12,流れに身を任せて



「ウィルー‼」

「ブルッ! ヒヒンッ‼」

「私も会いたかったよ‼」


 ヒシッ! と、その逞しい首に抱きつけば、伝わってくる暖かな体温に安心感を覚える。


 今更だけど、ウィルと離ればなれにならなくてよかった。こんなに仲良くなったんだもの、会えなくなるなんて寂しい!

 ウィルの鼻先へ手を持って行くと、私の匂いをスンスンと嗅いでくれた。


「ウィルの飼い主より、私と一緒に居る時間の方が長いもんねー」

「ブルル……」

「え、たまに来てるの? 会ったことないや」


 それは知らなかった。人よりここにいる時間が長いと自負していたけど、まさかここまで綺麗にすれ違っていたなんて!

 まあ会ったら会ったで気まずいだろう。こう、昼間の昼間に間夫と密会している団地妻的な。勿論ウィルが団地妻だ。


「ヒーン」

「元気が無いって? よくわかったね」

「ヒヒンッ」

「悩み事なら言ってみろ……か……」


 頼もしい限りである。


 他の馬にも餌は行き渡ったし、今はマリアンに挨拶するため訓練の終了を待っているだけの時間。少々愚痴に付き合った貰おう。


「私さ、昨日結婚したんだ」

「ブルル……」

「急だね、おめでとう……うん、本当に急だよね」


 優雅に座るウィルのお腹に背中をくっつけて、膝を抱え込んだ。

 祝ってくれるウィルには申し訳ないが、私の気持ちが何一つ追いついていない。


「上官なんだけどさ、昨日ここへウィルに会いに来たときオブライエン副団長が私を呼びに来たでしょ? その後直ぐに籍を入れたんだ」

「ヒン! ヒヒヒーン‼」

「それでも結婚を承諾したのならそれなりに好意を持っているんでしょ……って、好きもなにも、昨日初めて話したような人だし、確かに格好いいけどまだ恐れ多いというか」

「ブヒーン!」

「これから一緒に暮らしていけば情も沸くし、本物の夫婦になれる……ねえ……。

 なんかこのまま流されていいのか⁉ って思う訳よ。

 でもこんな私と結婚してくれたんだし、キツイ騎士団を退職させてくれて厩舎の管理人の役職をくれたしっていう矛盾もあって……」


 私にとってはとても魅力的な申し出だったのだ。

 むしろ私なんかで良いのか? もっと美人で可愛い子はいるだろうに……それに家柄だってもうちょっとマシな子がいるだろうに。

 いくら「私がバーミンガム団長の嫁です‼」と言い張らないタイプだとしても、もうちょっと選べばよいものを。


「ブルルルッ! ヒヒンッ!」

「え? 私が自己肯定感低い? もっと自分の価値を理解しろ、って言われても!」

「ヒヒンッ!」

「わ、私が可愛い……⁉」


 どうしよう、ウィルに口説かれてる。

 そんなこと言ってくれるの、身内くらいかと思っていたのに!


「ウィル……‼ ありがとう、不安な私を元気づけてくれるんだね!

 もう私の親友はウィルだけ、これからもよろしくね!」

「ヒーン‼」


 ここで友情が深まったところで、何やら厩舎の外が騒がしい。

 ヒシッと抱き合っていると、外に続く扉が開いた。


「アイリス!」

「あ、マリアン!」


 探しに行こうと思っていた友人が、急いた様子でウィルの寝床までやってきた。


「どういうこと⁉ 陸上軍団が貴女と団長の噂で持ち切りなんだけど!」

「これには深い訳があって……」


 話せば長くなる。このままだとマリアンの業務に支障をきたすだろう。

 額に浮かんだ汗を拭うべく、ハンカチを彼女に差し出した。


「ありがとう。それで、噂は本当なの?」

「念のため確認したいんだけ、マリアンが聞いた噂ってどんな話?」

「人知られず密かに愛を育んでいた二人だが、とうとう抑えきれず電撃結婚。新婚早々昨晩はお楽しみでしたねって噂よ」

「全部捏造‼」


 あんな勘違いされやすい会話した私も悪いんだけどね⁉

 変な噂を立てられないようにと、気を使っていたのに一番最悪な方向に転んでしまった。もうこれは大事故だ。


 団長の耳にこの噂が入ったら、彼も仕事どころではないだろう。……あの人が元凶なんだから、別に良いか?


「でも結婚したという噂は本当なんでしょう?」

「うん、色々あって昨日急に籍を入れたんだ」

「いつから団長と付き合っていたのよ。同室の私にくらい教えてくれてもよかったのに」

「ご、ごめん……」


 いや、付き合ってなかったから。昨日の今日秒で決まったことだから。

 友人と呼ぶのは烏滸がましいが、マリアンには随分と世話になっている。もしも本当に恋人ができていたら、真っ先に彼女へ報告していたことだろう。


 しかしあんなやり取りがあったと彼女に言えるはずもない。


「しかも寿退職するんですって?」

「うん、そうなんだ。それで今日から厩舎の管理人になったの‼」

「良かったじゃない、貴女は馬が大好きだものね」

「えへへ……」

「まあ嬉しそうな顔しちゃって」


 そこは本当に嬉しいので、心からの笑顔である。


「とにかく、おめでとう! 騎士団を退職しても大切な友人の顔が見れるんだもの、喜ばしいことばかりね」

「え?」


 友人? い、いま、マリアン、私のこと友人って言った……?

 固まった様子の私を見て、マリアンは首を傾げる。


「どうかしたの?」

「あの、私……マリアンのこと友達って言ってもいいの……?」

「はあ? なに言ってるのよ、まさか今更友達じゃなかったとか言い出すんじゃないでしょうね⁉」

「言葉の綾ですごめんなさい‼」


 例えどんなに豪華なご祝儀をいただいても、今貰った言葉が最高のご祝儀。


 ウィルや他の動物以外にも、友達が出来ていたんだ。

 そう気付かせてくれた結婚というのも、案外悪くない…………あ、これが流されているのか。


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