第11話 夜の風 エミリー・ブロンテ作 額田河合訳


夏のかぐわしい夜更け

雲一つない月の光が

居間の開いた窓から明るくさしこみ

バラの木々は夜露に濡れる


私は静かなもの思いのなかに座っていた

やわらかな風が私の髪を揺らし

私にささやいた、天は輝かしく

眠る大地は美しい、と


そんなささやきは聞きたくなかった

そんな思いをはこんでくるささやきは

だが風はなおも低くつぶやいた

「森はどんなにか暗いことだろう!


「繁った葉は私のつぶやきに

夢のようにささやきあっている

そして、その幾万の声は、みな

生きる喜びにあふれているかのよう」


わたしは言った。「行くがいい、やさしく歌うものよ

おまえの誘う声はうれしい

だがおまえのその歌に

私の心を動かす力があると思ってはならない


「甘く香る花とたわむれるがいい

 あるいは若い木のしなやかな枝と

 でも人の子としての私にはかまわないで

 私だけのもの思いにふけらせて」


さまよう風は離れようとしなかった

そのくちづけはいっそうあたたかく――

「さあ、おいで」ためいきのように甘くさきやいた

「何といおうと連れていくよ


 こどものころからの友だちじゃないか

 おまえを愛してきたではないか? 長い間

 おまえがこの夜を愛し続けてきたと同じ長い間

 静けさが私の歌を呼び覚ますこの夜を

 

 そのうちやがておまえの心が

 教会の庭の墓石の下に眠る時が来る されば

 時間はいくらでもある 好きなだけ私は泣こう

 おまえは好きなだけひとりでいるがいい」

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