第13話 「世界最優」の戦い方

『何と言う事でしょう!まさかのジャイアントキリング!!戦力ランキングにおいて最下位、F級に位置づけられる海和選手、折本選手、柊選手の三人が、E級の三人を撃破しました!!!しかもその内の一人、転手選手は順位がつけられるほどの強者!!いやー、この防衛戦では下位の生徒が上位の生徒を倒すような場面は良く見受けられますが、チームの三人が三人とも格上に勝つというのはなかなかありません!さてこの結果をどう見るか――優秀な指揮官が裏にいたのでしょうか。私はなんとなくそんな印象を受けました!!しかし!!!辰巳チーム残りの一人は!あの!辰巳隆元りゅうげん選手!!一年生で唯一のD級、上級生すら押しのけてU18ランキング8位に君臨する稀代の天才!!何と!生意気なことに私の順位を超えています!!まあ、一対一での戦いなら私も負けてはいませんが――しかし人数で押したとしても、容易い相手ではありません!!これとどう戦っていくのか注目です!!――……ですが――おっと?画面が切り替わるようですね。これは――戌亥チームの拠点でしょうか!おっと、近くに一条選手がいますね。番狂わせが起きた今大会――ここでも面白い戦いを見せてくれるのでしょうか!』





『あ、撃たれたわ。えーっと、135の方向、角度は32ってとこかしらね』


「へーい。135, 30ってえと――あの辺か?」



 庁舎を思わせるような平べったいビルの屋上。その上に寝そべる吉川は通信を受けてゴーグルの上部に浮かぶコンパスを確認し、銃口をそちらへ向ける。

 スナイパーライフル。吉川はホロスコープを覗くと倍率を変更し、下にいる仲間――山留――を狙撃したスナイパーを探す。



「んん?居ねぇ――あぁ、あそこか。窓が開いてる。ま、流石に撃った後も身を乗り出して狙うような奴はいねぇか」


『でもさっさと居場所を変えるほど慎重でもないみたい』


「うん?そりゃどういう事だ?」


『また撃たれた。同じ方向からね』


「はぁ?」



 吉川がそう言って頭をかしげる。同じ方向からと山留は言ったが、その方向から彼女を狙えるようなスポットはそう多くない。とあるビルの空いている窓。それ以外の場所には人の気配すらないから、そこから誰かが山留を撃ったとしか考えられないわけだが――



「どういうことだよ。俺んところからは人はおろか銃口すら見えないぞ?」


『私の所からもね。吉川が言った開いた窓――少し移動したら見えたけれど、私の所からも姿が見えないわ』


「……超能力か?」


『ええ。能力者相手にわざわざ狙撃を選択するぐらいだから、狙撃に使える何かしらの能力があるのかもね。あなたみたいに』



 70年前の大戦時、初めて超能力者が軍事利用されたその戦争で、それに対抗する策としてまず考えられたのが狙撃だった。強大な力を持つ超能力者であろうと所詮人の身、気づかれないほどの遠くから体を打ち抜けば簡単に無力化できる。


 しかし――いざ試してみると、その狙撃のほとんどは成功しなかった。その理由は、超能力者が狙撃を避けたから。ほとんどの超能力者は、超人の感覚でもってしても知覚が不可能なほどの遠くからの狙撃も、至近距離の銃撃と同じように避けることができたのだ。

 スコープ越しに対象をじっくりと観察し、引き金を引く。スナイパーのその動作を、いかなる原理か超能力者は察知することができた。「なんか狙われてるな」と言った曖昧な感覚で。

 後に超人化の基礎能力の一つ「感覚強化」で強化された第六感によるものと結論付けられたが、その真偽は定かではない。


「ふーん、能力ねえ。お前がわざわざ撃たれてやったものそのせいか?」


『ええ。あの狙撃――私には狙われた感覚がなかったわ。銃弾が飛来するその瞬間まで私はそれに気づけなかった。狙わずに当てることができる能力か、あるいは銃弾をそらすことができる能力化分からないけれど』


「なるほどなぁ。だがお前には当たらなかった。――……相手はまた撃ってくるかな」


『おそらくね。私に銃弾が当たらない訳を確かめて、能力をあばく気でしょう。きっとまだ、スナイパーはあそこにいるわ』


「おっけ。それだけ分かれば十分だ」



 見えないところから対象を狙える――銃撃戦では反則にも思えるその力だが、対する吉川も超能力者。でたらめな力を思うがままに操ることのできる、理外の存在である。


 まずは一発――吉川は開いている窓の隣、二重に重なった窓めがけて銃弾を発射する。直後、割れて飛び散るガラスの破片。その内の大半はビルの中に飛び散り、床に広がった。

 吉川はスコープの倍率を上げ、飛び散ったガラス片を見つめる。そして――



「――見つけた」



 ガラス片の中に、反射して映るスナイパーの姿を見つけた瞬間――発砲。

 一見無駄にも思えるその発砲の直後、しかし撃破ポイントを獲得したアナウンスが天から聞こえて来た。銃弾が当たり、対象が死亡したのだ。



「よし。倒したぞ」


『お疲れ。さすがね』



 短い報告に、山留があっさりと反応する。

 そう、吉川たちは学年で最も優れた能力者と言われる戌亥のチームメンバーなのだ。即ち、精鋭。そこらの超能力者ごときに遅れは取らない。 

 本来当たるはずの銃弾が当たらないのも、見えただけの標的を狙えたのも、彼らにとっては当たり前の出来事だった。


 とはいえスナイパーに狙われるのは堪えたのか、山留が『ふぅ』と安堵のため息を漏らすのが吉川の耳に聞こえてくる。



「なんだ、ため息なんかついて。まさか怯えてたわけじゃないだろうな」


『まさか。でも囮ってのは緊張するものよ?能力があるから狙撃とか不意打ちは聞かないとはいえ、それも絶対じゃないから。何かの拍子に攻撃が当たったら――とは思わなくはないわね』


「ま、そうか。でもお前がそこにいてくれるおかげで、俺たちは不意打ちに備えなくて済む。引き続きよろしく頼むな」


『はぁ、あなたも戌亥も人使いが荒いわね。まったく、防御チームが四人いればこんなことしなくていいのに』



 現在、戌亥チームの拠点を守るのは吉川と山留とあと一人のみ。普通、防衛戦の終盤にでもならない限り四人での防衛を、吉川たちは三人で行っていた。理由は攻撃を優先するという戌亥の判断。辰巳のチームを倒すための作戦である。

 攻撃特化。そのしわ寄せは防御チームである吉川たちに来ていた。人数不利の戦闘で最も避けたいのは不意打ちをされること。その最悪を避けるために、山留を囮にビルの前に立たせているのだ。

 当然ハイリスク。仮に複数人に襲われれば山留とて無事に逃げ切れるかは怪しい。しかし現状、全てのリスクを排除することは不可能に近かった。むしろそのようなリスクを許容しない限り、満足に拠点の防衛ができない。



『戌亥にも困ったものね。ま、作戦としては間違ってないけれど、少し辰巳に対してご執心なところがあるし』


「……なあ、お前らが言うその戌亥とか辰巳とかって話、よく聞くけど何なんだ?」


『ああ、家同士のいざこざみたいなものよ。大したことじゃないわ』


「家同士なぁ。なーんかなぁ、戌亥が一条に過剰に反応してたのも気になるし――そのあたりか?一条だろ?戌亥、辰巳にお前、あと雷銅先輩とか火浦先輩とかと――」


『――吉川』


「おい、なんだよ。なんかやましい事でもあるのかー?」



 他愛のない世間話――それを打ち切るように発された山留の通信に、吉川は茶化すように文句を言う。しかしその返答は短く、緊迫していた。



『噂をすれば。援護して』





「――動かないで。動いたら撃つ」


「おや。気づかれてしまいましたか」



 ――どこから来た?

 持っていたアサルト銃で彼女に狙いを定め、山留は額に冷や汗を流す。

 一条蓮月。呑気にそう言い両手を上げた彼女の姿を、山留は今の今まで把握できなかった。たまたまこの距離で見つけられたかったからいいものの、もう少し近づかれていれば危なかった。



『おい、こっからじゃ下は見えないって。おい、おーい?』


「……どうやってここまで来たのかしら?見たところ隠れられる場所もないようだけど」



 耳に入る吉川の通信には答える暇がない。じっと狙いを構えながら山留がそう聞くと、一条は首をかしげて「あちらから歩いて」と素直に答えた。彼女が指さした先は、何もない駐車場の入り口。山留はおろか、吉川にすら駐車場に足を踏み入れる前に目視できるような所だ。

 もちろん、山留は駐車場のあらゆる場所にアンテナを立てていた。そちらから歩いてきたのなら気づかないはずがない。



「……嘘でしょう。もしそれが正しければ、私が気づかないはずがない」


「気づかれなかったんですか。私は普通にゆっくりと、こう歩いていただけですが――」


「――動かないで!!撃つわよ!!」



 ぬるりと歩き出そうとした一条を、山留はそう言って制止する。焦ったように大声を上げてしまったのは、その動き出しが分からなかったから。

 一条の動きが見えなかったわけではない。しかしなぜか、「歩いている」とそれを認識できなかったのだ。集中しているはずなのに、なぜかぼーっとしてしまったかのように。

 何かの能力か?しかし『温度を操る能力』でそんなことが可能なのか?



「……やっぱりあなた『一条』ね。一条家に私たちと同世代の子がいるなんて聞いたことがなかったけど。隠し子か何か?」


「そうですね。最近まで海外に居ましたから。あなたが知らないのも無理ありません」


「あら、そう。じゃあ敬語でも使った方がいいのかしら?」


「まさか。もはや一条と五角には上下関係はありません。戦後に生まれたあなたが気にすることではないでしょう?」



 どの口が言うか、と山留は思う。

第三次世界大戦の後、一条を頂点とした分家、傘下の上下関係は確かに解体された。しかしその関係は不文律のように残り続け、例えば安保庁内の派閥として残り続けている。「一条派」と呼ばれるその派閥は、一条家当主を中心としたヒエラルキーが存在していた。

 学生の身である山留とて家のしがらみからは逃れられない。そんなことが関係なく生きていられているのは、山留の周りでは辰巳ぐらいだろう。


「それにしても――」と、一条は銃を突きつけられているにも関わらず呑気に、目線さえ山留から外して、そう口を開いた。



「撃たなくていいのですか?この距離で気取られてしまったのは私の失敗。今ならあなたが有利ですが」


「……その言葉を真正面から受け取るほど、私は楽観主義者じゃないのよ」


「そうですか」



 そう。確かにこの状況は一見すると山留が限りなく優位に立っている。

 二人の距離は、例えば一条が動き出してからそれを見て撃ったとしても、十分に間に合うほどには離れている。いくら超人と言えども避け切れない距離。故に数発ほどなら狙って打てる距離だ。


 ――普通ならば。



(……一条の能力が分からない。気取られることなく私の近くまで来た事を考えると、『温度を操る能力』ってのはブラフで、視覚に関係する能力か、私と同じような精神干渉系?いずれにせよ、銃を持つ私に無防備に近づいてきたってことは、それに対応することのできる能力があるから)



 初激が避けられる、あるいは防がれれば、たちまちに山留の優位は消え去ってしまう。山留が持っている銃はアサルト銃。銃を主武装として戦うことを想定している山留の戦闘スタイルでは、至近距離の戦闘に対応しきれない可能性がある。

 それを防ぐには――こちらも能力を使うしかない。


 山留の超能力は『相手の認識を誤らせる能力』である。対象の精神に干渉するタイプの能力で、相手の、位置を把握する認識を歪ませることができる。つまり、例えば別の場所に山留がいると認識させることができる。

 能力の発動条件は、能力の対象に自身を視認させる事。山留を認識する時間が長ければ長いほど効果が強くなる。



(時間をかければかけるほど私が有利になる。――……いや待って。それは相手方も同じ?)



 一条は自分と同じような精神干渉系の超能力者かもしれない――それが正しければ、時間がたてば自分が有利になるという仮説が揺らぐ。

 精神干渉系の超能力は、能力者が対象を――あるいは逆に、対象が能力者を――より認識するほどに強くなることが多い。一条もそうである可能性は拭えない。


 山留の唇がきゅっと結ばれる。どうすれば良い?もう撃ってしまった方がいいのか?それとも慎重になった方がいいのか――その焦燥を感じ取ったのか、一条が挙げていた手をゆっくりと下した。



「――ッ!何を!」


「いえ、時間稼ぎもそろそろ十分でしょうから」


「時間稼ぎ?――……やっぱりあなた、能力の発動条件を待っていたのね」



 やはり一条も自分と同じような精神干渉系の超能力者。能力が十分に強まるまで時間を稼いでいたのか――そう思った山留だったが、しかし一条の続く言葉はそれを否定した。



「ああ、勘違いさせてしまったようですが――あなたの時間稼ぎが、ですよ。これだけ待てば能力も発動できるでしょう?」


「――ッ!?」



 一条の言葉に山留は大きく目を見開いた。

 企みが一条に見透かされていた。ならばこちらが先んじて攻撃を仕掛けた方がよいか――?



(私が能力を発動させるのを知っていて、その上でこの余裕。一条は銃弾を防げる能力を持っている。なら――)



 一条と対面してから今まで、彼女は山留を目にとらえ続けて来た。いくら精神干渉に気を付けていても、人二人分ほどの認識のずれは起きているだろう。

 十分だ。一条が確実に、山留の虚像に向かって攻撃を成功させたその瞬間。手ごたえのなさに驚く彼女をしっかりと狙って仕留める。


 山留がそう考えたほぼ同時のタイミングで、一条の手元から何かが上に向かって放たれた。腕を動かさずに後ろから投擲されたために山留は投げる直前まで気づけなかったが、それが空高く掘り投げられた瞬間、山留の体はびくりと一瞬硬直した。



(――何か投げた。爆発物?いや、持ち込みは禁止されてる。逃げなきゃ――じゃない!!)



 一瞬の躊躇を経て、山留は投擲物の目的が攻撃でないことに気付いたが、それはあまりにも遅すぎる気づきだった。

 ちらりと一瞬、空に首を動かしかけただけ。しかしそれだけのわずかな間に、一条はもうすでに二歩目を踏み込んでいた。銃が有効でなくなるその範囲に潜り込むかのように。その手にはナイフが握られていて、今まさに山留の首に向かって振るわれているところだった。


 ――速すぎる。一条から集中を外してしまったその前には、一条はほとんど棒立ちの状態で立っていたはずだ。しかしそこから、屈んで踏み込む動作をまるっきり省略してしまったかのように、一条は山留の懐まで潜り込んでいた。



「なんで――……」



 そして次に、一条が虚像でなく自身にまっすぐ向かってきたことに疑問を感じて、最後にやけくそのように発せられた銃声と共に山留の意識が刈り取られた。





『おおーッと、一条選手!!山留選手にほとんど何もさせずに完封だ!!皆さんの中には何が起こったか分からない人もいるでしょうが――私にはわかります!!山留選手の能力はデータバンクによれば『相手の認識を誤らせる能力』、おそらくその能力で自身の位置を誤認させていたのでしょう!!敵に自分の攻撃は当たらない、そのアドバンテージがあったはずだったからこそ山留選手はすぐに撃たなかった!しかし――一条選手はそれを見破っていた!!まず最初の投擲で山留選手の視線を観察し、そのずれを見極めることで本物の山留選手がどこにいるかを探ったのです!!事実、山留選手に向かって投げられたそれを、山留選手はに首を動かそうとすることで追いかけました!これは手痛いミス!!その動きを一条選手は見逃さず、だから虚空に向かってナイフを振り下ろし、そして山留選手が倒れたのです!!何と高度な戦いでしょう!一条選手、能力を全く使うことなくこの戦いを勝ち切りました!!視線を使って位置を把握する、素晴らしい戦略です!(……だからってあの一瞬で、正確な位置まで割り出しますか普通。てかどうやって山留さんの能力を知った?まーじで一条っぽいですねあの子)』


――――


山止の名前を山留に変更しました。特に意味はないです

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る