第8話 ロンドン橋落ちたって、よく考えたら不謹慎



「うわっ、いるね。屋上に三人、たぶん気づかれたと思う」


「本当に大丈夫だろうな。辰巳が来たら、柊の所まで逃げ切れるか分からんぞ」


『大丈夫大丈夫、辰巳が来るなんて百パーないから。俺の姿が見えない以上、辰巳は拠点の前から動けない』



 不安な折本の声にお気楽そうな明星の声が返ってくる。


 敵拠点の中を警戒もせずにただ歩く。事前にある程度安全であることを確認しての行動であっても、その緊張感は拭えるものではなかった。



『うん、予想通り一人そっちに行った――いや、二人か。これは予想外だけど、いい方向に傾いたな』


「戦力の分断。あとは僕たちがうまく逃げればいいんだよね」


『そう。ま、様子見ながらだけど。少なくとも転手君は来るみたいだから、作戦通り――』



 と、そんな呑気な会話をしていたその時だった。

 嫌な気配を感じ、海和はとっさに上を見上げる。そしてそこに――



「海和ぁ!!!死ね!!!」


「おわっ、なんだ!?」



 物騒な言葉と共に、茨木の渾身の一撃が地面へと突き刺さる。おそらく足を棘に変化させた状態でのドロップキック。大きな音を立ててコンクリの床が破壊された。

 海和は飛び散るコンクリの破片を腕で防ぐ。



「茨木!?」


「よぉ海和。久しぶりだなぁ!のこのこと俺たちの陣地まできやがって、そんなに俺に殺されたかったのか!?」


「な訳――」


「――ふむ、二人か?」



 上空からの突然の敵襲。呆気にとられたのも束の間、海和は構えを取り折本は腰に巻き付けていた鉄製のロープを開放する。

 と、同時。茨木に遅れて来たのか、屋上から声が聞こえてくる。



「ならばこのまま、茨木と私の二人でやってしまおうか?」


「――……転手」



 ――二人目。

 転手の姿を認め、海和は作戦の第一段階の成功を感じる。敵戦力をおびき寄せる――その目的の完遂を。



『二人来た?じゃあ次は目的地点までのおびき寄せ。柊のとこまで頑張って逃げてね』


『おー、やっと出番?もうこっちは天井に張り付きすぎて、ミノムシになっちゃいそうだよー』


「……分かってるって」



 次は作戦の第二段階。二人の敵を柊の元までおびき寄せる――そのためには、



「よし!修樹、逃げるぞ!!」


「うん!!」



 ――とにかく逃げこと。

相手の能力は事前に下調べしてあるから、この場に現れた二人が鬼ごっこにおいて有利な能力を持っていないのは確認済み。なら、振り切れず追いつかれずの速度を維持して――普通に全力で走ったらそうなるんだけど――柊の所まで逃げるだけ!



「――あっ、オイ!!!逃げんなコラ!!!」


「……すっげ。あんな典型的なセリフ吐く奴、本当に居るんだ」


「転手、追うぞ!!」


「ちょっと待て、茨木。私達の役割はあくまで防衛、逃げる者を追う必要は――」


「うっせえ!全員ぶっ潰しゃあいいだけの話だろうが!!!」


「――あぁ、もう!!」



 走り出した海和と折本を見て茨木が、そして少し間をおいて転手がそれを追いかけ始める。

超人同士の鬼ごっこ。海和達と茨木達では身体能力に若干の差があるが、一本道の勝負で追いつかれるほどではない。


 ――が、



「――折本ぉ、こんな罠が俺に通じるとでも思ってんのかよ!」


「げ、あいつワイヤーを引きちぎってるぞ」


『あー、やっぱ思ってた通りだけど、ブービートラップ程度じゃ無意味か』



 折本が操作した糸や、事前に仕掛けていたトラップ。あわよくば程度でしかけたものだったが予想通り、転手や茨木はそれらを軽々と突破し、あるいは破壊して海和たちを追いかけて来た。

 特殊能力者が持つ基礎能力の中には、感覚強化も含まれる。故に超能力者に対しての不意打ちは成功しないことが多かった。



「どうしたどうしたぁ!?こんなちゃちな玩具で俺らをやろうと思ってたのかよ、海和ぁ!!」


「――ッ」



 ――そんなわけがない。

 もう目の前に迫った合流地点、二階部分に通路を跨ぐようにしてかけられた渡り廊下を目にとらえ、海和は心の中でそう叫ぶ。柊が今、橋の裏に張り付いて待っているであろうそこを。



『お、修樹君たち見えたー。もうそろかな』


『だな。指示は出すから、そこまで待っててくれ』



 呑気な会話が通信で聞こえてくる中、海和たちは渡り廊下を通り過ぎ――そして反転。追って来た茨木達と対面する。



「は――ようやくやる気になったってか、海和ぁ!!」


「……待て茨木、何か――……ッ、上だ!!」


『予定とは違っちゃったけど――よし今、やっていいよ』


『おけー』



 海和めがけて突進する茨木とそれを追う転手が渡り廊下の下に差し掛かった瞬間。そう通信が入り、同時に柊の能力が解除(・・)される。



「三対二だ、むやみに突進するんじゃない、茨木!!」


「関係ねぇ!てめぇが援護しろ、転手!!」



 柊に気付き、それが不意打ちを行うためだと考えた転手。しかしそれは間違いだった。柊が渡り廊下に張り付いていたのは、先行する茨木を囲いこむ事が目的ではなかった。


 柊の能力は、『ものをくっつける能力』。その能力は基本的にはサイコキネシスの劣化版だが、操る物質の重量に依存して操作が困難になるサイコキネシスとは異なり、重量の制限が存在しない。

 そしてその対象は、自身ではなく自身が触れている物質。この場合は柊の体にくっついている渡り廊下そのもの(・・)。


 柊が通信を受けて、その足を渡り廊下から放したその瞬間。柊の能力が解除され、渡り廊下がもつ接着性が失われる。即ち、今まで柊の能力でくっついていただけ(・・・・・・)の渡り廊下の両端の接着が解除され――



 ――重力に引かれ、橋が落ちた。





(――……まずい!)



 落ちる橋――その餌食となったのは不幸にも、柊の姿を認めて常識的な判断を下し、冷静に足を止めかけていた転手だった。今から足を動かし始めても、絶対に避けられない距離感。

 しかしそんな危機的状況の中にあっても、転手の体は冷静に動いた。


 まず――太ももに括り付けていたナイフを、最小限の動きで背後に弾き飛ばした。と、同時にナイフを記憶。そして――



「――ッ、頼む!」



 ナイフが瓦礫の範囲外に飛んで行ってくれてますように――と半ば祈りながら能力を発動。結果、テレポートした転手の鼻先をかすめるように、渡り廊下が地面に激突した。



「――おっ、転手さんあれ避けたんだ。逃げ切れない距離のはずなのにどうしてかなー?」


「……柊」



 そんな言葉と共に背後に降り立ったのは、これを成した柊月陽。何故か小脇に折本を抱え込んでいて、その背後にはショッピングモール二階に張り付くように糸が足らされていた。

 なるほど、コンビネーション技で瓦礫を乗り越えて来たのか。となれば、三対一で茨木は早々に倒されてしまったのか?



「なかなか派手な罠だったじゃないか。あんなことができるなんて聞いていなかったぞ?」


「ね、私もびっくりだったけど、確かによく考えたら私の能力は重さ関係ないし――「おい、月陽」――……あっ、ごめん。これ以上は教えられないかな」


「……ふむ」



 優秀なブレインがいるのか何なのか。しかし向こうの虎の子であった罠も結果的には不発に終わった。意表を突かれたことは否定しないが、まだ慌てる段階ではない。



「あっ、茨木君なら向こうで修樹君と戦ってる感じだよ?だから転手さんは――」


「君らと、という訳かい?」



 ……瓦礫に阻まれて、今即座に茨木に触れることは叶わない。自分一人ならすぐにテレポートすることができるが、そうすれば瓦礫を軽々と越えて来たこの二人はすぐに茨木を攻撃しに行くだろう。いくら茨木が優れた能力者とはいえ三対一は困難、辰巳チームは茨木を失う。


 離脱は不可能。ならば――



「……二対一は勘弁だね。悪いね念同、こっちに来て手伝ってくれ」


『おっ、ようやくお仕事か。腕がなるなぁ』



 転手は適当な瓦礫を左手で触ると、右手に記憶していた念同と入れ替える。これで二体二、不利はない。



「それでは始めようか。ふ、とはいえ勝敗は見え透いているようだがね」


「そんなことないよ。柊さんたちも頑張れば、いい勝負ができるはずだよ!」


「おー?そんなこと言っていいのかな~。負けた時の言い訳がなくなるよ?」


「月陽、頼むから煽るのやめてくれ……」



 四者四様、舞台が整い戦いが始まった。





「橋が落ちたのは驚いたけどよぉ。お仲間も向こうに行っちまって、お前はこの状況、ヤバいんじゃねぇのか?海和。助けはこないぜ?」


「……これでいいんだ。これが僕の望んだことだから」



 そう答えた海和に、茨木は「あぁ?」と眉を顰めた。その言葉の真意を探るように。



「俺とサシで戦って、無様にみっともなく負けることがかぁ?それとも――……あぁ、足止めか。けっ、ふざけやがって」



 辰巳は転校生と、一対一で戦ってどちらが勝つか――などと言っていた。おそらく相手もそう感じていて、だから茨木達が辰巳達の周りに居る状況は困るため、故に海和たちを捨石に使ったのだろう。

 そう茨木は冷静な考えを巡らせ、ふざけるなと舌打ちをした。

 自身の足止めを任されたのがよりにもよって一番の雑魚であることに、自身の価値がそれぐらいであると言われたような気がしたからだ。


 しかし真実は、茨木にとってもっと受け入れがたかった。



「――違う」


「はぁ?何が違うっつてんだよ」


「僕の役割は――茨木、お前をここで倒すことだ。僕はお前を倒す」


「――……あぁ?」



 海和の言葉に、茨木は虚を突かれたように呆けた。半年前の評定戦でボコして以来、ちょっと虐めても反撃すらしてこなかった弱者が、そんな言葉を吐いたのだ。だから理解が追いつかなかった。


 しかし――



「――俺を、倒す?お前が?」


「ああ」



 ――ふざけるな。


 確かに茨木は転校生に負けた。能力が使えないなんて嘘をついて騙された可能性はあるとはいえ、負けは負けだ。この二週間でそれは咀嚼した。

 だが、だからと言って、自身の下位互換レベルの能力――『右手人差し指を強化する能力』――しか持たない海和に倒される?そんなこと有り得るはずがない。



「何をとち狂ったのか知らねぇが――転校生が俺に勝ったから、てめぇもできるかも、だぁ?」



 茨木は左足を棘にすると地面に突きさし、それを支点にするようにして、海和の不意を突くように近づく。そして、その素早い動きに構えを取ることすらできなかった海和を思いっきり蹴り飛ばした。

あえて棘化していない右足で。お前なんか能力すら使わなくても勝てるんだと、自らの力を誇示するが如く。



「――ッ!!」


「――ふざけてんじゃねぇよ!!」



 ゴロゴロと地面を転がる海和に、茨木は罵声を浴びせかける。



「てめぇみたいなやつが――俺を倒すだぁ!?よくそんな妄言吐けたもんだなぁ!!俺の動きに反応すらできてねぇ――ッ!?」



 ビキッ、と。

 海和を蹴りつけた右足に違和感を覚え、茨木は下を向く。すると、くるぶしのあたり――ちょうど海和の右手が触れそうな当たり――に、何かに抉られた傷ができているのが見えた。



「――……誰が、反応できてないって?反応できてないのはそっちじゃないのか?茨木」


「……チッ、せっかくこっちが手加減してやったってのによぉ――分かったよ。もうこっからは油断しねぇ!完膚なきまでにボッコボッコにしてやるよ!!」



 いくら雑魚とはいえ、半年前からはさすがに成長しているか。

――だったらその努力では覆せないほどの能力差を見せつけてやる、と。茨木は両手の指を棘に変えると、海和めがけて振り下ろした。




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