第10話

 彼女は日本人らしい慎ましく美しく麗しい人だった。

 艶やかなストレートの黒髪に黒曜石のような瞳。童顔で身長が低くて、でも彼女は寸胴な人が多い日本人とは違ってとても華奢だった。バレリーナに相応しい細い手足にくびれた腰。誰よりも軽やかにステージの上で舞い踊る僕の愛おしい妖精姫は、重力すらも捨てて誰よりもきらきらと輝き、主人公として羽ばたいていた。それなのに、舞台を1歩降りれば、彼女は誰よりも慎ましかった。人よりも少し下がったところで穏やかに微笑み、人が求めるおもてなしの行動をとっていた。時に慎ましく、時に美しく、時に麗しく、そして時に妖艶に………、さまざまな顔を持つ彼女は、舞台の上で最も輝いていた。悔しいけれど、僕よりも輝いていたと思う。


 隣であどけなく眠っている彼女の頬を撫でる。

 頭に被っているVRMMOの世界に潜るための機械はもう数年間つけっぱなしだ。彼女は現実で生きることを拒絶した。現実に絶望した。それだけならば、どれだけよかっただろうか。彼女は今も自分自身を許せずにいて、そして自分を傷つけ続けている。現在進行形で、彼女は壊れ続けている。

 くちびるをぐっと噛み締めて視界を許したとしても、彼女は僕には応えてくれない。眠ったままの彼女は、ただただ規則正しく息を吸って吐くだけ。

 夢の中で、VRMMOの世界の中だけで生きる彼女が、本当に憎たらしくて愛おしい。

 世界が1日経つごとに、彼女の意識が1日遡っていることに僕が気がついた時には、全てが手遅れだった。彼女はもう僕のことなんて覚えていない。ただただ幼い無邪気さを持つ子供になってしまった。理知的な瞳から理性という大きな檻が消えゆくにつれて、彼女には無邪気という残酷さが備わった。


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