10,カップルがすることです



 やっぱり凄いや、公爵家。


 私達は馬車に揺られ、職場の陸上軍団がある基地へと向かっている。

 昨日も思ったが、個人が所有する馬車の中でも最高級品ではなかろうか。


 車酔いなんて単語、聞いたこともございませんと言うほどの静かな乗り心地。御者の運転が旨いのと、穏やかな性格の馬のお陰だろう。そして中のソファーに関してもビロード張りの一級品。

 バーミンガム家の馬って何処で飼育してるのかな、ちょっと触らせてもらえないかな……など、昨日から興味は尽きない。


「……今朝は、すまなかった」

「え?」


 大して気まずくない沈黙が、突如として団長に破られた。何の謝罪だろうか。

 ツイッと視線を上げると、どこかばつの悪そうな団長が伏し目がちに座っていた。


「無視をするつもりはなかった」

「あ……」


 そのことか。

 ご多忙であらせられる身。そんな中急に結婚したとなれば、流石の団長も精神的に参っているのだろうか。

 ……強引に進めたのはそっちだが。


「こちらこそお名前で読んでしまい申し訳ありません」

「いや、それは全然いいんだ。いや、むしろ……」

「むしろ?」

「……なんでもない。呼び方も少しずつ変えていけばいい。しばらくは君の呼びたいように呼んでくれてかまわない」


 なんだよ。気になるじゃん。

 いつも威風堂々と騎士達の前に立つ団長が、言い淀むとは珍しいこともあるもんだ。めちゃくちゃレアだ。


「やはりお疲れなのでしょうか?」

「お疲れ……そうだな、だいぶ疲れているようだ」

「昨日はよく眠れましたか?」

「それが全くなんだ」


 翡翠の瞳が、キリッと私を見据えた。寝不足にしては綺麗な瞳である。


「もしよろしければ少し仮眠を取られてはいかがでしょうか。到着したら起こしますので」

「そうだな、そうしてもらえるか」

「承知いたしました」

「では端に寄ってくれ」

「? はい」


 目の前で寝顔を見るなって事? そんな恥ずかしがり屋さんだったか?

 少々の疑問を抱きつつ、団長の言われるがまま馬車のドア側にズレた。すると、何故か団長が私の隣に座る。


「どうなさいましたか」

「枕がないと眠れなくてな」

「まく……ヒョエェ⁉」


 あろうことか、なんと団長は私の太ももに頭を置いてきた。これは、付き合いたて熱々カップルがよくする〝膝枕〟というやつだ。

 わあ、この馬車凄いなー。団長が寝そべっても余裕があるんだなー。なんて、一瞬頭が現実を拒否する。


「だ、だだだだだ団長⁉」

「なんだ」

「なんだ⁉ この状況がなんでしょうか⁉」

「妻が夫に膝枕をするのに問題があるのか」

「普通の夫婦は無くとも、私達は多少問題があるかと‼」

「例えば」

「心の距離とか私の心構えとか私の心臓が爆発しそうとか‼」

「心臓問題か、それは困るな」


 というわりに退いてくれないんだよね‼

 下から顔を覗かれるのは恥ずかしくて、体を横に捻る。これで腰がイカれたら、絶対団長のせいだ。


「急に夫婦になったんだ。君の反応は当然だろう」

「でしょう! なのでどうか向こう側で寝ていただけないでしょうか‼」

「これは君のためでもあるんだ」

「私のため⁉」


 どういう話の流れだろうか。嫌がらせとも取れるこの状況、私が得るメリットと是非とも教えていただきたい。


「そうだ。アイリスはまだ俺に慣れていないだろう。きっと真面目な君のことだ、しばらくは俺のことを団長としてしか見れないと思う。多少強引にでも距離を縮めないと俺に慣れていかない。早急に、という訳ではないが、このままだと普通の夫婦の距離になるまで何年かかるかわからない。君が嫌だと言ったら考えるが、徐々にこうやって触れ合ってくのが一番の近道だと思うぞ。それに籍を入れたからには近いうちにお互いの両親へ挨拶も必要だろう、その時に団長と部下という関係性を前面に出すのは好ましくない。夫婦らしく見えるように今から適切な距離感を……」


 めっちゃ喋る。眠たいんじゃなかったんですか?


 相変わらずキリッとした目の団長は、私の相槌を待つことなくひたすら口を動かす。なんか……団長のイメージがどんどん変わっていく。


「(あ……)」


 団長の柔らかそうな前髪が、これまた長い睫に接触して目に入りそうだ。

 喋り続ける団長には申し訳ないが、気になる。


 捻っていた上半身を少し戻してそっと前髪を退けると、予想通りの手触りの良い感触に感動する。


「(昔近所で飼われてた犬みたい)」


 死んでも口に出来ないが、どうしても懐かしい記憶にある黒い大型犬を思い出してしまうのだ。

 毛並みがよくて、体躯もよくて、一見怖そうなのに私に懐いてくれた可愛い犬。

 表情豊かな子で、意思疎通も難なくこなせる賢い子だった。


「(懐かしいな)」


 あれから何年も経っている。あの子は虹の橋を渡ってしまったが、私の記憶の中で生き続けている。たまにこうして思い出しては、思いを馳せるのだ。

 あー、やっぱり団長の髪、あの子に似てる。一回撫でさせてくれないかなー。


 楽しかった昔を思い出し、思わず微笑みを浮かべた。


「……」

「どうかされましたか?」


 ずっと喋り倒していた団長が黙りこくった。


 勝手に触ったことに怒っているのだろうか。

 慌てて謝罪しようとするが、団長はプイッと体を反対側に反転させてしまった。


「寝る。着いたら起こしてくれ」

「しょ、承知いたしました」


 怒って……ないのかな? 嫌だったら嫌って言うよね。っていうか、自分から膝枕してきたくらいだし、前髪払うくらい……嫌だったかなぁ⁉ 地雷がわからん‼


 結局基地に着くまで、団長は私の膝に頭を置いたまま、そして私は上半身を捻ったまま馬車に揺られるのだった。




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