27,保護活動



「ここを見てくれ」


 別の小屋に行くのかと思ったらどうもそうじゃないらしい。

 手を引かれてやってきた場所は、ポーラーベアーの説明看板だった。


「ここにポーラーベアーたちがやってきた経緯が書いてあるんだ」

「(字細かっ!)」


 元来私は勉強嫌いである。

 情報は動物たちが話していることだけで充分。文字を見ると眠たくなってしまうので、できる限り見ないようにしていたのだ。

 だがここにこの子達の経緯が書かれているのは、興味がそそられる。


「……あ、わりと最近ここに来たんですね」

「らしいな。日付は去年のものだ」


 そこに書かれているのは、約一年ほど前の日付だった。

 そういえば噂でもポーラーベアーの話が出てきたのは最近だった。


「ポーラーベアたちが住んでいた土地は甚大な自然災害があったんだ。だから当時、陸上軍団と空上軍団から派遣を出し、現地の災害沈下を図った」

「え」


 そうなの?

 待てよ、私がまだ入隊する前だ、知らなくて当然か。


「こいつらが住んでいたところに、突然ドラゴンが現れたんだ」

「ドラゴン、ですか? しかし彼らは一度住処を決めたら鞍替えをしないと聞きますが……」

「その通りだ。そこでまさかの例外だ。

 急に現れたドラゴンは人里を襲い、田畑を荒らし、ついには海にまでやってきた。

 当時の俺は動物にそこまで詳しくなくてな。ポーラーベアーが絶滅危惧種に指定されているなんて知りもしなかった。

 現地の住民は希少なポーラーベアーの価値をわかっていたんだろう、強く保護を望んだ」


 ワァッ……! と、後ろの方で子供達の歓声が上がった。

 どうやらベア達がプールに飛び込んだようだ。


「……バーミンガム団長が、この子達を保護してくださったんですね」

「俺は何もしていない。ただあの住人達がどうしてもと要望を出してきたからだ」


 そう言うけれど、ベア達をここまで連れてくるのには相当な時間と労力が必要だ。

 もしその場にバーミンガム団長がいなかったら、この子達はここに居なかったかもしれない。そう考えると二の腕に鳥肌が立った。


 分厚いガラス越しに、ベアーの太い声がぶつかった。


「グオウ‼」

「そっか……そうだよね……」

「ベアーはなんて言っているんだ?」

「あそこにいたら家族もろとも死んでいた、一家が離ればなれにならなくてよかった。ここはいいところだけど早く故郷に帰りたい。あの海で丸々太ったアザラシを食べたいんだ、こんな小魚じゃ物足りない。お気に入りの氷塊だって砕けてしまった、早く帰って新しいお昼寝スポットを探さなければいけない、だそうです」

「待て、あの短い鳴き声でそこまで内容が濃いのか⁉」

「はい、特農です」


 勝手に自分で思い込んで、勝手にエゴだと決めつけて、勝手にベアを哀れんだ。

 エゴだどうの言っておいて、結局自分が一番のエゴイストだ。


「ありがとうございます」

「何がだ?」

「ポーラーベアー達の居場所を作ってくれたことです。バーミンガム団長の判断が無ければ、この子達はきっと助からなかったんでしょう」

「だからそれは現地の「それでも! バーミンガム団長がいなければこの子達は命を落としていました!」」


 ギュッと団長のナポレオンジャケットの裾を掴んだ。


「ベアー達は避難できたことに感謝しているんです。だから代わりに伝えさせてください。そして私からもお礼を言わせてください!」

「……そうか、ベアーもそう言ってくれているのか。ならば俺がしたことは無駄じゃ無かったんだな」


 首が取れるんじゃ無いかってくらい、激しく上下に振る。

 今声出したら絶対鼻声だもん。わかるもん。


「アイリスも嬉しいのか?」

「なんかしらの形で貢ぎたいほど感謝しています!」

「そうか。ならばその貢ぎ物は今夜にでも貰うとするか」

「え」


 何にも用意していないんだが。


「あの! それは物の例えでですね! まだ何も準備が出来ていないんです!」

「わかっているさ。大丈夫だ、俺が欲しいものは既にアイリスが持っている」

「なにか持っていましたっけ……」


 ヤダ、コワイ。

 やっぱり心臓抉り出さ……あああああああっ‼︎

 今は何にも考えないでおこうそうしよう‼︎


 そうこうしている間に、ポーラーベアーの小屋は順番に回ってきたお客さんで密度が高くなってきた。

 そろそろ出た方が良いだろう。


「次に行くか。


 ……ああ、ここは一番君を連れてきたかったところだ」

「どんな動物ですか?」

「着いてからのお楽しみだな。さあ、行こうか」


 ジャケットを掴んでいた手を握られると、団長の例の長い足がゆっくり出口に向かう。


「(また来るね)」


 心の中でこっそりポーラーベアーに手を振り、明るい出口を目指した。



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