15,義弟



 手渡されたアプリコットジャムが挟まれたサンドイッチをマジマジと見つめる。

 美味しそうだ。美味しそうだけど!


「どうした? 食べないのか? 仕事熱心なのはいいことだが、食べないと体を壊すぞ」

「では……いただきます」


 贅沢に塗られた杏ジャムが口いっぱいに広がり、一瞬で幸せに包まれる。

 が! 流されるな!


 直ぐに気持ちを切り替え、サンドイッチを飲み込んだ。


「なぜ私がここにいるとわかったのですか?」

「執務室から丸見えだからな」


 あそこか。

 再びサンドイッチを口に含みながら、一等高い塔を睨み上げた。


 次から気をつけよう、絶対に。

 通りすがりの騎士達にチラチラと見られながら、固く心に誓う。


「マーマレードもあるぞ。それともブルーベリーがいいか?」

「全て好きですが……バーミンガム団長、何故私がアプリコットジャムが好きだとご存じなのですか?」

「食堂の従業員に聞いた。メニューにアプリコットジャムのマフィンがあると必ず多めに持って帰るとな」

「あ」


 そんなこともあった。仕方がないじゃないか、美味しいんだもの。


「(個人情報漏洩な気もするけど……まあ結婚する相手のことを知ろうとするのは普通のことだよね)」


 そういう自分は団長の好みを全く知らないなあ……。

 チキンが挟んであるサンドイッチを頬張る夫を、盗み見た。


「ところで、仕事初日はどうだ?」

「厩舎の管理人ですか?」

「ああ。大変な仕事だろう、辛くないか?」

「いいえ、前々からやっていたことと同じですので、特に辛いと感じません。むしろ幸せです!」


 美味しいサンドイッチに大好きな馬達。強いて言うならたまに刺さる視線が鬱陶しいが、本当に幸せなんだと思う。

 それと同時に、こんな望んだポジションを簡単に与えられてもいいのかと不安に思うこともある。


「俺達陸軍部隊にとって馬は大切な要だ。こうやって丁寧に世話をしてくれるのはありがたいよ」

「丁寧に……というか、馬達がして欲しいことを教えてくれるので、私はその通りにしているだけです。あ、でもブラッシングは丁寧にしてあげると皆喜びますね。これからしっかり時間が取れるから、一頭一頭に向き合えってお世話していきます!」

「して欲しいことを教えてくれる?」

「はい! 例えば……っわ!」

「ブルッ!」


 ウィルだ。

 何をしている、と言いながら、私の背中を突いてきた。

 なんだなんだ、かまってちゃんか? 可愛いな!


「ご飯だよ。ウィルはさっき食べたでしょ」

「ヒン……」

「足りないの? じゃあ戻ったらおやつ食べよっか!」

「ヒーン!」

「これが食べたい? 流石にサンドイッチはダメだよー」


 珍しい、ウィルが我が儘を言うなんて。

 私の肩に額を押しつけてくる姿は、珍しく子供じみている。


「アイリス、ウィルの言葉がわかるのか?」


 愕然とした声色が、背中越しに聞こえた。


「わかる、というより漠然となんとなくレベルです。昔から動物が好きで、よく近所の犬とも遊んでいたんですよ」


 肩越しに振り返ると、食べかけのサンドイッチを持ったままの団長が目を見張っていた。

 おそらく、ウィルは団長の食べている方を狙っているだろう。これも感である。


「この子、一年前から怪我していたんです。でもようやく調子が戻ってきたんですよ!」

「ああ、酷い捻挫だった。でもアイリスが毎日のように世話をしてくれたから、ウィルもここまで回復したんだ」

「え? バーミンガム団長もウィルのことを気にかけてくださったんですか?」

「気にかけるもなにも、ウィルは俺の愛馬だ」




 あれ、呼吸ってどうやってするんだっけか。

 息を吸う……鼻? 口? あ、違う、右耳だ。吐くのは左耳だったかな。




 私の現実逃避は空しく、トコトコとウィルは団長の下へ歩いて行く。


「ブルッ」

「ご、ご主人様ぁ……?」

「なんだ、ウィルは俺のことをそう呼んでいるのか」


 確かにウィルは誰かの愛馬って噂は聞いていたけど、まさか団長だったなんて……‼


「ウィルは実家から連れてきた、俺の弟のような存在だ。傷ついた大切な家族を解放してくれた君には、心から感謝している」

「弟……」


 つまれあれか。ウィルは私の義弟ってこと?


 まだ状況が把握できなくて呆然としていると、ウィルの顔が近づいてきた。


「ヒーン」

「や、別に内緒にしてたのは怒ってないよ、ただびっくりしただけ……」

「ブルル」

「そうだよね、自分のご主人様がバーミンガム団長って言ったら、私の性格上距離置いちゃうもんね」

「ヒヒンッヒーン!」

「うん、私もウィルと仲良くなれて嬉しいよ! これからもよろしくね!」


 鬣を撫でてあげると、気持ちよさげに目を細める。

 その愛おしさ、メガトン級なり。


「随分と仲が良くなったんだな」

「はい! 私の親友です!」

「親友、か」


 サンドイッチを置いて頬ずりすると、ウィルが後ろ足を蹴って鼻を鳴らした。


「え? 歩きたい?」

「みたいだな。


 アイリス、舌を噛むなよ」


 視界が、ウィルから青空に切り替わった。

 

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