34,墜ちた天使


 重たく気分が落ちるような金属音が、高い天井に響く。

 地に落ちたドラゴンが、とうとう鎖に囚われたのだ。


 オブライエン副団長に寄りかかる夫を見て、今更事の重大さが頭に入ってくる。


「どうしましょう……バーミンガム団長が私を庇って怪我を……!」

「俺が勝手に飛び出ただけだ。アイリスがそんな顔をする必要はない」

「つって顔色悪いよ! 血流し過ぎだって!」


 流石用意周到な副団長。彼の目配せで、後ろから救護班がやってくるのが見えた。


「いくら怪我に慣れてるからって、ここまで無茶しなくてもいいんだよ」

「そうでもしないと、アイリスが傷付いたらどうする」

「私の心配なんていいんです‼ あんな死にそうになっていたのに……‼」

「あ、大丈夫だよ。これくらいでアドウェルは死なないから」


 どういうことだ。


 真意を問うべく団長の顔を見ると、逸らされた。

 それも勢いよく。


「……そういえば不自然でしたよね。

 ドラゴンの爪に当たった後、いかにも死にそうに息絶え絶えだったのに、途中から元気になりましたし」

「……」

「そうなの? おかしいな、今はちょっと貧血だからふらつくのはわかるけど」

「……」

「なんか言質取ったとか言った後に……」


 あ。


 一連のやり取りを思い出し、顔が赤くなる。

 やだ、私ったら団長とチッスかましたじゃん。


 しかも、あ、あんな、教会で誓うようなことまで言って!


 急に団長の顔が見れなくなった気がして、背けてくれたことに感謝する。


「アイリス、ドラゴンに鎖がかかったようだぞ」

「……行ってもよろしいのですか?」

「ああ。鎖がかかったならいい」


 そして話題まで逸らされた。

 あまり近付きすぎるなよ、と念を押され、団長の手を離す。


 沢山の人によって鎖をかけられたドラゴンに向かって、走り出した。





「……いいの?」

「ずっと気にかけていたんだ、俺は死なないし、今くらい譲ってやる」

「とか言って、本当は傍にいて欲しいくせに。なに? 言質取ったって」

「今後のおど……取引に必要なことだ」

「今脅しって言いかけたよね。出た、腹黒」


 ランドールに肩を支えられ、小さくなってくミルクティー色の頭を見送る。


 今はいい。わずかな時間だ。



 それより、もっと厄介な存在が現れてしまった。



「随分とお洒落になったね、アドウェル」

「これはこれは、ホーリングスワーグ殿。お見苦しい姿で申し訳ない」

「いーや? 今まで会ってきた服装の中で一番似合ってるよ!」


 確かに自分は応援を呼んだ。

 団長である自分が声をかけたのなら、副団長であるランドールが来ても可笑しくないと踏んでいたが、この男まで出てくるとは。


「今日は非番で?」

「ううん、バチクソ仕事。

 でも本部にアドウェルから応援要請があったって連絡があってさぁ、居てもたっていられなくて!

 ほら、俺がいたからここまで人数もうごかせたんだよ、感謝してよねー」

「わざわざご足労頂きありがとうございます」

「ハッ……白々しいんだよ」


 今までの穏やかな声は一体どこへ行ったのだろうか。

 アランの瞳がスッ……と薄氷のように温度を失い、口元に浮かんでいた笑みが消えた。


 革靴の音を響かせながらアドウェルの元までやってくると、グッと胸元を掴み上げる。


「もっと早く君と話がしたかったんだよ。なのに上手いこと躱してくれちゃって。寂しかったよ」

「ならもっと熱烈に感動の抱擁でも?」

「その舌引っこ抜くぞ。


 俺はそんな気色悪いことをしに来たんじゃない。君達の結婚についてだよ」

「ホーリングスワーグ団長、どうかその手をお離しください!」

「ランドール、いい」


 怪我人相手に無体を働く鬼畜団長に見えるだろう。

 しかし掴まれている方もかみ殺す勢いで睨み返しているので、ランドールもおいそれと間に入れない。


「単刀直入に聞く。何故あの娘と結婚した?」

「おっしゃっている意味が理解できませんね。愛し合っている以外理由があると思いですか」

「思っているからこうやってわざわざ出向いたんだよ。あの娘を脅して無理矢理婚姻届けに名前を書かせたんじゃないのか?」


 その通りです。


 一連のやり取りを始終目撃していたランドールは、内心大きく頭を縦に振った。


「確かに最初は私の一方通行な願いでした。

 しかし今は違います」

「はぁ?」

「彼女ははっきりと言葉をくれましたよ」


 アランの額に青筋が立った。

 心なしか周りの温度も下がったようで、ランドールを含めた兵士は息が浅くなる。


「何寝ぼけてんの。ああ、血が足りなくて現実と妄想がわからなくなった?」

「残念ながら、そこまで柔な体じゃないですよ」

「いいや、君は妄想を語っているんだ。目を覚まさせてあげるよ」


 アランが拳を握りしめた瞬間。


 ドラゴンの弱弱しい声が、小屋に響いた。

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