第11話 海和 vs 茨木



「おいおい、どうしたぁ!?俺を倒すのは諦めたのかぁ?逃げてばっかじゃねえか、海和!!!」


「――ッ、そういうのは攻撃当てられてから言いな!」



 茨木が棘の拳を突き出すと、海和がそれを紙一重で避ける。

第一関節を棘に変化させての攻撃。メリケンサックを装備したかのようパンチで攻撃ができるために引っかきなどと比較して速く攻撃ができる。単純に突き刺す形になるために範囲は狭く殺傷能力も劣るが、下手な攻撃に対するカウンターを危惧して、茨木はこの攻撃法を取っていた。

 戦いが始まる前の一瞬の攻防。そこで海和に傷を与えられたことが、茨木の心を蝕んでいた。



(……こいつはカウンターを狙いに来ている。だったらこのまま持久戦で――)



 ――海和のミスを誘う?


 言葉にならない思考の中で導き出したその結論に、茨木はなぜか苛立ちを覚え、その感情を振り払うかのように舌打ちをした。

その戦術はもしかしたら正しかったかもしれない。しかし海和相手に「正しい」戦い方を模索している時点で、それはもはや自らと海和が同格であることを認めているに等しかったから。



「――ぁあ゛!!!」


「うわっ!びっくりした。だけど――」



 茨木は手の甲の棘を引っ込めると拳を開き、右手を海和に向け――指を伸ばすようにして棘を発射する。当たれば体を貫けるほどの攻撃。しかし右手を向けられた時点で攻撃を予期していたのか、海和はそれをまたも間一髪のところで避ける。そして――



「――ふんッ!」



 ――右手に隠し持っていた瓦礫を、右手が地面に突き刺さって無防備な状態となっている茨木めがけて、海和は思いっきり投げつけた。





 投擲。それは人間が他の生物と比較して際立って優れている能力であり、先史時代から人の攻撃能力として重要な要素である。特に訓練を受けていない一般人であってもその投擲速度は100キロに迫り、野球のプロであれば170キロを超し、超人であればそれよりもはるかに高い記録をたたき出す。



『だけどこと戦闘において、投擲は予備動作が大きすぎる。近接戦闘では使い物にはならないだろうね、普通なら。――だけど君なら違う』


『どういう事?』


『指の力。それは投擲において重要なファクターだよ。とりわけ君の能力で強化されたその指は、ともすれば腕の振りすら省略できるほどの力を秘めている』





(――当たれッ!!)



 茨木の攻撃を避けて、姿勢も重心も崩れている状態。まさかそこから何か物を投げることなどないだろうと誰もが思うその体勢で、わずかな腕の振りと指の力だけで放たれた小さな瓦礫は、それを認めて目を見開く茨木めがけて飛んで行った。

 茨木の棘は見た目よりは軽いが、伸びきった状態では手首だけでは完全に支えられないほどの重量になる。そのため、右手の指が伸びきったこの状態では、茨木は瓦礫を避けられない。


 故に――



「――はッ。瓦礫如き」



 茨木は左手をとっさに突き出し、指を伸ばして盾のように構える。茨木の棘は鉄すら超える硬度を持つ。銃弾すら防げると豪語するその棘の盾。瓦礫が盾に衝突し、そして粉々に砕け散る。

 流石にこの程度の攻撃では茨木を攻略できないか。しかし瓦礫を防がれるのを全く予期していなかったわけではない。当たればラッキーだと思っていたが、防がれるのも狙い通り。



(……鉄の硬度を持つあの盾は厄介。だけど――)


「――何!?」



 ――堅牢の守りは、時に自身を脅かす牢獄にもなり得る。

 盾によって遮られた視界に滑り込み、茨木から自身が見えないように踏み込み、海和は一気に茨木の懐に入り込む。茨木から見れば盾を展開した瞬間に海和が消え、そして自分の目の前にテレポートしてきた感覚。

茨木は驚愕の声を上げ――しかし間一髪、海和の首を狙った右手をのけぞって躱した。その間に茨木の両指が元に戻り――海和は攻撃をあきらめ、再び茨木の射程圏外まで距離を取った。


 そして膠着。海和は奇襲によって上がった息を、茨木は危機を目の前にして上がった鼓動を落ち着ける。



「――……ずいぶんと俺を対策してるみたいじゃねぇかよ」



 額に残った冷や汗を、その原因になった感情ごと消し去るかのように拭い取り、茨木がそう言った。


 ――これでいい。

 事前に考えていた渾身の不意打ちは防がれてしまったものの、着実に茨木を攻略している。

詰将棋のように一つずつ、茨木のとれる選択肢を削ぎ落し、自分の攻撃が当たるようにする。それこそが明星に教わった茨木の倒し方。



「転校生に余計な入れ知恵でもされたのか?そうでなけりゃてめぇがここまでできるわけねぇもんな」


「……想像にお任せするよ」


「はッ、正直だな。だが――そうか」



 格下であるはずの海和に、一度ではあるが危ないところまで追い詰められて、茨木は相当に焦っていたのだろう。だからその質問は、茨木にとって自分自身に対する免罪符のような役割をしたのだろう。

 つまり――目の前にいる海和を、少なくとも同等の相手として認めるための言い訳を。



「……これは転校生用だと思ってたが仕方ねぇ。あぁ、仕方がないな」


「?……――ッ!」



 突然――茨木が踏み込んで、指を棘にした右手を振りかぶってきた。これまでに何回も見せた引っかきの攻撃。それは茨木が基本の攻撃としている方法で、当然海和は事前によけ方を訓練していた。

 茨木は指を伸ばした状態では腕ごと振るうことでしかそれを扱えない。そのため腕を振る直前、その予備動作で腕を振るう方向が分かるのだ。あとは横なら縦に、縦なら横に避ければいい。



(右から左、なら上に逃げる――)



 今回も海和は予備動作から腕の振りを予測し、タイミングを合わせてジャンプすることで棘を回避しようとした。追撃を注意して、つま先の向き、左手の形に気を付けながら。

 

しかし――


 予想通り右から左の横なぎ、それを海和が飛んで躱すと、茨木の右手は勢いよく空を切る。その勢いに引っ張られるようにして、茨木の体が左を向く。そして次の瞬間――


――無数の細い棘が、茨木の頭から海和めがけて伸びた。



「――なッ!!」



 髪の毛の棘化――今まで茨木が見せたことのない攻撃に海和はとっさに顔を手で覆う。細い棘なら腕を貫通できない。ならば致命傷にはならないはず――そう考えて。

 その考えは間違えではなかった。しかしそれはあまりにも安直だった。何故なら茨木が狙ったのは首や顔などではなく――足。



「ぁッ――痛――……」


「――はッ、死んどけよ」



 無防備な右足に細い棘が何本も突き刺さり、ブチブチッ!!と嫌な音がした。足の筋組織がちぎれる音――そのあまりの激痛に海和が膝をつきかけると、追撃を食らわせるように茨木の足が海和を襲った。



「……ぉらっぁ!!!!


「――ぐはッ」



 守りもへったくれもない腹にローキック――それによる耐えがたい腹痛に息を吐きだす暇もなく、海和の体がまるでサッカーボールかのように吹っ飛び、店舗のガラスを突き破った。

ドォン!と鈍い音を立てて店舗の壁に背中がぶつかる。そしてそのままぐったりと、海和はタイルの張られた床に倒れこんだ。



「――髪の毛が元になった棘は、細すぎてすぐ折れちまう。俺の体から離れた棘は消えるからな。ひっかく攻撃と違ってそれほどの威力はねぇ。だが――」



 パリン、と割れたガラスを踏む音が聞こえ、茨木が店の前に近づいてきた。そして、暗い店内に倒れこむ海和の姿を見つけると――暗い店内からでもわかるほどにあからさまに――にやりと邪悪に顔をゆがめた。



「はッ、もれぇ――脆ぇなぁ海和!!たった一回の不意打ちでこのざまかよ。能力者なら能力で防いでみたらどうなんだぁ?あぁこれ――前にも言ったっけなぁ!」


「……――」



 店外から聞こえる茨木の声は、それほど遠い距離で発されたわけではないのにも関わらず、海和の耳にはこもって聞こえた。呼吸が思うようにできない。おそらく横隔膜か、それに近いところをやられたようだ。



「ほらどうした、立ち上がって掛かって来いよ!最初の威勢はどうしたぁ!?」



 ――嫌な奴だ。

 だんだんと回復する意識の中で、海和はそう思う。


 ここまで追い詰めておいて、とどめを刺しに来るでもなく店の外で待ち構える。それは油断であっても、正当な油断だ。足をやられた海和は、もうさっきまでのように茨木の攻撃を避けることはできない。だからとどめを刺す前に力の差を見せつけてやろうと――そういう訳だろう。

 棘による攻撃ができたはずなのに、わざわざただの蹴りで海和を吹き飛ばしたのも多分同じ理由。圧倒的優位に立ってじわじわと嬲り殺そうしているのだ。



「……クソ」



 茨木の考えは、クソみたいだがおおむね正しい。髪の毛を変化させたあの攻撃で、海和の右足はほとんど使い物にならないほどの傷を受けた。ふくらはぎのあたりは何本か貫通したようで、戦闘服のおかげで出血は酷くないものの、動かすと激痛が走る。

 これまでのように機敏な動きはできず、だから茨木の攻撃も避けられない。故にここからどう戦っても、さっきのように茨木を追い詰めることはできない。



「ぉお、立てるじゃねぇか。だが――……目が気に食わねぇな。てめぇこの状況分かってないのか?」


「……どう、かな」



 左足を軸にして、ゆっくりと海和が立ち上がる。体幹も崩れ、呼吸もおかしく、おまけに視界も少しぼやけているかもしれない。普通に考えれば一ミリの勝ち目すらないこの状況。

 だけど――



「フン、いいぜ。いつぞやかの続きだ。ゆっくりといたぶって――てめぇと俺の格差を分からせてやる」


「それは、勘弁かな。だから――」



 ――だけど、それすらも予想の内だ。だから、勝てるに決まってる。

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