た。

 理由は簡単。団長がまた走り出したからだ。


「口を閉じていてくれ。舌を噛むぞ」


 言うのが遅いです。


 団長の肩に内臓を押し上げられながら、吐かないようにするのが精一杯だ。


「うえっ……」

「大丈夫か」

「バーミンガム団長よりかは大丈夫なはずです……」


 これまた華麗に着地した場所を、青い顔で確認する。

 二階だ。戻ってきたのか。


「さて、やってきたぞ」


 どうせ何を聞いても教えてくれないんだろうな。

 半ばふて腐れ、肩の上で新鮮な空気を肺に取り込む。


「グギィーッ……‼」

「俺達は何もお前を酷い目に遭わせるつもりは無い。だが、ここで暴れられると、厄介なことになる。


 だから今は大人しくしてくれ」


 団長の声を待っていたかのように、締め切られていた扉が解き放たれた。


「総員ドラゴンを囲め‼」

「鎖を構えろ‼」

「外に逃がすな、扉を閉めろ‼」


 応援がやってきたのだ。

 肩から降ろされた私は、何故か団長に抱きくるめられる。


「離してください」

「ダメだ。今離すとドラゴンの方へ行くだろう」

「わかっているなら離してください」

「君がわかってくれ」


 もう、これが最後のチャンスなんだ。


 ドラゴンは人間に対する不信感を持ってしまった。

 これ以上、私達を嫌って欲しくない。そう伝えられるのは私だけだ。なのに団長がそれを許さない。


「少しお話をするだけです! 危なくなったらすぐに戻ってきます!」

「俺は君を失いたくないんだ」


 違和感。


 先ほどまで元気に駆け回っていた団長の声が、どんどんか細くなっている。


 どうしたのかと思って顔を覗き込もうとすると、後ろで地響きが聞こえた。


「ドラゴンが倒れた‼」

「体力が尽きたんだ‼ 今のうちに鎖をかけろ‼」



「そんな……‼」


 元々弱っていた個体だ。いつ倒れても可笑しくなかったが、そこまで弱っていただなんて。

 こんな混乱の中でも緩まない団長の手を叩くが、現状は変わらない。


「離してください、お願いッ‼」

「行かないでくれ」

「アドウェルッ‼」


 押し問答を繰り返していた私達の側に走ってきたのは、オブライエン副団長だ。

 緊急の連絡を受けて駆けつけてきたのだろう。

 団長の背中を見て、サッと顔色が変わる。




「――――あれ? 折角助けに来たのに。もう殆ど終わっちゃってる?」


 最後に現れたのは、蕩けだしそうな程甘い色のキャラメルブラウン。


 空上軍団を統べる男、アラン・ホーリングスワーグが微笑みを称えて佇んでいた。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る