16,家族で散歩



「ほぎゃあ⁉」

「なんだ、乗馬は初めてか?」

「はははは初めてですぅ‼」


 視界が高くなった、どころじゃない。

 団長に脇の下から持ち上げられ、空が近くなった。


 全身に風を浴びて、まるでウィルと一体化したみたい。


「わあ……」

「そうか、入隊してもある程度の成績を取らないと騎乗の許可が下りないからな」

「下の下の下なので……」


 それに退職したしね。今日団長が遊牧場に来なければ、もしかすると一生乗る機会は無かったかも。

 そう考えると、今日ここに来て貰ってよかった。


 ウィルの鬣を恐る恐る撫でてやると、気持ちよさそうに首を振った。


「よっと」

「ウヒィ⁉」


 あろうことか、団長までウィルの背中に飛び乗った。流石陸上軍団団長、身のこなしが軽い。


「我が弟の望みだ、少し散歩するか」

「じゃあ降ります‼ 私重いので‼」

「ヒヒーン!」

「羽のように軽い⁉ 嘘だ‼」


 立派な成人女性が、それはない。

 へっぴり腰でウィルにしがみ付いていると、腰に何かが巻き付いた。まあ見なくてもわかるよね!


「団長⁉」

「しょうがないだろう、落馬するよりマシだ」

「ウィルにしがみついているので大丈夫です‼︎」


 腰からお腹にかけて、熱い団長の腕が回されていたのだ。

 私のぷよぷよ腹がぁっ……! と、嘆くも無視される始末。もうちょっと真面目に筋トレすればよかったよ、トホホ……。


「ウィル、頼むぞ」

「ヒーン!」

「うおっ、ひっ……!」

「アイリス、乗馬をする時は姿勢を伸ばせ」

「そんなこと言われましても、」

「大丈夫だ、ほら」


 バリトンボイスが、まるで内緒話をするように囁やく。やめてくれ、耳が孕む‼︎


 このまま耳元で囁き団長されても困る。

 こうなればやけくそだ!と、背中に物差が入っていたら確実に反り返る程の勢いで背筋を伸ばした。


「どうだ?」

「ま、まるで私がウィルになったみたいです」

「そうだろう。地面の近くで生活している俺達の目線とは全く違うんだ」


 これだから乗馬はやめられない、と団長が楽しそうに頭上で笑うのが聞こえた。


 いつもは鉄仮面みたいに怖い顔して皆の前に立っているけど、ウィルと一緒だとこんな風に笑うんだ。

 初めて見る無邪気な団長に、少しだけ安心感が芽生えた。


「ブルル……」

「歩くよって……ちょ、待って!」

「大丈夫だ、俺が支えている」

「それが一番問題っうぉ⁉︎」


 歩いた! ウィルが! 歩いた‼︎


 ゆっくり、だけど確かに力強い一歩を踏み出す。

 少し骨張ってて少し痛いとか、太ももから伝わってくる熱だとか、感動するものは沢山ある。

 その中でもウィルに揺らされることが、一番生を感じた。


「怪我の療養で暫く人を乗せていなかったからな。俺も久しぶりに乗れて嬉しいよ」

「凄い! ウィル、かっこいいよ!」

「ヒッヒーン‼︎」


 お腹に回された腕の力が強くなっていたことに、初めての乗馬で興奮していた私は気付かなかった。





「楽しかった……!」

「それなら何よりだ」


 初めての乗馬は、それはとても素晴らしい体験だった。

 今まではウィルに目線を合わせてもらって語らう関係だったので、初めてのコミュニケーション方法に昂揚しっぱなしだ。

 ウィルの手綱を握った団長は、労わるようにウィルの首を掻いた。


「ウィルも喜んでいる。また乗ってやってくれ」

「いいんですか?」

「ああ、本人もそう言っているだろう」

「ブルッ!」

「ウィルも楽しかったの?」


 どうやら本人もご満悦のようだ。

 そっか、それなら……! と、目を輝せたところで現実に返る。


「でも私一人じゃウィルの背中に乗れないので、他の方にお願いした方がよろしいでしょうか」

「それくらい俺に声をかけてくれればいつでも乗せてやる」

「そんな! バーミンガム団長のお手を煩わせるわけにはいきません!」

「家族と穏やかに過ごす時間を作ってもバチは当たらないだろう」


 家族。

 その言葉に心の中で小さな温かい光が灯った気がした。隣のウィルも、嬉しそうに鼻を鳴らす。


 しかし、それはまずいのではなかろうか。


「バーミンガム団長、私が申し上げるのも烏滸がましいですが、あまり二人でこういうことをすると規律を乱すのでは?

 あからさまな態度を出さない為に、私を奥方の座へ置こうと考えられたのでは、」

「昼休憩が終わるな」


 まだ話している途中だったんですけど。


 何故か急にウィルの手綱を持った団長は、厩舎の方へ歩き出してしまった。

 と、思いきや。


「アイリス」

「はいっ⁉︎」


 急に立ち止まって話しかけてくるものだから、声が裏返ってしまった。


「指輪、つけていてくれたんだな」

「あ……これですか?」


 首元には着替え終わったら忘れないように、すぐぶら下げた指輪が揺れていた。

 服の中にしまっておいたつもりだったが、ウィルとの散歩中に転がり出たのだろうか。


「……似合ってる」

「へ?」


 そういうが早いか、団長はすぐにウィルを連れて厩舎へ戻っていってしまった。


 その場に残されたのは、ほんのりと頬に熱を持つ私一人だけだった。

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