第五部

 ソルシエルについてリビングを出て、長い廊下をどんどん進む。


 この屋敷、計り知れない広さだ。

 一つ一つ部屋を見て回れば軽く一日が潰れる。


「ナナシよ、貴様の力を見せてもらおう。我は貴様に期待している。どれほどの魔力を持ち合わせているのか……くふふっ、失望させてくれるなよ?」


「そう言われてもな……魔法なんてどう使えばいいのか……」


 玄関の扉が開け放たれ、眩しい陽光が俺の網膜を焼く。


 庭、と呼ぶにはあまりにも開放的な場所だった。

 静やかなせせらぎを再現する噴水、芸術品のごとく完璧に整えられた庭木、ティータイムを嗜むためのテーブルや椅子。

 まるで一つの国だ。

 一個人の屋敷の敷地内とは思えないほどに広大で先が見えない。


 ソルシエルは噴水の縁に腰かけ、どこからか取り出したティーカップで紅茶をすすった。


「よいか、ナナシよ。魔法とは魔女にしか使えぬ代物、才能では開花せぬ。貴様には我が魔女となる権利を与えた。ゆえに魔法が使える。この世界で魔法が使えるのは我と貴様だけだ」


 なるほど、異世界といえども魔法は唯一。

 ファンタジーみたく誰でも魔法が使えるわけじゃないってことか。


「魔法は才能では開花せぬと言ったが、無論才能も必要だ。あらゆる魔法が使えれば我はとうに神となっている。だが――」


 ティーカップが手品のようにふっと消える。


「魔法は使い手次第で化ける。我が好んで使う『反転』も、応用すれば多種多様な効果をもたらす。我に使えて貴様に使えぬ魔法もあろう。逆もまた然り。何故なら、魔法を構築する定義が我と貴様では異なるからだ」


「うーん……わかったような、わからないような」


「……疲れた。ほら、魔法を使ってみろ」


「そんなこと言われてもなぁ。説明不足すぎるって」


「我は説明が嫌いだ、と言ったはずだが?」


「じゃあ、せめて何かお題をくれよ」


「お題か、ふむ」


 少し考え込んでから、ソルシエルは片腕を地面と平行に掲げた。


 すると、目の前に巨大な岩が突拍子もなく姿を現した。


「鉄鉱石の塊だ。魔法を使えばこの程度破壊するのは容易い。やってみせろ」


 雑。

 お師匠様は手取り足取り魔法を教えてくれるわけじゃなさそうだ。

 あくまで自分から魔法を使えるようになれってことらしい。


 まずは岩が壊れるように強く念じてみる。

 当然駄目。


 次は手を振りかざしてみる。

 衝撃波のようなものが手から発生しないかと期待してみたが、残念ながら何も起こらない。


 少し頭を使ってみる。


 魔法を定義するのは使い手――俺だ。

 もっと鮮明にイメージしろ。

 この岩が木端微塵に砕け散り、跡形も残らない様を。


 深呼吸し、意識を集中させる。


「おらぁっ!」


 考えた結果、殴ってみるのが一番手っ取り早かった。


 拳は岩に穴を穿ち、やがてひび割れが広がり瓦解した。


「よっしゃ! これでどうだ?」


 ソルシエルは深い溜め息を吐いた。


「愚か者、物理的に破壊してどうする。もっとこう、魔法らしくだな……まあ、いい」


 大量の鉄鉱石と化した残骸が風と共に消える。


「少々期待外れだが、まあ及第点といったところか。貴様、手に怪我は?」


「ん……特には」


 そういえば、あんな硬そうな岩を殴っても怪我どころか痛みすらあまり感じなかった。

 ただの人間なら殴って破壊することなんて不可能だ。


「気付いたか。貴様、無意識のうちに魔法を使っておる。あの威力は魔法にあらず。だが、拳を防御するよう魔法が施されておる」


「……待って、破壊したこと自体は魔法じゃないの?」


「あれは貴様の素の力だ。魔法ではない」


「どういうことなんだ……」


「さあな。我の『反転』の影響かもしれない。元の貴様は貧弱、それが『反転』したとなると」


「お師匠様が定義した魔法なのに?」


「意図しない効果も発現し得る。副作用もな。なんにせよ、貴様には魔女としての素質があることがわかった。やはり我の目に狂いはなかったようだ」


 腹の虫が情けなく鳴る。


 腹が減った。

 魔法を使ったせいか、久しぶりに運動したせいか。

 なんでもいいから食べたい。


「我ほどになれば腹が減ることもなくなる。食事などただの暇潰しに過ぎぬ。が、褒美として我が料理を振る舞ってやろう」


「お、結構楽しみかも」

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