6,足の長さ



「何故?」

「何故? あの、逆に私が何故? と聞きたいんですが……」

「先ほど説明したとおりだ」


 団長の後ろで副団長が盛大にむせていた。

 本来なら駆け寄ってハンカチに一枚でも差し出すべきだろう。しかしこっちとら人生の岐路に立たされているのだ。


 怖いとか言ってられない状況に追い込まれている、それだけはわかる。


「バーミンガム団長のお話では、お互い実家にせっつかれているし、条件が合うから困っている物同士まとまってしまえば楽、ということでしょう」

「そうだ、君にとっても悪い話ではないはずだ」

「ありがたいお話ですが、とても私には務まりません……」


 絶対にだ。


「それに私以外にも条件が合う女性は沢山いらっしゃるのでは? 私に心当たりが何人か居ます」

「君と同室のマリアン・クラベルか? 彼女は昔から心を寄せている使用人を家に待たせているらしい。横恋慕を入れるのは趣味じゃない」

「マリアンにそんな人がいたんですか⁉」


 ならあの熱い視線は純粋に団長に対する尊敬だったのか。なんだか失礼な事をしてしまった。

 ……そしてサラリと同室のマリアンについて調べられているあたりも抜かりがない。


「ならば第一部隊のエリー・サカイラッズはいかがでしょうか。彼女も私と同じ男爵家ですし、確かあまり夜会にも出ていなかったかと。それに彼女はバーミンガム団長に心を寄せていたかと思います」

「彼女はあからさまな態度を表に出す。規律を乱すことは許さない」

「ア、アドウェル」


 むせ終わった副団長が這うようにしてやってきた。

 ああ、綺麗な髪が台無しに……。


「念のために確認するけど、今君は求婚してるんだよね?」

「そういうことになるな」

「じゃあせめて結婚してくださいって言葉にするとかさ……ビビらせて婚姻届に名前を書かせるなんて乱暴なことしなくてもさ」

「だからそれだと逃げられると言っただろう」


 あ、今なら紙を奪って走ればいけるんじゃ……?


 副団長に向き合ったことで、左手に持った紙が無造作にぶら下がっている。


「(逃走経路は……!)」


 視線を張り巡らせる。


 扉は私の後ろ。鍵は開いているし、ここに来るまで蟻の巣みたいに通路が広がっていた。私の体より遙かに大きなオブジェもあったし、隠れるには困らないだろう。

 そう、逃げ切らなくてもいい、彼の目を欺き、その間に婚姻届を破棄すれば……‼


「大体ね、女性っていうのはもっとロマンチックな雰囲気でのプロポーズに憧れるものなんだよ。こんな色気もクソもない執務室で、それも第三者がいる前で騙し討ちをするなんてあり得ないよ」

「そうか? そういった雰囲気はアイリスが苦手だと情報が入っていた」

「ちょくちょく出てくるその情報源って何処なの?」


 今だ。


 サッと手を伸ばし、団長の左手に狙いを定めた。



 しかし相手は王立騎士団の三大団長の一人。

 こんな単純な私の動きを想像できないはずがなかった。


「あっ⁉」

「甘い」


 私の右手は空しく空振り、逆に手首を捕まれてしまった。

 そしてその翡翠がかつて無いほど近くで私を映し出す。


「ならこうしよう。今日俺達は籍を入れる。そして君は王立騎士団の陸軍軍団から退団するんだ」

「そ、そんな……」

「最後まで聞け。


 その代わり。厩舎の管理人として仕事を与えよう」

「えっ?」


 ご褒美やんけ。


「もちろん馬達の世話を一人でするのは過酷だろう。

 他の騎士達も交代で掃除や世話をするように今まで通り……いや、サボらないよう規律を改めよう。君は馬の体調を確認し、当番の騎士にどんな世話をするか指示するんだ」

「アドウェル‼ 無理矢理結婚させる上に馬の世話なんてっ「よろしいのですか⁉」嘘でしょ、いいの⁉」


 こんな事があっていいのだろうか。

 あの厳しい特訓から解放された上に、ウィルとこれからも一緒だなんて!


 それなら……と意思が揺らぎ始めたが、これは私の人生がかかっている。


 が、色よい反応を返したのが間違いだったとコンマ一秒後に後悔する。


「では合意を得たということだな。君の気が変わらないうちにこれを役所に提出してこよう」

「え、ちょっと、まって」




 神様。

 なんで天は彼に二物の三物も与えたのか、とつい数時間前貴方様に問うたと存じます。


 しかし私は、もう一つ貴方が彼に与えた物を見つけてしまいました。


「足長ッ‼」


 団長と私の足の長さ。飛び出した団長を追いかけようとしたが、失敗に終わったのだ。

 残酷な違いを見せつけられ、既に見えなくなった団長の背中に向かって恨み言になっていない恨みを吐き捨てた。


「あーあ……」


 後ろから聞こえてくる副団長のため息すら、私の耳をすり抜けるだけだった。

 

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