29,夢か幻か

 夢? 違う、これは現実……え、でもドラゴンよ? あの最強種族、ドラゴンよ?



 私がいるのは、小屋の二階。

 見下ろした先にいるのは、本で読んだ情報より小さく思えるが、ドラゴンだろう。

 だって、鱗に覆われて大きなしっぽがあって、翼が生えていて爪が鋭くて、口から牙が零れてて全体的に何処か蛇に似てて……ああっ! どうやってまとめたらいい⁉︎


「え、あ、えぇ……? 本当に実在したんですか……⁉︎」

「実在するさ。なんならこの目で何度も見てきた」

「なんか、何にも言葉が出てこない……です……」


 何度も目を擦って見るが、目の前の光景は変わらない。

 幻じゃない、本物だ。


「体の大きさからして、恐らく子供だろう。ポーラーベアーを襲撃したドラゴンの仲間だが、他の仲間より体躯も小さいし鱗も柔かい」

「じゃあ、ポーラーベアー達を襲ったのはこの子の親、ということですか?」

「恐らくな。

 ポーラーベアー達を捕獲した後、崖の枝にこいつが引っ掛かっていた。はぐれたんだろうな、心細そうに鳴いていたが、親に見つけてもらえなかったようだ」

「そんな……」


 胸がギュッと締まった。


 ポーラーベアー達にとっては故郷を襲った天敵だろう。しかしこの子はまだ子供。

 何も知らずに親に付いてきて、孤独になってしまったのだ。


「俺達が見つけたころは、ようやく飛べるようになったくらいだ。このまま放っておけば死ぬかもしれないと思った。

ドラゴン自体珍しい生き物だ。保護、という目的もあるが、こいつを調べれば何故ポーラーベアー達の故郷を襲ったかわかるかもしれないかと思ってんだがな」

「わからなかったんですか?」

「まだそこまで辿り着けていない。こいつの皮膚に適応した気温や湿度をようやく掴めたくらいか。

 主食がわかればこいつらの元いた場所を探れるかと思ったんだが、いかんせん食が細いらしい」


 団長の目の先には、ドラゴン。その口元には、肉の塊が置かれていた。


「ドラゴンといえば肉食のイメージですが、あんな大きな塊を見ても反応しないんですね」

「ああ。爪の形状、牙の特徴からして好むと思ったんだがな。最初の一か月は大人しく食べてくれていたが、ここ数ヶ月は殆ど口を付けない」

「なんででしょうか……」


 手摺からグッと体を出して、ドラゴンを見下ろした。

 足には鎖が巻かれており、首と翼にも同様に幾重にもぶら下がっている。


 あまりにも痛々しい。


 無意識に奥歯を噛み締めた。


「バーミンガム団長、あの子の鎖を外してやることはできないんでしょうか?」

「それは出来ない。俺も上に掛け合ったが、生体が完全に把握できていない上にいつ暴れだすかわからない。

 可哀そうだが、今はまだこのままだ」

「そんな……」


 衰弱しきったドラゴンは、いつこと切れてもおかしくないように見える。


「あの、少し近くに寄ってはダメですか?」

「これ以上の接近は禁じられている。餌も上から投げてやっているくらいだ、よほどのことがない限り近づくことは出来ない」

「ですが、私ならあの子の声を聴いてあげることができるかもしれません!」


 せめて何が食べたいとか、何処か痛いところがないかとか。

 少しでもあの子の声が聴けるのなら、私がここにいる意味はあるんじゃないだろうか。


「お願いします、少しだけ……一言二言話せればいいんです」

「許さない。今日君をここに連れてきたのは、ここから見せるためだけだ」

「ですが今話すことができれば、何故あのドラゴン達がポーラーベアーの故郷を襲ったのかわかるかもしれません」

「その為に君が危険に晒されるのなら、ここに居続けるわけには行かない。

 出るぞ」

「ちょっと……!」


 頼み方をしくった。

 自分より強い力に引かれ、体が反転する。


 このままだと強制的に小屋の外だ。


「(もう少し、あとちょっとだけ粘れば……)」




「グル……」


 団長の手が取っ手に引っ掛かった時、地面から這い上がるような唸り声が聞こえた。




「腹が減ったのか?」

「私のお腹じゃないですよ!」


 失礼だな!


 じゃなくて!


 バッと団長の手を振り払った。


「おい!」

「ドラゴンです!」


 さっきの柵に近づくと、目を見開いた。


「起きてる……」


 閉ざされていた瞼が持ち上がり、こちらを見つめている。

 そして次の瞬間。


「グォォオオオオオッ!」


 鼓膜がぶち破れそうなほどの咆哮が、私達の耳朶を打った。



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