第14話 階段際の攻防戦



「――ああ、多分一条だ。……分かったって。俺ら二人で何としてでも拠点を守る。相手は一人だし何とかなる。戌亥は攻撃に注力してくれ。――ああ。じゃあ」



 五階、下に続く折り返し階段の前。

 吉川は通信を切ると、階段の踊り場に映る自身の姿に目を向けた。こわばった顔、緊張をほぐすためにため息をつく。



(……まさか山留がやられるなんてな。危険を承知で柵の外から出るべきだったか――)



 ――いや、たらればを考えるのは意味がない。今はただ迫る脅威に集中すべきだ。



『――で、どうする?俺はこのままここにいていいか?』


「ああ、常世。山留がやられた時の作戦通りだ。俺は拠点から遠い階段、お前は拠点の部屋の前で待機だ。……いや、ただお前の側に奴が来たら別だな。一報入れてくれ、俺もそっちに向かう」


『了解。敵は一人だし、挟撃できればラッキーってことだな』


「そう言う事。頼むぜマジで」



 今吉川たちがいる建物――戌亥チームが防衛しなければいけない建物は、縦長で平べったいビルで、その五階のとある部屋が戌亥チームの拠点になっている。そこを占拠されれば戌亥たちの負け、守り切れれば勝ちである。

 このビルの五階は、二つの階段とエレベーターからのみ到達可能である。廊下はビルの内側を一周するように作られており、その外側には部屋が、内側には窓で仕切られた吹き抜けがある。エレベーターは現在動いておらず、仮にそこから五階に侵入されたとしても、吉川か常世のどちらかの遭遇を避けて拠点に到達することはできない。


 つまりここ――自分の任されたこの階段を死守できれば負けはない。そして、この舞台は吉川にとって非常に有利な地形をしている。



「――……通れるもんなら通ってみろよ、一条」



 カンカンカン、と階段を上る足音が吉川の耳に届いてきた。落ち着いた足音。

 吉川はそう呟くと、手に持ったアサルト銃のグリップをぎゅっと握った。



 ■



「……ふむ。ま、世界トップレベルの学校と言っても所詮学生ですね。……――さて」



 一条は地面に倒れる山留を一瞥すると、目の前にそびえるビルを見上げる。目を凝らしてみると――慌てたように階段を下りる人の影が一瞬、ガラスに映っていた。



(……屋上にいたスナイパーでしょうか。配置につくまでは上に行かないほうがよさそうですね)



 呑気にそんなことを考えながら、一条は真正面からビルの中に入る。エントランスは一階と二階が吹き抜けになっている、見渡せるほどに広い空間。しかしそのどこにも人の姿はなかった。


 一条は一瞬立ち止まって建物の構造を確認すると、止まっているエスカレーターから二階に上がる。

 全く警戒のない、まさに吉川たちを舐めているとしか思えない態度。しかしそれは一条からしてみたら全くの順当――力量差から生じる当たり前の油断だった。


 世界二位の超能力者。一条がその力を惜しみなく使えば、こんな防衛戦など一瞬のうちに終わってしまうだろう。まだ舞台にも立てていない未熟な学生と比較したら、あまりにも強すぎる力である。

 だから、一条はこの防衛戦では生徒たちとは極力関わらないように行動するつもりだった。隠密に長ける一条ならば、試合の終了間際まで身を隠すことは容易い。

 ――あの時までは。



(……全く、最後まではおとなしくどこかに隠れていようと思っていたのに。戌亥さんも面倒なことを言いましたね)



 はじめは無視しようかとも考えた。しかし戌亥のあの様子――真正面から戦ってあげなければ面倒なことになると考えたのだ。しかも「一条家」と認識されての挑発。受けなければ戌亥は一条のことを臆病者と吹聴するだろう。それは家の沽券にかかわるし、なんか癪(しゃく)である。



(ま、その鼻っ柱を叩き追ってあげるのも年長者の務めですか。さて――戌亥さんはここにいるといいですが)



 カンカンと、その足音を建物中に響かせながら一条は折り返し階段を上る。

 折り返し階段――当たり前だがその構造上、下階から上階の様子は窺いづらく、逆は容易い。横長に広がる踊り場には、大きな鏡が付けてあった。

 鏡に映る自らの姿には見向きもせず、一条は踊り場を超える。そして――四階。



(……鏡に映るのはまずい、かな?仮に敵が待ち構えていたとしたら階段の上。私からも相手の姿が見えるからさすがに目の前にはいない――)



 と、そう思い一条が足を止めかけた――その瞬間だった。



(――?)



 狙われている――そんな感覚があった。超人の基礎能力の一つ――第六感による狙撃の察知。狙われている方向は、後ろ。

 直感に従って後ろを振り向くと、そこには鏡に映る吉川の姿があった。鏡越しにこちらに銃口を構え、待ち構えている吉川の姿が。



(――銃を構えた姿を鏡の前に晒す?油断か、それとも――)



 頭に湧いた疑問を自ら打ち消した次の瞬間――吉川が引き金を引いた。

 鏡越しの発砲。その行為に何の意味があるかを考える前に、一条はとっさに鏡から身を隠していた。



「――ッ!!」



 一条が鏡の死角に入った次の瞬間、パリィン!!と言う音と共にが破壊され、壁にもたれ掛かっていた一条の体にガラスの粒子が降りかかった。一条の目の前にあった――四階のガラスの破片。

 鏡を狙って発射された吉川の銃弾が、一条の背後にあったガラスに当たったのだ。



「……鏡の中から銃弾が?いや、これは――……」



 ■



「おーい、あの動きマジかよ。あの距離で当たんないのか」



 吉川はそう言って、階下の鏡を見下ろす。今自分がそれに向かって銃を撃ち――なおも傷一つないその大鏡を。



「初見で避けられるもんじゃないと思うんだけどなぁ……」



 ガチャリと銃のリロードを終え、再び鏡に狙いを定めながら吉川はそうぼやく。


 吉川の能力は『物質の反射を操る能力』である。

 反射を操作する――一聞するとかなり強力な能力のようだが、吉川は自らに与えられた能力がそれだと気づいたとき絶望した。理由は能力の対象の多さから。それぞれの物質に対してそれぞれの反射を操る感覚は別物である。そのため、あらゆるものを反射できる能力であるからこそ、それが使えるレベルになるには途方もない時間がかかる。

 「反射を操る物質を決めなければならない」と、吉川はそう考えた。少なくともある一つの物質の感覚をつかむことができれば、使い物になるだろうと。そして、その対象として吉川が選んだのが『銃弾』だった。銃弾は殺傷能力が高いうえに反射が有効である。銃撃戦において、敵から見えない位置から自分が狙えるというのは大きなアドバンテージだ。

 努力は実り、今や吉川は自らが発射した弾丸に対して一度だけ、完全な反射を実現できる。即ち、壁に対して全く力を加えない全反射。運動量保存の法則を全く無視して、吉川は銃弾を反射させることができるのだ。



「……さぁて、どうする?一条」



 踊り場につけられた鏡は、折り返し階段のほとんどすべてを映し出している。鏡に映らず踊り場までたどり着くことは困難。見えないところから発射される吉川の銃弾を避けて進まなければならないからだ。


 ――と、吉川が銃を構えて待ち構えていたその時だった。


 パン!パン!と軽快な音が続けて聞こえ、鏡が粉々に砕け散る。銃弾による破壊――しかしそれは吉川によるものではなく、階下にいるはずである一条からのものだった。



(――……チッ、気づかれたか。鏡に映った俺は見てたわけだから……まぁ、流石にそうなるか)



 鏡を壊された。その事実に吉川は舌打ちをするも、それはあながち『まずい』攻撃という訳でもなかった。鏡はあくまで最初の不意打ちに使うために用意したもの。さすがににらみ合いになった状況で鏡を使わせてもらえるとは思っていなかったからだ。

 それよりも問題なのは――



(……能力はバレたか?鏡が壊されたってことは――いや、そうと決まったわけではないか)



 鏡を壊されたからと言って、自身の能力が一条に知られたわけではない。能力が何かと分からずに、ただ怪しい鏡だけ壊したという可能性もあるのだ。

 それに、例え能力が知られていたとしても、吉川の能力は強みを失わない。死角からの銃撃――それは抗いようのない現実なのだから。



「……来るなら来い。ハチの巣にしてやるぜ」



 そう呟き吉川は銃を構える。仮に一条がこっそりと階段を上ろうとしても、飛び散った鏡の破片を踏みしめる音がそれを知らせる。

 音が聞こえたら撃つ。吉川はじっと耳に集中し――そのまま数分。

 ガラスを踏みしめる音が聞こえることもなく、吉川はただその場にじっと、銃を構えて立っていた。



(……逃げたか?)



 集中していたためにどれだけそうしていたのかは分からない。ただ、一条が何らかのリアクションを起こすのであれば十分すぎるだけの時間が過ぎたことは理解していた。とすれば――逃走。吉川のいる階段から五階に行くのは不可能だと判断し、別の経路を探したか。



(それなら好都合。俺では無理だが常世なら一条を逃がさずに戦える。向こうに行ったなら常世と俺で挟み撃ちに――)



 と、そう息を吐きかけたその時――パリンッと小さな音がした。



(――ッ、来たっ!!クソなんてタイミング――)



 ――間が悪い。そう頭では悪態をつきながらも、吉川の体は冷静に行動を開始した。

 もうすでに、狙いは壊れた鏡に向いている。上ってくる階段のどこに一条がいるのかは見えないが、そこまで広くはない階段だ。弾幕を張れば当たる。

 狙いをつけ、角度を計算し――引き金を引く。

 

 その瞬間だった。折り返し階段の下側――吉川の死角になっていたそこから、何かが投げ込まれた。半透明の――あれは会議室とかにあるはずの――アクリル板。



(ッ!まずい――)



 急に視界をふさいだそれを認識すると同時に吉川はそのアクリル板の面がこちらを向いていることに気付き、そしてそれが致命的であることに気付いた。

 吉川の人差し指が一瞬前の脳のシグナルを受け取り――そして宙に浮くアクリル板に向かって銃弾が発射される。壁に対して『完全な反射』をするように命令された銃弾が。



「――ッぁあ!!」



 アクリル板に当たり、反射した銃弾が吉川を襲う。すぐに指を離したために、高々数発の銃弾しか発射されていなかった。しかしアクリル板の角度が絶妙だったのか――その内の一発が吉川のこめかみに向かい、命を刈り取った。



 ■



『さーあ!!拠点を守っていた戌亥チームは二人がやられ、残り一人を残すのみ!!しかーも!それをやったのがたったの一人であるから驚きだ!!拠点防衛戦は攻めるほうが不利なのは常識!しかしその常識を覆すかのような巧みな突入戦を見せたのは、今回初参加の――一条選手!!』



 円環状に配置された仮想ドームの中央、どの角度からも見えるモニターの中に移るのは――廊下を通る一条の姿。



 一条はゆっくりと歩きながら、両手を使って後ろ髪を一つに結ぶ。

 いつ正面に銃を持った敵が現れてもおかしくないこの状況で、しれがあまりにも無防備である。しかし先の戦闘、一部始終を見ていた観客にとってそれは、単に強者の風格を感じさせる動きでしかなかった。



『心理の隙間をついた巧みな潜入、絶対不利な階段での銃撃戦を潜り抜け――、……今!!最奥、拠点オブジェクトのある部屋の前へとたどり着いた!!しかしそこで待ち受けるは――近接個人戦闘に特化したクラスB、そこに所属する――常世とこよ白嗣しらつぐ!!!』



 拠点最奥、そこに押し入ろうとする一条を待っていたのは、とても戦闘など得意としているとは思えない優男だった。しかし超能力者は見た目で判断できない。常世白嗣、彼もまた、半年前の近接戦においてベスト8にまで勝ち上がった強者である。

 

 

 今、互いに互いの姿を認め――二人が激突しようとしていた。



 ■



「おや、ひとりですか」



 常世は、部屋の前に座る自分の姿を認めた一条のその言葉を聞いて、内心でツッコミを入れた。

 ――おいおい、まさか二人をいっぺんに相手にする気だったのかよ、と。



 一条の言葉は、拠点を防衛している人数が把握できていなかったということの示唆。

 人数把握ができていなかったのにもかかわらず攻め込んできた。それが示すのは一つ。別に拠点が手薄だったから襲った――そういう訳ではない、と言うことだ。


 かなりの自信。しかしそれを裏付ける証拠も先の戦いで示された。即ち、大した傷すらなく二人を破ったという実績だ。



「……一人で悪かったね」



 常世はそう言うと、床から腰を上げ、一条と対面する。


 まず不意打ちに耐性のあるはずの山留が不意打ちでやられ、そして万全の準備でもって迎え撃ったはずの吉川も正面から破られた。

 常世は二人の実力を知っている。二人とも並みの生徒であれば複数人相手にしても勝負になるほどの実力者。それが――鎧袖一触。まるで問題にならなかった。

 間違いない。一条は明らかに自分たちを超える実力者だ。辰巳や戌亥に届き――あるいは超えるほどの。



(……戌亥たちの攻撃班が返ってくるまで時間を――……いや)



 武器は使わない。もうすでに武器を使った戦いにおいて、常世を上回る腕を持つものが、ここよりもはるかに銃撃戦に向いていた場所で、敗北しているからだ。

 それに――常世は同年代の誰よりも、格闘に長けている自信があるから。



「近接格闘戦ですか。私も多少は武術の心得があることですし――」



 構えをとった常世を見て、一条は持っていたピストルを廊下の隅へ放り投げる。



「せっかくです。キャットファイトと致します――か?」



 ――掌打!?!?


 一条の掌が迫り、そう判断して、常世はとっさに腕を体の前で組む。


 ガードが間に合ったのは幸運と言う他ないだろう。

 一条の動きはそこまで早くなかった。しかし――まるで、一条が攻撃をしてから常世に近づくまでの間、常世は構えることすらできなかった。

 ぼーっと自分が突っ立っていたとしか考えられない意識の間――まさにそのような油断がそこに生じていたからだ。


 命の取り合い、自分は集中していたはずだ。なのに――なぜ?それについて考える暇もなく、気づいた時にはもう一条の腕が体の目前まで迫っていた。



「――ガッ……!」


「へえ……」



 掌を腕で受け、その衝撃で吹き飛ばされながら、常世はすぐにこう判断した。掌が当たっただけ。それだけで重心を崩された、そのバカみたいな彼女の怪力を受けて。


 ――出し惜しみをして勝てる相手ではない、と。


 一条の能力は「温度を変化させる能力」であると戌亥から聞いていた。それが嘘でない限り、少なくとも彼女は、掌打の威力をあげるような能力を持っていないことになる。であれば彼女は今――素の身体能力だけで戦っている。

 体重差が開いていない相手の掌打を受け、常世のみが動かされたのは、決して彼の重心が傾いていたからだけではない。彼女の掌の威力は、予想外に強い。

 そしてそれは、常世が想定していた一条の強さが、甚だ見当違いだったということを示している。


 彼女は超能力者である。それなのにも関わらずこれほどまでの超人化、身体強化能力を有している。ならば彼女の超能力の強度はどれほどか――。



(……能力を使われたら負け。――だけど)



 圧倒的な地力の差。常世と比較しても格上の超能力者、真正面から戦えば万に一つも勝ちはない。それほどの力の差を、たった一つの攻撃で常世は察してしまった。


 しかし、まだ。必敗を覚悟してなお――常世は戦う意思を絶やさない。


 一条はどういうわけか――持っていた銃さえ捨てて――自分と肉弾戦をしようとしている。おそらく彼女は自身の戦い方に合わせ、正面から破る気なのだ。

 舐められている。しかし――それでいい。

 そこに付け入る隙があるから。



 常世の戦闘スタイルは、基本能力を使わない格闘術で戦い、切り札として能力を使う。そういう戦い方だ。

 しかし、一条に対しては――



(最初から能力を使う!!)



 常世は掌打の威力を殺すように後ろに下がりながら、拳を開き掌を上に向けた。

 すると――



「……?」



 追撃を加えんと常世に迫っていた一条の足が、。怪訝な顔をする一条。 

 そしてその隙を見逃すほど常世も素人ではない。



「――ぉらッ!!」



 一条には劣るが、常世もそれなりの超能力者。一般人よりもはるかに高い身体能力を持つ。

 当たれば常人であれば身体機能が破壊されるのは避けられないであろう蹴り――傾いた体勢から一条の頭を狙い、それを繰り出す常世。

 しかし一条は掌を添えるようにして簡単にいなすと、カウンターをくらわそうと拳を突き出し――



(……ここッ!)



 ――また不自然に、ぴたりと一瞬止まる。そして次の瞬間、パァン!!という破裂音と共に前へ突き出された。

 しかしその拳が相手をとらえる前に、常世は傾いていた体のバランスを取り戻し、もうすでにその拳を避けるだけの準備を終えていた。



 その後、何合かの一条の攻撃と常世のカウンターの応酬。

 次第に苛烈になる一条の攻撃に常世は冷や汗をかくが、しかし数十秒もしないうちに一条が攻撃の手を休め、常世から距離をとった。



「……なるほど」


「はぁ、はぁっ……」



 息を荒げながら、常世はすました顔で立つ一条を見つめる。


 ――あのまま続けられていたら、体力的にまずかった。



 能力は不思議なほどに、自身の格闘技とかみ合って使うことができた。だが、それを補って余りある一条のスピードとパワー。

 まるで一度のミスも許されない高難易度の音ゲーをプレイしているかのよう。しかし――最善を尽くせば、勝てる。



 しかしそんな考えは、あまりにも甘かった。



「――念動力系統、でも動かすという感じではない。ですか?掌の不自然な動き、発動条件でしょう。身体的な動きで能力範囲を把握するのはよくあることですし……、うーん、掌と同平面状にある一定空間。発動してからは掌の形を変えても少しだけ持続しますね。当たっていますか?」


「――んな」



 一条が口にしたそれは、まごうことなき――



「俺の、能力を……」



 ――常世の能力と、その発動条件だった。



 常世の能力は『物質の運動を停止させる能力』である。発動媒体は問わないが、常世が停止できる範囲は最大体積が0.015立方メートル、最大表面積が0.15平方メートルほど。その性質上、常世は薄い板を作り出すような能力として使っていた。


 さらに、常世の能力は、前もって定めた対象と相対的に範囲で発動する。前もって定めた対象――それは掌。

 常世が能力を発動する際、まず掌でもって能力の発動範囲が定められ、停止が発動する。発動範囲は掌と同平面状に位置する任意の空間。その空間が必ずしも掌に触れている必要はない。


 能力自体は公表しているため、事前に知られていてもおかしくはない。しかし発動制限などは別。

 常世のそれは、制限としてはそれほど複雑でない能力である。しかしそれを近接戦闘、しかも殴り合いの最中に見破ったというのは――



 果たして常世に、同じことができただろうか。



「……おや、おしゃべりは嫌いですか?」


「い、いや。そんなことはないけど」


「ふふっ、その方がいいでしょう。人の話を聞かない男の子は嫌われますよ?」



 微笑む一条に――常世はえも知れぬ不安を覚える。

 何か途方もない間違いを、自分は犯してしまっているような気がして。


 しかし、常世の息は未だ荒いまま。このまま再戦となると、常世の勝ち目はないに等しい。

 だから、いくら不安を覚えようと、いくら「手玉に取られている」と感じようと、ここはおしゃべりに興じる必要がある。回復をするために。



「いい能力ですね。ネタがバレてもその強みを失わない」


「……まあ、そうだね。肉体一つで戦う者にとって、腕一本足一本失うのは致命的だ」


「おや、そこは嘘でもブラフを張っておくところですよ?そんなに馬鹿正直に話しては減点です」



 一条の教師のような言いざまに、常世はつい苦い顔をする。そしてすぐに、これも図星を着かれたジェスチャーとしてはわかりやすすぎると気づき、ため息をついた。



「……戦いの次元が違うね」


「それはそうです。年季が違いますから」


「ここに来る前は、戦場にいたんだっけ?」


「……まあ、そうですね」



 どうりで、戦いが洗練されているわけだ。そう常世は思う。

 年季が違うという言葉にも納得だ。


 ……息が整ってきたな。



「そろそろ良いのでは?」


「……、はっ……」



 これなら戦える。

 心の中でそう判断した直後の、それを見透かしたような一条の言葉。つい苦笑が漏れる。



「じゃあ――一矢報いてみますかね」


「……いいですね、そういうの。嫌いじゃないですよ」



 相手がたとえはるか格上でも、この戦いが無駄だとしても。それが戦わない理由にはならないと。

 常世は左手を開き、右手を握りしめる彼独特の構えを取り――低く、一条を睨みつけた。



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