31,変態だよ



 人じゃない。


 いや、確かに片方は人じゃないけれども。


「(なんであのドラゴンの爪を剣で受け止められるの⁉)」


 そもそもこの高さから飛び降りるとか、根本的に可笑しいんだって。

 柵の向こうでは、信じがたい光景が繰り広げられていた。



「グルァ‼」

「そうじゃれつくな!」

「ガアアァア‼」

「お、いい筋だな」



「た、楽しんでる……」


 まるで駆け寄ってくる犬を躱すかのように、爪を剣で流している。

 一歩間違えれば大怪我どころか、命をも落としてしまうかもしれないのに。

 上官に対してあるまじき単語が思い浮かんだ。


「変態だ」


 それ以外なんて言葉が当てはまるんだろう。

 っていうか、バレたら打ち首かな。


「アイリス、誰が変態だ?」

「なんで聞こえているんですか⁉」

「俺は耳がいい方でな」

「やっぱり変態ですよ!」


 ええい、開き直ってやるわ。


「(……って、こんなことしてる場合じゃない)」


 出入り口を何度も見返しているけど、応援はまだやってこなさそうだ。

 ドラゴンもさっきから帰りたいとしか言っていないし、私に出来ることは……。


 団長が剣を交える傍で、あるものが視界に入った。


「バーミンガム団長! 私が鎖を付けなおします!」


 これしかない。


 私は団長が何かを言う前に、下に繋がる階段を駆け下り始めた。





「(怖い……でもやらなきゃ)」


 これ以上ドラゴンを傷つけてはならない。

 相手は生物界のトップに君臨する種族なのだ、応援に駆けつけてくれる人もそれなりの準備が必要。つまりもっと時間がかかるはずだ。

 それまでになにかしらの手を打たないと、ドラゴンが倒れてしまう。


「(それにバーミンガム団長だって、いつまでも体力が保つはずがない!)」


 弱ったドラゴンと団長、どちらの方が体力があるかなんて知らぬ存ぜぬ。

 彼の強さはわかっているつもりだが、あの剣だって今にも折れてしまいそうなほど細かった。


 もしドラゴンの爪が団長を襲ったら。


「っ……何考えてるの‼」


 あり得ない、そんなこと絶対ない。

 だって約束したもの。絶対に怪我しないって。





 下の広場に繋がるであろう扉を開くと、突風が私が襲った。


「うわっ……‼」


 砂埃も混じっていて、慌てて口を閉じる。

 ドラゴンの翼が生み出した風は力強く、踏ん張っていないとこっちが飛ばされてしまいそうだった。


 薄く目を開けると、そこにあった光景に息を飲む。


「(これがドラゴン)」


 人には無い鱗が照明を反射し、どこか神々しさすら感じさせる。


 所々こびりついた血が痛々しいが、それをも凌駕する気高さに圧倒された。


「アイリス‼ 何をやっている、戻れ‼」

「あ、」


 団長の怒号で我に返った。

 そうだ、私は鎖をかけに来たんだった。


 さっきまで楽しんでいた様子の団長だったが、様子が一変した。

 そりゃそうだよね、急に私が乱入したんだから。


 まだ何か叫んでいるけど、私がやることは決まっている。


 視界を走らせると、ドラゴンの足元には粉々になった鎖がばら撒かれていた。

 とてもじゃないが人の手で壊せそうにない、頑丈な鎖。それが木っ端みじんになるほどの力に、背筋がゾッとした。


「グワァアアン!」


 帰りたい、帰りたい、帰りたい。


 ドラゴンの悲痛な叫びが、私の背中を押した。


「っ……予備の鎖を見つけました! ドラゴンの足を地上に付けさせてください!」

「鎖なら俺がかける! 頼むから上に戻れ!」

「二人でやらなきゃ出来ません!」


 そう、上から見えたのはいくつか用意されていた鎖だった。

 元々ボロボロだったのだ、いつか千切れても可笑しくないと予想して用意されていたのだろう。

 管理人の用意の良さに拍手を送りたい。


 鈍く光る銀色の鎖に指をかけ、力を入れた。


「重たっ⁉」


 え、嘘でしょ? こんなに重たい?


 鉄の塊を舐めていた。私があと十個歳を取っていたら、きっと腰が天に召されていただろう。というか、誰がこんな重たい鎖をあのドラゴンにかけたんだ⁉


「どうしよ、ええっ、こんなの持てないよォ⁉」


 ビクとも動かない鎖に絶望感に襲われていると、頭上が暗くなった。


「え?」

「アイリスッ‼」


 団長の怒鳴り声が、遠くから聞こえる。


「あ……」


 頼むから照明の不具合であってくれ。そう願うも無駄に終わった。

 ギリギリと首を回し、後ろを振り返った。


「グルルルルッ……!」



 お前もそれを付ける気か。



 ドラゴンの言葉が頭に響く。


「待って! これは貴方を守るために付けるの! このままだと応援に来た人達に傷付けられる‼」

「グォオオオォォオオン‼」


 帰せ。


 痛いほどに伝わってくる想いが、鼓膜を震わせる。


 ドラゴンの言葉に気を取られすぎた。

 だから鋭く尖った爪が、私に標準を定めていたことに気づけなかった。


「ッアイリス‼」


 強い衝撃が、私の体を襲った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る