24,懐かしき犬
「……なんでまた膝枕しているんでしょうか」
「寝不足だからな」
「お仕事お疲れ様です。ですがそちらにクッションがあるじゃないですか、膝枕よりよっぽど寝心地がいいですよ」
「……ぐう」
「狸寝入り下手すぎません?」
夜空のように広がったヴェロアのドレスの上で、団長はいつぞやの朝のように寝っ転がっていた。
私の手は、ちゃんと太ももの横に置いてある。いいか、アイリス。敬愛すべき我らが団長を、昔近所に居た犬と同列にして撫でてはいけないんだぞ……‼
ふわふわと揺れる髪に決心が揺れつつ、一つ咳払いをする。
「バーミンガム団長、起きてください。また私が腰を痛めてしまいます」
「じゃあ我慢してくれ」
「(鬼ぃ……‼)」
陸上軍団の皆は団長がこんなに我が儘だって事を知っているのだろうか。オブライエン副団長なら知っているかもしれないけど、流石に男性相手に膝枕は要求しないだろう。
……想像したらいけない扉を開いた気分になった。
「……今日は撫でてくれないのか?」
「撫でていいのですか?」
「好きにしてくれ」
早速私の決心を崩しにかかってくるよね。思わず手が上がりかけた。
「いいえ、尊敬するバーミンガム団長にそんな不躾なこと出来ません」
「この前は撫でてくれたのにか?」
ムスッとした男前が下から見上げてくる。
なにそのギャップ、ファンが見たら心臓が止まりますよ。
思わず少し笑ってしまった。
「先日は失礼しました。バーミンガム団長の髪があまりにも綺麗だったので、つい触りたくなってしまって」
「なら今日も心ゆくまで触るといい」
「あ、」
折角我慢したのに! 団長は私の手を取ると、自分の額のところに持って行った。
そう言えば、犬も「撫でて!」と言わんばかりに尻尾を振って駆け寄ってきたなぁ。
「ふふっ……」
「どうかしたのか」
「いえ、昔近所に犬が飼われていたんです」
話すつもり無かったのに、自然と懐かしい思い出が口から零れていく。
「可愛かったんですよ。団長の髪の色と同じ真っ黒な犬で、会う度に「撫でて!」って尻尾を振って駆け寄ってくるんです。その子もフワフワな毛をしていて、まるでバーミンガム団長みたいで……」
そこまで言ってハッと気がついた。
団長と犬を一緒にするの、まずくね?
「あのう! 決してバーミンガム団長を犬と同列にしているのではなくてですね⁉ なんとなく手触りが一緒そう……違うな、雰囲気? 違う……!」
あかん、墓穴掘っていく。
一人で慌てていると、団長に捕まれていた手が、少し下に持って行かれた。
触れるのは、団長の頬だ。
「なら、俺がワンと鳴けば撫でてくれるのか?」
「おやめください‼ バーミンガム団長が犬の真似など‼」
「アイリスに撫でてもらえるのなら、俺は喜んで鳴こう」
なんか、とんでもないことを言われているぞ。私の膝から起き上がると、団長は私の横に座り直した。
「なあ、アイリス。なんならお手だってしてもいいんだ」
「バーミンガム団長、もしかしてお酒を嗜まれましたか?」
「朝からそんなことするはずがないだろう」
僅かに賭けた希望が潰えた。いや、飲んでない方が良いんだろうけど、今はそういうんじゃない。
「どうしたんですか? まさか寝不足で半分夢の中にいらっしゃるんでしょうか?」
「意識はハッキリしている。俺は真面目だ」
「では、真面目に撫でて欲しいと……?」
「そうだ」
衝撃である。ビシリと固まる私の膝に、団長は再び頭を置いた。
撫でるの? 所望、されちゃってる?
どうしたらいいかわからず、手を空中に彷徨わせていると団長の手によって再び額に誘導された。
「では失礼します……」
手に触れる柔らかな毛がくすぐったい。あれ、昔犬に触った時ってどんな力加減で触ってたっけ。いいや落ち着けアイリス、相手は団長だ。犬と同等の力加減で……いいのか、別にいいわ。
どうやら自分は随分と焦っているそうだ。
「アイリスは撫でるのがうまいな」
「撫でるのに上手も下手もあるのでしょうか」
「あるんだろう。その犬とやらもアイリスに撫でて貰いたがった理由がよくわかる。ウィルも撫でられて喜んでいただろう」
「そういえば、いつも喜んでいました」
「手に優しさが籠もっている。それが相手に伝わってくるんだ」
「初めてそんなこと言われました」
だんだん恥ずかしくなってきた。もう解放してくれないかとソワソワしていると、ようやく団長は起き上がってくれた。
「……妬けるな。動物達は無条件でその手に触れられるのか」
「え?」
「なあアイリス。俺にも触れてくれないか?」
どういうことですか。
その質問は私の喉に張り付き、上手くこの世に出ることは叶わなかった。
団長の翡翠みたいな瞳に映る自分が、随分と間抜けな顔をしているのが見える。
「俺はもっと君に触れたい。叶うなら……心の奥まで」
こんな関係になるまで、団長のことをずっと鉄仮面だと思っていた。
表情一つ変えずに、いつも騎士達の前に堂々と立つ。誰もが憧れ付いていきたくなるような彼が、こんな顔をするなんて。
澄んだ瞳の奥に揺らぐ熱に見とれていると、その翡翠が近づいてくるのが見える。
「(あ……)」
ぶつかる。
そう思った瞬間だった。
キィーッ‼
「旦那様、到着しました」
「「……」」
気まずい沈黙が、馬車を包んだ。
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