26,エゴ
「バーミンガム団長、見てください! ペンギンですって!」
「む、こんなに沢山の種類がいるのか」
動物園なんて初めて!
いつも行ってみたいと思っていたけど、入場料が案外高くていつも断念していたのだ。
それがまさか今日叶うなんて!
入場して早々目に飛び込んできたのが、ペンギン達が住んでいる小屋だった。
もうテンションブチ上がりよ。
団長の腕を引っ掴むと、興奮を隠さないまま小屋の前にやってきた。
「間近で見るのは初めてなんです! いっつも図鑑ばっかりで……ああっ! 可愛い‼」
「エンペラーペンギン、キングペンギン、ジェンソーペンギンにイワトビペンギン……フンボルトペンギンなんて初めて聞いたな」
「意外と大きいんですね!」
体の大きさだけじゃない、種類によってお腹の模様も違うし、顔つきも違う。
なんなら同じ種族でも若干模様が違う。動物だって人間と同じだもんね。
「グア~……」
「熱いなら向こうが日陰になってるから涼しいよ!」
「ピィ~!」
「ほら! 飼育員さんが水持ってきてる! 貰いに行きなよ!」
「ビィ!」
「ご飯の時間もうすぐだから我慢した方がいいんじゃない?」
「……アイリス、君は馬だけじゃなくてペンギンの言葉もわかるのか?」
「ザックリですよ。動物だって言語は違うだけで、意味のある音を出しているんです! でも、こういうのって大体顔とか仕草を見たらわかりませんか?」
「いや、それはアイリスの天賦の才だ」
そう言われるとちょっと照れる。
天賦の才でもなんでもなく、本当に動物が好きだからなんとなくわかるのであって、褒められるような特技じゃない。
楽しそうに水を浴びるペンギン達を見てホッコリしたところで、後ろから団体客が押し寄せてきた。
反響する声に負けないよう、団長が少し大きな声を上げる。
「向こうにポーラーベアーの小屋があるらしい」
「ポーラーベアーって、あのポーラーベアーですか⁉」
「そのポーラーベアーだ。どうする?」
「行きましょう‼」
それ以外の選択肢はなかった。
******
「この子がポーラーベアー……‼」
「でかいな」
通称、シロクマ。
厳しい寒さの遠い北に生息する、陸上動物でもトップクラスで大きな肉食獣だ。
その長い首や流線型の小さな頭のお陰で長時間氷水の中を泳ぐことが出来る。
そして得意な泳ぎを生かし、アザラシを狩るのだ。
厳しい現実だが、これが自然。食物連鎖を憂うのは、人間のエゴだ。
「可愛い!」
「可愛い……な。しかし凄い迫力だ」
「大きくふわふわしてて……! きっと赤ちゃんも可愛いでしょうね!」
語彙力が無くなるレベルで可愛い‼
これが肉食獣? ちょっと体が大きくて牙が鋭くて爪が鋭利なだけの可愛い子じゃないか!
そして私は見つけてしまった。
「あれはっ!」
「なんだ、これは」
「カプセルですよ!」
噂でしか聞いたことがないカプセル‼
いそいそとその場に急ぐ私の後ろ姿を、団長は不思議そうに見つめていた。
「見てください! ここから見ると、まるで海の中からポーラーベアーを観察出来るような角度に設定されているんですよ!」
「そうだったのか」
どれ、と言いながら団長も私の隣にやってくる。
「見てください大きな肉球!」
「なるほど、この視点はアザラシの視点でもあるのか」
「その通りです! このカプセルから見上げるとポーラーベアーの臨場感がより一層伝わってきて、とても人気なんですよ!」
「やけに詳しいな」
「それはもちろん! 動物愛好家として情報収集は抜かりないです‼」
憧れだった光景を目の前に、思わずため息が出る。
ずっと夢見ていたポーラーベアの肉球‼ 愛おしい以外どう形容すればよいのだろうか。
「……でも、ちょっと悲しくもあるんですよね」
頭の上を通っていく肉球を見つめながら、狭いカプセルの中に私の小さなの呟きが木霊した。
「どうしてだ?」
「だってこの子たちは私たち人間の勝手な都合で、遠い故郷からここに連れて来られたんです。
親兄弟と離されて寂しいでしょう」
出してしまった言葉が自分の胸を締め付ける。
体の大きさや毛艶やから見て、おそらくこの子たちは成獣だろう。ポーラーベアの人工保育なんて聞いたこともない。
つまり、きっと生まれてからずっと故郷で育ったのにこの地に連れてこられたのだ。
会えて嬉しい。けれどもこの子たちの生き方を考えると申し訳なくなる。
「アイリス、こっちへ」
「え?」
つけ慣れていない指輪を嵌めた左手を団長に引かれ、独占していたカプセルから頭を抜く事になった。
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