第31話 帰還

 静寂満ちる道場内。僅かな光しか差し込まないその場に、数十人の門下生が正座を組む。


「今日から鈴を外せ、お前にはその資格がある」


「ッ………は、はい!!」


 師範からの許しを得て、一人の門下生が刀の柄頭にぶら下がる鈴を取った。その光景に俺は納得がいかなくて、「どうして自分じゃないんだ」と腸を煮え繰り返していたのをよく覚えている。


 それからも、また一人、また一人と兄弟子や弟弟子の鈴が外れていくのを見た。その度に「まだお前はが取れないのか?」と馬鹿にされたのをよく覚えている。自慢げに師範から〈鈴外し〉を許されたアイツらの態度はどうにも気に入らない。


 ────お情けの癖に……。


 口にはしなかったが、鈴が外れた刀を自慢されては常に思っていた。

 俺が剣術を学んでいた道場の決まりとして、未熟者には柄頭に鈴がぶら下がった刀を常に帯刀するように言われていた。


 曰く、その鈴は戒めであると。


「刀を振ったのと同時に鈴の音を鳴らしているような未熟者は〈剣戟世界〉などに至れるはずもない」


 耳にタコができるほど、師範のその言葉を己に刻みつけた。


 そして鍛錬の末に、鈴の音を置き去りにするほどの鋭い一振を完成させた者のみが柄頭にぶら下がった鈴を外すことが出来る。

 今思えば懐かしい。そして納得もできる。俺に自慢してきたヤツらはどいつもこいつも俺より速く刀を振るえていた。


「クソっ…………!!」


 自分では無い他の誰かが〈鈴外し〉を許される度に、それを目の前で自慢げに見せつけられる度に、俺は一心不乱に刀の素振りをした。酷い時では朝から晩まで、寝る間も惜しんで一日中、道場にいたこともある。


 そんな光景を見て、同門たちはいつも俺に後ろ指を指した。


「無駄な足掻きを……」


「ただ我武者羅に邁進すればいいものでもないだろうに───」


「ガザミ師範の教えを何ら理解していないな」


 それが更に悔しくて、反発するように俺は我武者羅に刀を振るった。


 傍から見れば子供の癇癪だ。「若気の至り」と言えば聞こえはいいが、ただだた悔しくて自分が劣っていることを認めたくなかったのだ。


 そう考えれば、俺と言う人間は全く刀を握る才能がなかった。いつまで経っても鈴は外れず、傍ではずっと鈴が鳴っていた。その度に自分の未熟さを痛感するのだ。


「ッ……………!!」


 吐き気がするほど悔しかったことを忘れられるはずもない。


 今思えば、同門たちの呆れるようなあの眼差しの理由も理解できる。確かに、師の言うとりそれは戒めであった。


 それでも当時の俺は毎日誰よりも刀を振るう事しかできなかった。才能が無かったから。


 ────間違いだったかもしれない。遠回りをしてしまったかもしれないけれど、その遠回りも間違いではなかった。


 今なら全部わかる。けれど、決して自分のこれまでの道程が全部無駄で間違いだったとは思わない。


 人生とは往々にしてそういうものだろう?


 ・

 ・

 ・


「────あ………」


 目を開けて、ハヤテの視界に飛び込んできたのは予想に反して青く澄渡る空と仲間の姿だ。


「目が覚めたんですね、ハヤテ!!」


「だ、大丈夫ですか、ハヤテくん!?」


 不安げにマリネシアとアイネがハヤテの様態を気にする。一転して、一切この状況に要領を得ないハヤテはただただ困惑することしか出来ない。


 ────外……。


 身体を起こすことはどうにも今は難しく、視線だけを巡らせて、改めて現在地の確認を行う。そうしてこれだけは分かった。


 どういう訳か、自分は生き残ったのだと。


 ────いや、って言った方が正しいだろうか?


 幾つもの悪意に晒されたハヤテ達は結果として全員生き残り地上へと生還を果たしたのだ。


 ────どうして?


 その理由は様々な要因と幸運が重なった結果であり、一言で説明するには些か難しいのが実情であった。が、しかし、その要因と幸運の一つである原因がすぐ近くにいた。


「……起きたか」


「ジルバ……さん」


 視線を少し遠くまで伸ばせばそこには全身ボロボロの一人の探索者ジルバがいた。彼はハヤテから少し離れた位置でぼんやりと座り込んでいる。身に覚えのある光景にハヤテはすぐに悟る。


 ────また、この探索者に助けられたのだ。


 しかしそれでも疑問は残る。あの時、最初にあの彷徨者ワンダリングモンスターに斬られたジルバが如何にしてハヤテ達を地上に連れ帰ったのか。


「はっ……今更、猫を被らなくてもいい。一緒に冒険をして死にかけた仲だ、変に取り繕う必要も無いだろ?」


「────そう……だな」


 珍しく可笑しそうに笑うジルバに、ハヤテは内心驚きながら何とか頷く。そうして、ジルバは依然として困惑した様子のハヤテに助かった経緯の説明を始めた。


「それで、「どうして地上にいるのか?」その理由だがな───」


 理由はとても単純である。


「言ってしまえば、距離の短縮だ」


「……短縮?」


「そうだ、所謂、短縮経路ショートカット───」


 新人ニュービーであるハヤテ達ではまだ知り得ない、ジルバ────熟練探索者のの経験アドバンテージとでも言うべきか、地下迷宮には特定の階事に短縮経路ショートカットと言うものが幾つか存在した。


「────今回はその一つ、地下3階にある経路短縮を使って地上まで生還を運良く還ってこれたんだ」


「なるほど」


 その説明にハヤテは納得する。


「本当に幸運でした……」


 更に補足的にマリネシアのその時の話を聞いけば、正に奇跡の連続であったと。


 ハヤテが意識を失った後、鎧武者に何故か見逃され、そして何とか意識の残っていたジルバを動ける程度まで〈癒し〉の奇跡で回復、そうしてモンスターを避けながら短縮経路を使って地上まで帰還したらしい。


 限界状態での綱渡り、本来ならば驚くようなリアクションをするべきなのだろうが、ハヤテはそれほどは元気という訳ではなかった。


 ────怠いな……。


 依然としてその身体に上手く力は入らず満身創痍だ。目を覚まして直ぐにアイネが〈癒し〉の奇跡で回復を施してくれるも、それにも限界はある。


「ごめんなさい……私ももう、奇跡を使えそうには……」


「いえ、アイネさんも疲れてるのに無理をさせてすみません」


 心苦しそうに謝るアイネに、ハヤテは辛うじて動く首を横に振る。そんな現状に全員の意見は自然と一致する。


 ────各々、帰る場所に帰って休むべきだ。


 運良く生き残ったことを喜び分かち合うのはまた別の機会。今は休息が先決であった。


「ハヤテ、立てますか?」


「はい……」


 アイネのお陰で辛うじて一人で歩くには回復したハヤテ。心配そうなマリネシアと共に彼女の屋敷へと歩き始めるが、どうにも彼は上の空だ。


「…………」


 色々と聞きたいことがあったマリネシアであるが、一先ずはハヤテにも気持ちの整理が必要だとそれを放っておくとことにする。


 彼の脳裏で思い返されるのはあの〈強者〉との戦いだ。今もまだ瞼の裏にはしっかりと、あの時の鋭い一閃が媚びり付いてい。


「───くははっ……」


 無意識に笑みが零れる。それは倒すべき宿敵を見つけられた高揚感。何もかもが足りない未熟な自身を嘲るものか。到底、まだ自分のような未熟者ではあの強者を斬ることなど夢のまた夢。


 ────それでも。


「────アイツは俺が絶対に殺す」


 改めて、ハヤテはこの地下迷宮に挑む意味を見出す。与えられた仕事はしっかりと熟す。けれど、これだけは譲れなかった。


 不意に、少女の声がハヤテの意識を呼び出す。


「……ハヤテ?」


 気がつけばハヤテは足を止めて、思案に耽っていたようだ。そのことに気づき、ハヤテは不安げに見つめてくる主人に頭を振った。


「すみません、お嬢さま。大丈夫です」


「本当ですか?」


「はい」


「辛いなら言ってくださいね!」


「ありがとうございます」


 やはり奴隷に向けるには少しズレた感情。何ら態度の変わらない主の姿にハヤテは笑みを浮かべる。


 その日、彼らは一つの冒険を終えた。





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剣戟世界〜悪意蔓延る地下迷宮にて奴隷サムライは最強を求め続ける〜 EAT @syokujikun

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