14,ピクニック
今、人生で一番幸せな時期かもしれない。
ウィルの手綱を握って、夢見心地で遊牧場への道のりを歩く。
今の時間は馬達の自由時間である。数多くの馬を飼育している陸軍部隊は、時間をズラしながら馬にストレスを与えないよう一定時間放牧させるというルールを設けていた。
もう治っているとは言え、ウィルは一応怪我馬だ。
気を使って一番最後に手綱を引いてゆっくり歩かせる。
「ブルッ……?」
「え? ご機嫌そうに見える?」
「ヒヒンッ」
「えへへ……あのね! 同室だったマリアンが、いつでも部屋に遊びに来てって言ってくれたんだ!」
たとえ建前上でも、人付き合いが苦手な私にとって最高に嬉しい言葉だった。
動物や家族以外で、初めての友人だった。離れてしまったけど、その繋がりが私の心を強くしてくれた気がする。
「お疲れ様です‼」
「あ、お疲れ様です」
若々しく芽吹く青い草が茂る遊牧場に向かう間、同じ(私は退職したけど)陸軍部隊の騎士とすれ違った。それは当然だ、基地なんだから。
問題はその姿勢だ。
「お勤めご苦労様です‼」
「お荷物お持ちしましょうか⁉」
「足下が泥濘んでおりますッ‼ 靴を磨かせてください‼」
「大丈夫です……!」
やけに皆様が話しかけてくる。それもまるで何処かの暗い組織の上層部に対する声量だ。やめてくれ、そういうの超苦手だ。
しかも。
「あの人が団長の嫁……」
「馬鹿‼ 姐さんって呼ぶんだよ‼」
私はそんな玉じゃないぞ‼
無駄に美しく敬礼してくる元同僚達。まともに話したこともないが、気恥ずかしいやらなにやらで穴に入りたくなる。
いたたまれない気持ちで、ウィルと共に早足で歩いて行くのだった。
「さ! 行っておいで!」
「ヒヒーン!」
手綱を解くと、大人しく私に着いていたウィルが嬉しそうに駆け出した。
やっぱり狭い厩舎より広い遊牧場の方がいいよねぇ……。
いい匂いのする原っぱに寝っ転がると、何処までも澄み渡る空を見上げた。
「(そうだ、私がこれから専属で厩舎の管理人になるんなら放牧の時間をもっと増やせるようにお願いしてみようかな)」
もちろん、団長に。
ほわん、と簡単にあの美しい顔が頭上に浮かんだ。
昨日から信じられない出来事ばかりで、頭がショートしっぱなしだ。
「……とんでもないことになってる……よね?」
うん、そうだ、そうに違いない。
今まで地味に地味を極め、息を殺して陰の中の者として陸軍部隊の中にいた。それがどうだ、一夜にして有名人! 全く望んでいないぞ!
ここに来るまでで一生分の視線を浴びた気がする。人に見られるなんて、実家にいた頃片手で数えられるほどしか出席したことのないパーティーくらいで……。
「あ」
そうだ、後回しにしていた。実家に結婚したことを伝えないと。
結婚した利点の一つは、これでようやく両親から結婚しろと言われなくなるということだ。
「そもそも結婚か就職かそっちかしろっていうから就職したのにさ、結局結婚までせっついてくるんだから嫌になるよね」
「わかってやれ、それが親心だ」
「でもどっちかって言ったんだよ? ちゃんと就職を決めたんだから結婚についてはまだ触れて欲しくなかったな」
「いいじゃないか、晴れて結婚したんだ。これからは何も言われなくなるぞ」
「まあそうだけど……?」
え? 誰と会話してた?
ガバッ‼ と勢いよく起き上がると、声のする方へ頭を捻った。
「もう昼だ。腹が減っているだろう?」
「バーミンガム団長……⁉」
思いっきり独り言を聞かれていた上に、謎の会話が成り立っていた。
慌てて体に着いた草を払うと、立ち上がった。
「そんなに固くなるな。夫婦になったんだぞ」
「いいえ、ここは職場ですので!」
「昼休憩は勤務時間外だろう」
遠くで馬達の楽しそうな声が聞こえる。
団長は持っていたバスケットの中からレジャーシートを取り出すと、手際よく敷き始めた。
「何をするんですか?」
「折角のいい天気だ。ここで食べよう」
それからはあっという間だった。
どれだけ入っているんだと言いたいくらい、バスケットの中から色んなものが出てきた。サンドイッチは勿論、紅茶からカップ、布巾にデザート。誰だ、こんな素晴らしい収納術を持っている人は。
「紅茶には砂糖とミルクが必須だったな」
「え、はい」
「このメーカーが気に入っているんだろう? それからアプリコットジャムが好きだったな。多めに入れて貰ったぞ」
「ありがとうございます……?」
私、団長に食の好みについて話したっけ。
急に始まった二人っきりの昼食は、草の香りに包まれた。
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