第15話 80点、と言ったところですか



『猛攻!猛攻!猛攻ぅ!!!!常世選手の右……、おっと、蹴りかぁ!?いや、フェイント……、そのまま行ったぁ~!!右に左に上に!!縦横無尽に動きながら常世選手が攻める、攻める!!すごいスピード感、もう私、実況が追いつきません!!しかし対する一条選手は――動いていません!!動の常世選手に対して静の一条選手!!見ごたえのある戦いが続いています!!!』



 ■



 ……いやいやいや、おかしいでしょ。



 常世は拳を繰り出し、あるいはカウンターの動きを見せる一条に反応して、それを避けるために動きながら、心の中で何度目かのツッコミを入れる。



 超能力者の中で、あるいは己の肉体を用いて戦う超人であっても、格闘術を学ぶものは少ない。無論、戦いの中で問題が起らない程度の基礎なら学ぶが、格闘技を武器として使う者は少ないという意味である。

 理由は身体能力の高さにある。非能力者の格闘技において、階級が違うとまるで技術が通じなくなってしまうことがある。高々体重の差でもそうなのだ。軍隊すら身一つで相手取る超人において、その身体能力の差に対しての技術の差がいかに軽いことか――。故に技術を磨くよりは身体能力を高めた方がよいと考えられているのだ。

 しかし常世は違った。


 常世は年少より、己のほぼすべてのカリキュラムを格闘技の上達に捧げてきた。ボクシング、ムエタイ、空手、合気、中国武術、その他ありとあらゆる格闘技を学び、その技術の内超人同士の戦いでも使えるものを探したのだ。その結果、常世は自身の型を編み出すに至っていた。

 その努力も全て――能力を生かすため。



 常世が能力を使用する。

 それは、足首、膝、腰、胴、肘、首、拳、肩、頭が、体中の部位という部位が、時たま固定されながら――しかもいつどこが停止させられるかも分からないまま――戦わなければならないということを意味している。

 それが例えば、片腕を木に括り付けられながら戦うことと比べても、いかに難しいことか想像できるだろうか。


 常世は格闘戦において、相手にそれほどまでのハンデを課せるのだ。故に常世は、自身は近接戦においてほぼ無敵であると自負していた。事実半年前の近接戦では、明らかに格上の超能力者を破っている。



 しかし――



「(――クソッ!!!)」



 しかしそこまでしてもなお、常世は一条に決定打はおろか、たった一度の当たりすら与えることが敵わなかった。

 逆に一条のとるカウンターのに、回避と言う体力消耗の激しい行動をとらされながら。

 例えば右手と右足を固定できるような、そんな二つの肢体が局所平面上に重なった姿勢すら、あるいは捻挫を誘発させるような動きの隙すら拝むことができず。

 さらには、常世は縦横無尽に動かされているのにもかかわらず、一条は最低でも半径一メートルの円の中から外にでる動きをすることなく。


 その戦いは、常世の心に小さな絶望を生ませるのには十分だった。



 格の違いを感じさせる戦闘。勝利する確率が絶望的であることを理解するのに十分なほどの実力の差。

 しかし――



(……なら、これで良い)



 相手が圧倒的なのは、戦い始めからわかっていた。相手がはるかに格上なのはもう分かった。


 ――なら、この戦いですべきことは何か。

 ――自身の磨き上げてきた技が通じない絶望を感じている暇があるのなら、それよりも考えるべき事は何か。



(……相手にこれしかないと思わせろ。自分はもうこれ以上何もできないと、そう思わせろッ……!!)



 一条は強い。

 格闘戦において全てを出し切っている常世を完封しているのはもちろんの事、銃器の扱い、そしてその超人化からなる身体能力――それに裏打ちされた超能力の強さも折り紙付きだろう。

 純粋に推察して、常世と同系統の能力であった場合――即ちサイコキネシスにおいて――掌の制限なしでも一般家屋を丸ごと持ち上げるぐらいの出力は備えている。



 それほどまでの強者がなぜ、能力はおろか武器すら使わず、相手のフィールドで戦っているのか。


 答えは――慢心。

 いや、そんな安直な油断ではないだろう。しかしそれが傲慢から来る余裕であることは十分に理解できる。

 そしてそこに――常世が最後の最後まで隠していた切り札に、足を掬われる可能性が残されている。


 だから――今はまだ、耐える。

 自分の限界がこの程度だと錯覚させ、一条の堅牢な守りに対して自分ができることがこれだけだと思わせて。

 それまでは堅実に、こちらからはとても仕掛けられない風を装って。相手のアクションを待つ。


 

 そして――チャンスは訪れた。

 


「……はぁ」


「――ッ!!」



 わずかな落胆のため息――その直後。

 一条の体が、背後に移動していた常世を捉えるように――今まではただの消極的防御であったとでも言うかのように――常世の目の捉えられぬスピードで急旋回した。明らかな動きの転換。一条は最後の一撃を撃ち込まんと構えを取り――



(――ここッ!!!)



 ――それはまさに、常世が望んでいた千載一遇のチャンスだった。

 一条の構えが攻撃に集中したその瞬間。ほんの一瞬だけ、右手左手の二つの「停止」で一条の体を捉えられる隙を常世は見つけた。


 そして――能力発動。



「――?」



 その瞬間、全身の動きを封じられた一条の顔が怪訝な色に染まる。

 体が――右手胴左手のラインと右足左足のラインで――完全に固定されたことにではない。

 何故今のタイミングで停止させたか、と言う疑問から来る表情である。



 常世の態勢は瞬時に強力な攻撃に転じられるほどの踏み込みになく、右手と左手は能力発動のトリガーで平たく開いたまま。蹴りも、それが届く前に停止が説ける。

 即ち、意味のない能力発動。相手の隙に咄嗟に飛びついてしまっただけの、後先を考えない能力行使。



 それが――常世の能力が「掌との相対位置固定」だけならば。



(能力発動ッ!相対ポイント、!対象は――壁!!!)



 常世の能力は、「停止」である。それは一条が看破した通り間違いがない。常世が隠していたのは――その発動条件と能力の性質。

 

 「停止」の相対位置は、「手」という人間が位置を把握するうえで最も使いやすい媒体を介してでしか設定できない。しかし、常世は長い鍛錬によって「事前に設定しておいた物質」に相対ポイントを設定することに成功していた。

 掌以外の相対ポイントは一つのみ設定でき、そのポイントを使うためには、掌で位置を決めるよりもはるかに時間がかかり、集中を必要とする。つまり常世が得意とする格闘戦、それに織り交ぜることは未だ不可能だった。

 しかし常世は自身の能力のもう一つの性質――「停止」が絶対的な停止を与えるものではなく、相対的な停止を与える能力であるという性質を生かし、それを切り札として昇華するに至っていたのだ。



 偵察ドローンとは敵地に潜り込み、映像を撮影することを目的として開発されたドローンである。

 即ち、超小型、超高速。



 常世は拠点に襲撃者が現れたと知った時、ドローンに相対ポイントを設定し、ビルの上空を周回するように飛び回らせていた。

 ドローン自体に殺傷能力はないに等しい。しかしドローンに相対ポイントを設定することにより、常世は超高速で動く物体を媒体として発動する停止能力、つまり「物体を一方向に超加速させる能力」を手に入れていた。


 

 掌を見せつけたあからさまな能力行使。

 一条の体を止めるためだけの能力使用。


 この二つのブラフから、一条は見事に常世の能力が「掌のみ」を起点とする「空間の固定」であると誤認しているはずだ。

 それを証明するのが、一条の怪訝な顔である。なぜ攻撃につなげることのできない、短絡的な選択を選んだのかと思って。



(くら、えッ!!)



 一条の斜め後ろ――僅か二、三メートルの位置。

 建物の壁が盛り上がり、破壊。そこから予備動作なく加速された、コンクリートと鉄筋で構成された人の頭大の塊が射出された。


 そしてそのまま――激突。


 まるで吸い込まれるように、コンクリートの塊が一条の頭に激突した。



(――取った!!!)



 一条は最後まで振り返らなかった。

 だからつい――攻撃に成功したと思って、拳を硬く握ってしまったのは仕方がなかっただろう。


 時速200km弱、視界外からの攻撃。

 予想してでもいなければ防げるものはない。


 常世は、今まさに無防備に倒れようとしている一条めがけて追撃の一手を加えんと、拳を振りかぶる。勝利を確信した後のとどめの一手。常世は極度の興奮と集中で研ぎ澄まされた五感で、まるでスローモーションの映像でも見ているかのように一条の動きを捕えていた。



 ――一条の頭に衝突し、バラバラに崩れ去るコンクリート塊。


 ――反撃を考える必要もないほどに投げ出された彼女の両手。


 ――横に仰け反る頭。


 ――それに従うように本来あるべき場所から大きくぶれる彼女の重心。


 そして――……倒れこもうとしていたはずの一条の――こちらを覗く――深海のような、深く青い虹彩――



「――――あ」



 ――衝撃。

 ガシャァン!!!というとても人と人とが作り出したとは思えないような音が耳に届き、それでようやく常世は腹部に走るそれが痛みであることに気づいた。

 次に攻撃されたという事実を――最後に常世に残されていた冷静な部分が、それが一条の蹴りであることを認識した。


 体の回転を利用した腹部への蹴り。

 常世はその――素手でコンクリを破壊するほどの力を持つ超人の――蹴りに抗うすべもなく、廊下の壁にたたきつけられる。胃液とも血液ともとれる熱い液体が口から飛び出し、常世の戦闘服にシミを作った。



「これで――終わりですか?」



 クルっと。

 一条が蹴りの勢いのままバレリーナさながら軽やかに一回転するのを、常世はかすむ視界で眺めていた。

 もはや戦闘は不可能なほどの重症。しかし口を動かせるほどの猶予は残されている。



「……く、そ」



 常世はカウンターを食らったという事実、その意味をすぐに――理解する。

 防御から攻撃に転じる瞬間に生じる時に生まれざるを得ない隙。自身が狙っていたその瞬間を、相手もまた狙っていたことに。

 しかも、自分が切り札を隠していたことを看破されて。



 そう。常世が隠せていたと思っていた切り札は一条に見破られていた。ならば一条がコンクリート塊に気づけなかったわけもない。わざと攻撃を受け、隙を誘われた。

 とするならばその前の、攻撃に転じようとしたはフェイク。怪訝な表情もブラフだろう。

 常世が仕掛けていたと思っていた行動ですら、一条に仕掛けさせられていた行動だったのだ。


 つまり――最初から最後まで、何一つ常世は一条を越えられていなかった。



「なんで、……分かっ、た?」



 戌亥たち、ほかのメンバーの到着を待つための時間稼ぎ。そう取られてもおかしくない、会話を求める常世の言葉。

 廊下に投げ捨てた拳銃を拾いスライドを引いた一条は――しかし弾丸を返答とすることなく――少し優しく、笑いながら常世の言葉に応じた。



「戦い方ですよ」


「戦い方?」


「ええ。最初の一撃を受けた後。あなたの戦いは実に見事でした。私のわずかな隙を見逃さず、さりとてカウンターの気配があれば即座に引き、有効打こそなかったものの慎重で完璧な戦闘でした。ただ――完璧すぎた。だからおかしいと気づけた」



 時間をかければ攻撃に出ていた戌亥チームの本隊が帰ってくる。

 わかっていないはずもないだろうが、しかし一条は丁寧に、分かりやすく説明を続ける。まるで出来の良い生徒に質問された教師のように。



「あなたは確かに全力でしたが――その力は攻撃を食らわないことに向けられていました。慎重で完璧な戦闘。一撃でも食らえば負けと言う状態では正解のように思えますが、実際は違います。あのまま互いに有効打なしの戦いが続いていれば、体力が尽きるのはあなたでした。そしてあなたが――それに気づけないはずがない」



 常世はそこまで聞いて――やっと気づいた。

 全力戦闘。聞こえは良いが、やっていたことは一撃も食らわないような、いわば全力回避戦闘。無意識化にあった切り札の存在が、常世をそうさせた。



「だから私は、リスクを取れば攻撃を当てられるような、そんな危うい戦い方を選択しました。しかし――あなたは決して乗ってこなかった。カウンターを受け入れれば、もしかしたら有効打を与えられたかもしれないのに。だから私は、あなたが全力であるが本気でなかったことに気づけた。この戦闘では勝とうとしていないことに。即ち――別の手で勝とうとしていることに」



 カツン、カツンと一条の歩く音が、もうほとんど視界を失っていた常世の耳に届く。



「では切り札の存在は何でしょう。念動力系の能力者であれば、発動条件、発動個数、能力性質の隠蔽を行っていたというのが妥当。しかしあなたの戦闘は出し惜しみなしの全力だと予想していましたから、それは格闘戦においては使えない能力でしょう。となると発動に時間がかかる能力?個数は多く見積もっても二つ以上はありえない。性質もそんなに多くは隠せない。……まあ詳しい能力まではわかりませんが、少なくとも私に隙が生まれないと発動できないということは明白でした」


「……だから、あんな隙だらけの、攻撃を」


「ええ。ですが誘っていると分からなかったでしょう?演技には自信があるんです」


「そう、みたいだね……」



 よくよく考えてみれば、格闘戦において全く隙の無かった一条があそこまで隙を見せること自体がおかしい。しかも常世が狙った通りの動きをして。

 しかしあまりにも一条の動きが自然で、そして自らも騙せていたと思っていたこともあって全く気付かなかった。

 いや――騙せていたと思わされていた、か。



「私の動きを封じたその瞬間、あなたの表情がほころんだ。そして一瞬ではありますが注意が私から逸れた。まあ、ここら辺は単に詰めが甘かったですね。作戦が成功してもそれを顔に出してはいけません」


「はは、……手厳しい、な……」


「上位の超能力者なら誰しもやっていますよ。実際あなたのそれがなければ、私の予想も一瞬遅れていたでしょう。それが命取りになる場合もあります」



 だが今回はそうではなく――常世が用意していた切り札ですら致命傷に成り得ず。

 逆に利用されて常世は今、壁にもたれかかっている。


「くそ……。全部、掌の、上……か」


「まあ、総合評価80点と言ったところでしょうかね」


「皮肉、かよ……」



 高得点。

 完膚なきまでに叩き潰されたのにもかかわらず、賛辞に値する点数をつけられたことに常世は苦笑する。

 しかし一条は首を傾げ、おかしいことを言うとばかりに――



「いえいえ。私が一撃攻撃を食らうのが楽だと時点で――あなたは十分賞賛に値しますよ」



 一条の言葉に返答するほどの間もなく、直ぐに。

 パァンという乾いた音が常世の耳を打ち、常世の視界は真っ白に染められた。



 ■



『――味方能力者、常世白嗣の死亡を確認。CWCコードはレッドのまま維持、引き続き全対象への無制限能力行使が容認されます』


 ピー、という警戒音と共に首元から届いたのは、拠点を守る最後の一人が倒されたことを告げる無機質な女性のアナウンス。次いで仮想世界から、戌亥チームの拠点に対する「攻撃」が成功したことが告げられる。



「――クソッ!!」



 どうすればよいか――戌亥は考える。

 このまま辰巳チームを攻撃する?しかしそのまま敗北したら、戌亥のチームの点数はわずかな撃破ポイントと攻撃ポイントのみで終わってしまう。



「……引き返すわ。拠点を破った一条を――必ず殺すわよ」



 拠点が落とされてしまった今、勝利を目指すならば辰巳チームの攻撃は必須だ。しかしその前に――復讐を。


 戌亥チームを引っ搔き回してくれた生意気な転校生に鉄槌を下すべく、戌亥たちは拠点へと目的地を変えた。

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ある日、僕らの落ちこぼれクラスに『世界最強』がやってきた 動物園と海 @tadanobo

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