第10話 折本&柊 vs 転手&念同



「――……どうかな?今のが私のとっておきだ。威力は辰巳の能力にも劣らんだろう」



 片腕から血を流して柱にもたれ掛かる折本を見下ろしながら、転手は手に持ったエアガンを振ってそんなことを言う。


 発射されたエアガンの弾と自動車の入れ替え。転手の能力は、入れ替えの前後でその速度のみが保存される。そのため質量の異なる物質を入れ替えると、その前後で運動量の増大または減少する。


 折本は直撃自体は避けたようだったが、腕が掠ったようだった。しかしそれだけの接触で折本の腕は破壊され、その衝撃で体が吹き飛ばされたのだ。折本も展開したワイヤーを操って衝撃を緩和しようとしたようだったが、あまり効果はなかったようだ。あたりに散らばるちぎれたワイヤーが、その結末を物語っている。

 転手がこれを「とっておき」と評するのも納得の威力だった。



「本当は実銃でやりたいのだがね。そうすると弾が速すぎて私の反応が間に合わないんだ。弾が敵を通り過ぎた後に車と入れ替えたりしてしまってな。ま、今後の課題だな」


「いやあ、何度見てもやっぱすごいね。おかげで柊さんにも隙ができて――倒せたし」


「ほう、そうか。我々にしては粘られた方だな」



 念同の方を見ると、地面に横たわる柊の姿が見えた。まだ動いてはいるようだったが立ち上がることはできないようだ。

 転手が折本にエアガンを構えた時、柊がそれを助けようとしたところを念同が狙った。その結果は見ていなかったがこうして柊が地に付しているのを鑑みるに、念同の攻撃が柊に当たったのだろう。



「では、終わりにしよう。すでに満身創痍の君にはこれはオーバーキルだから――……ふ、本物の方が威力に劣るとは皮肉だな」



 そう言って転手はエアガンをしまうと、同じ形の――しかしよく見れば、細部のつくりなどがよりしっかりとしたそれを取り出す。

 本物の拳銃。最も簡単に人を殺傷たらしめる武器。

 非能力者よりも強靭な肉体を持つ折本であっても、銃弾を急所に的確に打ち込めば致命傷となる。


 転手はセーフティーを外すと引き金に指をかけ、折本に照準を合わせた。能力者の転手とて、拳銃の取り扱いの訓練は受けている。この距離で動かない相手ならば外しようがない。


 後は指を引くだけで、折本の敗北が決定する――そんな時だった。



「……とどめには、銃を使うんだな」


「どういう意味だ?」



 折本がうつむいたまま小さく言葉を発し、転手が怪訝そうに聞き返した。



「初めてこの世界に降り立った時――……部屋にあった机を触ったら、木片が宙に散ったんだ。そのリアルさに、俺は驚愕した。そして今も、驚愕している。こんな痛みが存在するのかと」


「……何が言いたいんだ」


「俺たちは、評定戦が始まる前、そこがネックになると考えた。即ち世界のリアルさが、だ。能力を使った戦闘は、訓練の延長線上として、そう考えることができる。だけど、こうして勝敗が明白となった時に、とどめを刺すのは違う。それは、明らかな殺人だから、どうしても心理的な抵抗が生まれる。そしてその抵抗は、無意識に判断に影響を与える。……拳銃は、抵抗が少ないからな」


「なるほど、私がとどめに拳銃を選択したのは、私が動揺しているからと言いたいわけか」


「その通りだ。そして、とどめを刺さずに俺の話を聞いてしまうのも、同じ理由」



 折本の話は、確かに納得できるものではあった。しかしだからなんだ、と言う程度の話でも合った。



「ふん、興味深い話ではあるが――単なる妄言だな。私はいつでも引き金を引ける。動揺など微塵もない」


「いいや、それは嘘だな。じゃあ何故――……こんなにも無防備に、俺のテリトリーに入ってきた?」



 ヒュンッ!!という嫌な音と共に立ち上がる焼き切れたワイヤーを視界の端にとらえ、そこでようやく転手は自らのミスに気が付いた。

 破壊されたワイヤーが地面に散らばっている。それは折本が満身創痍でなければ、あるいは転手が十分に冷静であれば警戒していたはずの状況。しかし転手はそれを見逃した。折本の言うところの――「動揺」によって。



「――ッ!クソ――!!」


「無駄だよ」



 転手は焦ったように拳銃の引き金を引こうとするが、腕にまとわりついたワイヤーが転手の手を打ち拳銃が地面に飛ばされた。拳銃は折本の足元に飛んでいき、バキッと真っ二つに踏み潰された。


 と、同時。



「――転手さ――「こっちもお返しだよ!」――ぅな!!」



 今まさに折本に対して攻撃を加えようとしていた念同に、今度は柊が襲い掛かる。地面に伏していたはずの柊――しかし念同の注意が転手に向いている隙に、まるでそれは擬態だったというが如く、一瞬のうちに立ち上がって念同の目の前で拳を握っていた。

 柊は抉り出されて射出されかけていた岩塊を勢いよく踏みつけると――



「――っ!?上がらない?」


「はあぁぁぁぁぁぁ!!――吹っ飛べー!!!」



 柊に踏みつけられた地面が自分の能力で動かすことができない――念同がそう驚愕する間に十分に踏み込みを取った柊は、思いっきり拳を振り切った。



「――へぶッ!」


「どうだ!効いた!?」



 ガシャァン!!!という派手な音と共に念同の体がショーウィンドウに衝突するのを見て――転手は自身のチームが極めて危機的な状況にあることを悟った。

 あの調子では、少なくとも念同はすぐに復帰できない。最悪の場合、あの一撃でノックダウンと言うことも考えられる。転手自身はワイヤーで釣り上げられていて、抜け出すこともできそうになかった。テレポート先が見当たらない。


 一瞬の隙だった。少し、状況判断を誤っただけのこと。だけどその一瞬で全てをもってかれた。



「……結局、お前の能力が最も厄介だったんだ。どんな隙があったとしても、テレポートしてしまえば攻撃を避けることができる。だから、テレポートできない条件を作る必要があった」



 柊を横目に見て、再び転手に視線を戻し、話し始めた折本。しかし転手はその言葉が、折本ではない他の誰かから発されているかのような錯覚を感じていた。



「転手、お前は――『君――記憶していたものが壊れたら、テレポートできなくなるだろ?記憶しているものを破壊すれば、君を捕えられる。だけどそのためには、何を記憶しているか把握しておく必要があって――そのために、こんな広いフィールドにおびき寄せたんだ。ここなら何を触ったのかが把握できる』」


「……ご名答だよ。ふっ、我々はまんまと誘い込まれたわけか」


「その通りだよ。とんとん拍子で事が進んで、こっちも驚いているぐらいだけどな。じゃあ――さよならだ」



 そう言って折本はどこからか拳銃を取り出す。そして――まさにさっき転手が折本にしたように――その銃口を転手に向けた。



「……君も銃を使うんだな」


「ああ、俺の能力は殺傷能力が低いからな。――……いや、違うか」


『折本、君も躊躇してるってことだよ』


「……ああ、そうだな」



 転手には聞こえぬ誰かの声に折本がそう答えると、次の瞬間、転手の意識が途絶した。



 ■



「――やったね!啓君」


「ああ、お疲れ」


「へいタッチ、ターッチ!」



 パァン!と。

 戦闘の跡が残る駐車場で二人がハイタッチを交わすと、「いたた」と折本がけがをした腕をかばう様子を見せる。



「あっ、ごめん。強かったかな、大丈夫?……にしても大分やられたね」


「ああ。まあ無傷で勝てる相手でもなかったから――……ただ、予想以上だ。ちょっとやそっと休んだぐらいじゃ回復しそうにもない」


「うわぁ、痛そう」



 折本の左腕を見て、柊は驚いたように口に手を当てた。

 自己変形して患部に絡みつき包帯の役割を果たす特殊装甲――その下から滲む血が、怪我の深刻さを表していた。多数の骨折に激しい裂傷。折本が超人であることを鑑みれば命に係わる怪我ではないが、左腕はまともに動きそうになかった。



「辰巳戦には影響が残るかもな。月陽の方はどうだ?」


「うーん、ちょっと頭がぐらぐらしてる。あとは全身の打撲ぐらいかなぁ。今こうしてる分には大丈夫だけど、動いたら痛いとことかあるかもしれないかな」


「そうか……」



 柊の方も、折本ほどではないとはいえ戦闘の影響が出ていた。お互い万全とは言えない状態の中、しかし勝利を収めるにはあと一戦が必要になる。一人拠点を守る、辰巳との戦いだ。

 ――ただ、その前に。



「……ところで修樹の方は大丈夫なのか?明星。俺らの指揮で、あっちにはほとんど口出してないんだろ?」


『ああ、それが本人の希望でもあったしね』


「それで、茨木には勝てたのか?」


『ああ、それはね――』



 そして明星は、その結末を告げた。



 ■



「――……どうなってんのよ」



 とある雑居ビルの一室。

「攻撃」が成功したことを告げるアナウンスがチームに届き、しかし戌亥は苛立ち気にそう呟いた。その小さな声を拾い、チームメイトが「うーん」と唸る。



「ま、防衛は捨てて撃破ポイントを狙いに行ったんじゃないか?」


「チームが一人じゃ防衛は無理だしな。賢い選択だ」


「……」



 戌亥たちのチームは試合が始まってすぐに、一条の拠点を攻撃しに行った。多くとも一人しかいないことが確定している拠点。放っておく理由がないし、何より一条を潰すことが戌亥の目的の一つでもあったからだ。

 しかしその結果がこれ。拠点には誰もおらず、罠の一つ、戦闘の一つもないままに攻撃が成功してしまった。肩透かしもいいところである。



「で、どうするんだ戌亥。一条を探して、倒すか?」


「……いいえ、そんな暇はない。放っておくわよ」


「いいのか?ずいぶんと執着していたみたいだが」


「拠点を落としたのだから、私たちの勝ちよ。それに、どこにいるかもわからない一人を追いかけるのは効率が悪いしリスクが高い」


「そうかなぁ。俺ら5人もいるんだし、すぐ終わるぜ?」



 戌亥チームは今評定戦で、攻撃チーム五人、防衛チーム三人の構成を採用していた。防衛のリスクを負って攻撃特化とした訳は、辰巳チームの拠点を確実に落とすため。辰巳に勝つためにはその拠点を落とすことが必須だと考えたからだ。

 攻撃チームの人数を増やせば得られるポイントは減るが、それ以上に辰巳の防衛ポイントを減らせるメリットの方が大きい。


 しかし――



「バカね。だからよ。試合が後半になるにしたがって防衛チームのリスクは上がる。ただでさえ三人なのに、攻撃側の人数が増えたら対処できなくなる可能性があるでしょ?」



 戦況が動き、攻撃や防御が各地で起こるに従って、各チームの攻撃、防御の人数は増える傾向にあると戌亥は予想していた。理由は、攻撃や防御の失敗に伴うチームメンバーの減少によるもの。例えば攻撃に失敗し、四人いた攻撃チームの内三人が撃破されたとしたら、残りの一人は防御チームに加わるだろう。逆もまた然りで、防御に失敗したチームの攻撃チームの人数は増える。


 今、戌亥チームの防衛チームの人数は三人である。三対四、それならば防衛に特化した彼らが負けることはないだろう。しかし三対五、三対六と攻撃チームの人数が増えていけばそれも怪しい。故に戌亥は、早めに辰巳チームの拠点を落としておいて、その後は攻撃四人、防御四人の構成に戻す必要があると考えていた。



「そうか。ま、俺らの目的は辰巳に勝つことで、一条を潰すことじゃないもんな」


「……ええ。余計なことに時間は使ってられないわ。予定通り私たちはこれから辰巳の拠点を攻撃する」



 と、そう戌亥が踵を返して拠点を出ようとしたその時だった。



『――山止やまどめれいの死亡を確認。CWC《戦闘警戒態勢》コードはレッドのまま維持、引き続き全対象への無制限能力行使が容認されます』


「……は?」



 首元から味方が撃破された事を告げるアナウンスが聞こえ、それに続くように防衛チームから通信が入った。

「一条に攻められている」と。



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