11,会話は正確に
「いたたた……!」
「あんな変な体制で馬車に乗るからだ」
「(貴方みたいな絶世のイケメンに変な角度で顔を見られたくないからですよ‼)」
基地に到着したのは、それから少し経ってからだった。
思ったより道は混んでいなかったが、いくら静かに運転されていようとも馬車は馬車。
予想通り、私の腰はガクガクだった。
「それに俺は着いたら起こすように言っただろう。何故あんなに早く起こした」
「バーミンガム団長、お言葉ですが私のような一般騎士と同じ馬車で出勤しては変な噂が立ちます。余計な噂を立てないように努めるのも、大切なことかと……」
そう、確かに団長は着いたら起こせとおっしゃった。
しかし私は基地に着く数分前に団長を起こしたのだ。いくら早朝とは言え人がいないとは限らない。
人目を気にして私だけ先に降りて歩こうと思ったのだが、あっけなく団長に反対され結局一緒に基地の前まで馬車に乗ってきてしまった。
「変な噂? どんな噂だ」
「その……バーミンガム団長と私が……恋仲とか……」
「恋仲もなにも、夫婦だろう」
言い切ったよ。
こっちとらまだ妻どころか、恋人すっ飛ばして部下気分なのだ。
一般騎士(本日付けで退職)の私がトップの嫁になるなんて、昨日の今頃右手の薬指にあるささくれ程も思っていなかった。
気持ちが追いついていないのだから、同僚達にこのツーショットを見られるのは避けたい。
というか、団長のファンに刺されそうだ。
「そもそも昨日の夕方に俺とアイリスが籍を入れたことはもう基地内に知れ渡っている」
「ほ…………?」
な、なんだって……? 今、聞き捨てならない言葉が……?
「婚姻届を出す前に各所へ報告もしておいた。噂好きの陸上軍団だ、今ごろ全員に知れ渡っているだろうさ」
「待ってください‼ では私達は公認と言うことですか⁉」
「そういうことだ」
「ええー……!」
なにが、そういうこと、だぁ⁉
あっけからんと言い放つ旦那様に、怒りを通り越して感動を覚える。
こう、せめて! いくら利害が一致していても、もうちょっと事の運びを共有して欲しいとかさぁ‼
馬車から降りようとすると、先に降りた団長が手を差し出した。
「一人で降りられます」
「危ないぞ」
「私だって一応訓練していた騎士です」
そう言って団長の手を無視し、馬車から降りた。
「いっ……!」
「ほらみろ」
急に体を動かしたからか、腰が悲鳴を上げた。
バランスを崩した私は、大胆にも団長の胸の中に飛び込む形になったのだ。
「あいたたた……」
「言っただろう、あんな変な体制で(馬車に)乗るからだ」
「あれは団長が先に(私の膝へ)寝っ転がったから!」
「疲れていたからな。お陰で(睡眠が取れて)体の調子が良い」
「それはよかったですが、この先(膝枕なんて勝手にされたら)私の体が保ちません……」
「だからこうして労っているだろう」
ザワッ……
おや? なんだか周りが騒がしい気がするぞ。
団長の分厚い胸板から顔を離し、顔を上げる。
「あの噂は本当だったのか」
「朝から大胆な……」
「若いっていいねぇ」
「まさか団長が結婚するなんて!」
「あんな子いたか?」
「っていうか、さっきの会話聞いた?」
「ああ……本当にデキてるな」
引き潮の如く、血の気が引いていく。
「え……? 何でこんなに人が居るんですか……?」
「今日は早朝訓練があるからな」
「そんな日程、ありましたっけ……」
「昨日の夕方急に決まった。……ああ、アイリスは俺の屋敷にいたから、連絡が行っていなかったか」
まだ日野も登り切らない早朝。こんな時間にやってくるのは食事の仕込みに来るおばちゃんと、自主的に訓練をする真面目な騎士、もしくは厩舎の担当くらい。
やはり私だけ先に降りて歩くべきだったと後悔するが、覆水盆に返らず。
「わ、私厩舎へ行ってきます……」
「俺も行こう。そういう話だったな」
「いいです‼ 訓練があるならそちらを優先してください‼」
「腰を痛めた妻を放っておく夫が何処に「わーわーわーッ‼」」
もうこれ以上余計なこと言わないで‼
慌てて団長の口を塞ごうとしたが、軽く避けられてしまった。
「君達、何やってるのさ」
「オブライエン副団長!」
よかった、救世主が来た!
助けを求めるため、団長から離れようとするが腰を抱きかかえられた。何故⁉
「アドウェル、新婚なのはわかっているけどさ。朝からこんな公の場でイチャつくと独身勢に叱られるよ」
「イチャつく? 夫婦の会話をしているだけだ」
「向こうの方でアイリスがアドウェルに虐められて腰砕けになってるとか、聞こえてきたけど」
「ええっ……⁉」
どうやったらそんな……あっ。もしかして所々はしょったあの会話⁉
今確信した。
私、ここにいるとまずいわ。
「団長、申し訳ありませんが馬達がお腹を空かせて待っていますので行って参ります」
「待て、」
「さー! 僕達は早朝訓練だよー」
なんでこんなことになったんだろう……。
チクチクと刺さる視線を感じながら、私は厩舎にいるであろう逞しく美しい天使達の元へ向かうのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます