第9話 折本&柊 vs 転手&念同 1

 

 橋が落ちた地点から少し移動して、そこでは四人の超能力者が必死の攻防を繰り広げていた。



「――もー、どこに消えたの!!」


「ふっ、こっちだよ」



 視界から一瞬にして消えた転手に柊が思わずそう叫ぶと、どこからともなくそんな声が聞こえてきた。


 ――後ろ。


 声を頼りに振り返るとナイフを構えた転手の姿が見え、柊はとっさに手を体の前に組んでかばう姿勢を見せる――と、その瞬間。再び目の前から転手の姿が消え、と同時に視界の右端にナイフを振りかぶる彼女の姿が目に入ってきた。


 無防備な脇腹。

 やられる――そう柊は観念するが、『折本、G4』と言う通信が聞こえ、柊が咄嗟に接着の能力を発動すると、次の瞬間、柊の体が何かに引っ張り上げられた。



「――おや」


「あっぶな!ありがと啓君!!」



 転手の攻撃が空を切る。文字通り頼みの綱、あるいは助けの糸。折本の操る糸が、柊の窮地を救ったのだ。

 しかし――



「そう思うなら――こっち助けてくれ!月陽!!」



 ほっと一息つく間もなく、念同の目の前の床が抉られるようにして引っぺがされると、抉られた半球状の瓦礫が折本めがけて飛んでくる。折本から見れば壁が迫ってくる感覚に近い――当たれば即死。しかし先ほど柊を助けたせいで注意を怠り、避ける暇もない。



『ほれ、B3だよ』


「――啓君!」



 しかし折本の耳に入った通信と柊の掛け声で、とっさに能力が発動された。柊を助けたものとは別、二本目のワイヤーが瓦礫めがけて飛ぶ。



「はっ、無駄だよ!そんなちゃちなワイヤーじゃ防げない――ってあれ?」


「啓君ナイス!」



 やけくそといった感じで飛ばされたように見えたワイヤーを見て念同が嘲笑の声をあげるが、しかし折本の目的は瓦礫を止めることではなかった。

 ワイヤーと瓦礫が触れた瞬間――横に伸びていたワイヤーを柊がつかみ、地面に押し付ける。

『触れたものをくっつける能力』。柊のその能力によって瓦礫とワイヤー、そしてワイヤーと地面が接着し、ワイヤーに引っ張られるようにして瓦礫の軌道が曲げられ――あらぬ方向に、瓦礫が音を立てて着弾した。

 破壊される店舗のショーウィンドウの音の中、念同がそれを一瞥して「ちぇ」と小さく舌打ちする。



「――……なるほど、くっつく糸。厄介だね」


「そうだな念同。半年前と比較しても練度が桁違い――どう訓練したのかな?」



 見事な連携プレイ。

 自分たちの渾身の一撃をことごとく躱されて、感心したように転手がそう呟く。問われた折本と柊は顔を見合わせて、



「「そりゃもう、地獄のような特訓を」」


『そんな厳しくやったっけ?』



 ……イヤホンの向こう側の誰かさんは不思議そうにそう呟いたが、この二週間の明星の特訓はまさにそう言い表せるものだった。

 人を人とも思わないマシンのような鉄人に数時間みっちりボコボコにされた後、100を超える命令コマンドの動きの確認。それは、もう痛いとか疲れたとかいう感情すら抱く暇のないほどの訓練だった。

 しかし、その成果が先ほど見せた攻防で見せた反応だ。通信に入った番号を聞いただけで、思考より先に体が動くようになったのだ。



「思ったよりも手ごわいらしいな。ま、我々を倒せるほどではないが」


「さっきの攻防だけで私たちの実力を測れたと思ってるなら甘いね、転手ちゃん。その油断が敗因になるかもよ?」


『……とはいっても攻めあぐねてんだよなぁ。転手の能力が意外に厄介だな』



 転手の能力はテレポート能力。しかも念同をどちらかの手で記憶しておけば、念同と何かを入れ替えることもできる。そのため、念同や転手に攻撃を当てられるチャンスがあったとしても容易く躱されてしまうのだ。



『転手の能力、発動条件は手で触れることなんだろうけど……触れる瞬間を悟られないようにしてるな。なかなか考えてる』



 通信に入る呟きを聞いて、折本は転手たちと対面しながら冷や汗を流す。戦ってみて、正直自分たちでは突破口すら見えない相手。明星の指令だけが頼りな状態だ。

 次いで通信が入って――柊と折本は小さく頷く。



「ほらほら、どうしたの?もう手詰まりなのかなー?だったら次はこっちの番?」


「ぐぬ……」


「ふ、念同。そう悔しがることはない。くっつく糸を実現させるには柊の能力が必要、だが柊は触れたものしかくっつけることができない。なら――」


「なるほど!糸に触れられないためには――数を増やせばいいのか」



 転手のアドバイスに念同がポン、と手を叩く。そして両手を何かを掬いあげるかのように上に向けると、念同の左右の床がそれぞれボコンと持ち上がる。



「これで――どうだ!」



 二つの塊がひっくり返されるように持ち上がり、折本の元に向かう。左右からの攻撃、なるほどこれなら両方に触れるように糸を操作することも、その両方に触れるのも難しいか――しかし



「啓君、任せたよ!」


「おう!」



 掛け声とともに近くの建物の天井に糸が伸び、そのままそれに引っ張られるようにして柊と、それに抱えられた折本が宙を舞い屋上に着地した。

 くっつく糸による離脱――一番初めに落ちた橋の瓦礫を超えて来たのもこの技だった。



「おわ、よけられた!ずるいぞ、降りて来い!」


「ふふーん、こちとら昨日はスパイダーマン予習してから来たんだい!これくらいのことは朝飯前だよ!このまま管理棟の方に行っちゃおうかなー」



 そう言って屋上の奥の方へ消えていく二人。それは図らずも管理棟のある方向で、転手は焦ったように舌打ちをした。



「逃げるのか!卑怯だぞおりてこーい!」


「バカ、追うぞ念同。このまま転校生と合流されて管理棟に先んじられれば、我々が負けかねん」



 一瞬、このまま引き返して茨木と海和の戦いに参戦するのはどうかと考えた転手だったが、しかしすぐにその考えを否定する。二人との戦いで元の場所からかなり移動してしまったし、このまま柊たちに管理棟に行かれる方がまずい。それに、茨木なら一対一で負けはしないだろう。



「そうだな。早く追わないと!」



 そう言って地面を駆けだそうとする念同に転手は「……サイコキネシストなら空ぐらい飛んでみたらどうだ?」と呆れたようにつぶやくと、手ごろな瓦礫を拾い――屋上めがけて投げた。そして、瓦礫がちょうど屋上に達した瞬間に自身と瓦礫を入れ替え、さらに手ごろな何かを記憶して念同と入れ替える。

「わっ」と驚いた声と共に、走り出したポーズの念同が呼び寄せられた。



「転手、テレポートさせるなら通信ぐらい入れろよな」


「言わずともわかるだろう?さて、柊と折本は――……あそこか」



 どうやら二人はもうすでに屋上から離れていたらしく、その姿は眼下の駐車場で見つけられた。ショッピングモールの広大な駐車場――柊と折本は立ち並ぶ車の隙間を縫うようにして走っていた。

 二人の向かう方向は管理棟とは少し違う。そのことに転手は違和感を覚えるも、念同に追いかけると言った手前その言葉を覆すだけの根拠を見つけることができなかった。



「――追うぞ、念同。この高さからの着地は問題ないな?」


「ああ、大丈夫。行こう!」



 そう掛け声をかけると、念同と転手は屋上から駐車場へと飛び降りる。高さは10メートルほど、これぐらいの高さであれば着地にミスをしない限りは耐えられる――


 と、そう考えて転手たちが地面に足をつけようとしたその瞬間。

 転手の視界に、こちらに向かって飛んでくる自動車の裏側が映った。



 ■



「すとらいーくっ!」



 ガッシャァァン!!と大きな音を立てて壁に激突して爆発する軽自動車を見て、しりもちをついた柊がそう掛け声をあげる。その手には太いワイヤーが一本。それに車をくっつけて砲丸投げの要領で投げたのだ。



「そんなこと言ってる場合じゃないだろ、月陽!転手の奴まだやられてないぞ!」


「え、ほんと?またよけられたのかぁー」



「……ずいぶんな怪力じゃないか。そんな力、どこにあったんだ」


「さすがに啓君の能力も借りてるけどね。あれくらいならギリギリいけるんだ」


「ふ、なるほど。合わせ技か。少しヒヤッとしたが――それ、飛ばすのに何回転かさせる必要があるだろう。もう通じないぞ?」



 爆発した車から出る煙を背後に、流石に肝を冷やしたのか、堅い表情を見せるながら冷たい声で転手はそう言った。しかしその言葉は的確で、柊と折本の渾身の一撃はもう転手たちには通用しそうになかった。

 もともと着地直後を狙った不意打ちの攻撃なのだ。普通の状態の転手や念同には簡単に避けられてしまうし、そもそも協力して車をぶん投げるだけの隙も与えられそうにない。


 転手は息を落ち着かせながら周りを見ると、自身の横に止まっていたセダンのボンネットを撫でながら、



「……ここには車がたくさんあるな。どれ――意趣返しとしようか?」



 そう言って、折本に向かって突進した。



「――ッ、何!?」



 攻撃の意志が見えない隙だらけの突進に、その意図が分からず混乱しつつも自身の体の周りに糸を構える折本。それは、これまで転手が自身の位置を入れ替えるためのみに自身の能力を使用していた事が理由だった。どの位置に転手がテレポートしようとも対応できるように、折本は重心を低く持ち周囲への警戒を強めた。

 しかし――



「待って啓君、避けて!」



 転手が手前でジャンプして、そして柊が気づいたように警告したが、それはあまりに遅すぎた。

 宙を舞う転手。ワイヤーを自身の周りに展開して身構える折本の姿を見てにやりと笑ったかと思うと――その姿が一瞬にして自動車のそれに切り替わり、折本めがけて落ちてくる。



「――くッ!!」


「ふん、まあ貴様も超人、これぐらいの質量なら支えられるか。だが――これはどうかな?」



 避けることもできず、車を真正面から支える形となった折本。両手がふさがり行動を制限された折本が横目に見たのは、転手がそう言って懐から何かを取り出すところだった。

 はじめ、それは拳銃のように見えた。しかしすぐに、それよりももっとまずい物だと気づいた。



「では――サヨナラだ」


「啓君!こっちに糸――「させないよ!柊さん!」――ッ!!」



 発砲の音はなかった。しかしその代わりに折本の両手から重さが消え、次の瞬間


 ――時速300キロ超に加速された鉄の塊が、折本を襲った。



――――


ちなみに念同くんの能力は「地面を引っぺがしてぶつける能力」です。自分を支点にしてちゃぶ台返しみたいに地面をえぐり取るイメージなので、空は飛べません。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る