9,沈黙の朝食



 私は図太い方だと思う。

 柔らかい、けれど腰に負担のこない造りの素晴らしいベッドの上で目を覚ました。


 普通なら枕が変わると眠れないとか、よくあるだろう。しかし私はそれほどか弱くない。

 なんなら王立騎士団の入隊初日だってぐっすり寝れた。つまり団長の屋敷でもぐっすり眠れたということだ。


 そばにかけてあったカーディガンを羽織り、意味もなく部屋を歩き回る。


 自然とこの時間帯に目が覚めてしまうのは、いつもウィル達の世話をしに行くため。

 この一年間ですっかり体に染み付いてしまった、起床時間だ。


 ぐるりと与えられた部屋を眺めてみた。

 派手ではないが、ひとつひとつの意匠が起こっている調度品。公爵家ってやっぱりすごいよ こんなペン一つ、実家に……。


「あ」


 そうだ、あまりにも急すぎて実家に何も連絡をいれていない。

 確かに団長の言う通り、これで実家からのお見合い話が断ることができるだろう。だがあまりにも急な入籍に、心配をかけるのではないだろうか。


 何と言って両親を納得させようかと思い悩んでいると、控えめなノックが聞こえた。


「奥様、おはようございます。お目覚めでしょうか」

「おはようございます」


 彼女は昨日私を出迎えてくれたメイドだ。

 それを私の付きの使用人となるらしく名前は、キャリーというらしい。


「アドウェル様もお目覚めになっております。朝食をご一緒にとのことですが、いかがなさいましょうか」

「えっと、一緒にお願いします」


 断るのも変な話だし、これは受けていいんだよね?


 では、と言いながらキャリーが私の身支度を整えてくれようとするが、人様に着替えを手伝ってもらうような高貴な身分でない。


「一人で大丈夫です」

「いいえ! 奥様は十分綺麗ですが、もっと美しく着飾ってアドウェル様の前にお連れしないと!」

「着飾る⁉」


 今日この後出勤する予定なのだが。


 桃色のドレスにしようと主張するキャリーを押さえ、私は昨日も来ていた制服を押して押して押しまくる。結果、勝った。

 昨晩貰った指輪を首に下げ、金具を止めれば完成だ。




「ううっ……奥様に似合いそうなドレスをいくつか見繕ってあったのですよ……」

「気持ちはありがたいですが、私も仕事がありますので……」


 なんだ、この罪悪感。


 案内された場所は、ダイニングルームだった。

 マホガニーのテーブルと椅子、銀の燭台や食器、グラスが並び、既に団長が座っておられた。

 来る途中の廊下にまで既に良い匂いが立ちこめており、お腹が鳴りそうになる。


「おはようございます、バーミンガム団長」

「……」


 え、無視?

 まさか……あ、声が小さかったのかな。


「おはようございます、バーミンガム団長」

「……」

「…………えっと……」


 朝から意地悪される覚えは無いのだが。

 引かれた椅子に腰をかけ、隣に立つキャリーを見上げるものの微笑まれるだけ。いや、助けてくださいよ。


 運ばれてきたパンを千切り、口に運びながら少し離れたダイニングテーブルの向かいに座る団長を盗み見する。


 ……やっぱり格好いいなあ。今まで何の関わりもなかったし喋ったこともなかった。

 ファーストコンタクトの昨日も緊張しっぱなしだったけど、今日もまだ少し緊張している。


 しかし今までに比べて少しは、いや、かなり距離が物理的にも縮まったことだし、紛いなりにも夫婦になったんだからちょっとくらい会話が欲しい。

 昨日の出来事がまるで夢かと思うくらい……あ、なんか寂しくなってきた。


「バーミンガム団長、本日ですが寮に残った荷物を引き取りに行ってもよろしいでしょうか」

「……」

「それから同室だったマリアンにも挨拶をしたいので、訓練場に入る許可もいただきたいのです」

「……」

「それから本日の厩舎の担当が、確か実家の都合で有休を取られていました。なので私が代わりに馬の餌を……」


 泣いていいか? というか、声が震えてきた。


「(なんでガン無視なの⁉)」


 貴方が強制的に婚姻届を書かせて‼ この屋敷に連れてきたんでしょうが‼

 なのに早速放置⁉ どんな神経してるんだ‼


 昨日の夜は、指輪だって……‼




『君は夫を団長呼ばわりするのか』




 ……いやいや、ないでしょ。

 まさか、ねえ?


 もう一度団長を見上げるが、彼は眉一つ動かさず朝食のエッグベネディクトを口に運んでいる。おお、所作が綺麗だ。


 別のところに興味を引かれたが、今はそこじゃない。

 試してみる価値は、ある。

 ダイニングルームに聞こえるのが私の独り言だけだなんて、寂しいしなにより恥ずかしい。


 昨日の夜に打ち捨てたはずの羞恥心は、まだ残っていたらしい。

 しかし恥ずかしさよりも寂しさの方が勝った。





「………………アドウェル様」


 ガンッ‼


 ボソリと彼の名前を呟いた直後、痛々しい音がダイニングルームに響いた。


「えっ⁉ バーミンガム団長⁉」

「…………ッ……」

「どうしたんですか⁉」


 音がした方を見ると、どうも団長が机に頭を叩き付けていた。

 パンでも喉に詰まった⁉

 慌てて席を立ち、駆け寄ると背中を叩く。


「い、医者を……‼」

「大丈夫だ、問題ない」


 あ、喋ってくれた。


 そしてやはり喉に食べ物を詰まらせたようだ、顔がもの凄く赤い。

 キャリーに水を汲んで貰うと、急いでコップを差し出した。


「大丈夫ですか?」

「ああ……すまない」

「ならいいんですが……」


 もしかしてお疲れで聞こえていなかったのかな。だとしたら心配だ。

 水を一気に飲み干す姿を見て、とりあえず命の別状が無いと判断する。


「あー……寮に荷物を引き取りに行ってもいいし、マリアン・クラベルへ挨拶に行ってもいい。厩舎の担当が休みなら力仕事は俺が手伝おう」

「バーミンガム団長がですか⁉」

「それくらい手伝う時間はある」

「しかしお疲れでしょう、馬の世話は私に任せてください」

「たまには俺も愛馬に会いたい」


 そういうことなら、仕方ないか。


「ではお言葉に甘えてもよろしいでしょうか?」

「勿論だ。それと、朝食が済んだら玄関で待っていてくれ」

「え?」


 何故、という疑問は投げかける前に解決される。


「夫婦になったんだ、一緒に出勤しよう」


 なんか、とんでもないことを言われた気がする。




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