第28話 回収屋の追憶

 どんな探索者にだって新人だった頃がある。ジルバ《彼》だってそうだ。


「おい、ジルバ!今日も森に冒険に行こうぜ!!」


「おう!!」


 幼い頃に読んだ地下迷宮の冒険譚、それに憧れてジルバは探索者を志すようになった。意外にもその動機は在り来りで、何者でもなかった彼は大志を抱き迷宮都市の門を幼馴染と叩いた。


 パーティは5人。一緒に村を飛び出した幼馴染の戦士と迷宮都市で出会った聖騎士見習いの兄貴分に盗賊であるジルバ、そして酒好きの魔法使いと信仰心の暑い女僧侶。


 攻守のバランスが取れた良いパーティだった。皆それぞれに個人的な目的を持って迷宮に挑み、夢や野望を叶えるべく邁進した。


 初めは苦難の連続だった。それは言わば通過儀礼のようなもの。迷宮の悪意は彼らに多くの試練を与えた。その度に絶望して、死ぬ思いをして、本当に死んだこともあった。その度に立ち上がり、運良く生き返り、仄暗い地下迷宮で藻掻き続けた。


「ついに俺達も〈到達者〉の仲間入りだな、ジル」


「ああ、長かったようで思い返せばあっという間だったな」


 その結果、彼らのパーティは誰一人欠けることなく地下迷宮を攻略していき。選ばれた〈強者〉しか足を踏み入れることの出来ない深層を冒険するほどまでになった。


「……おい、あれって〈※※※※※〉のジルバだよな?」


「ほんとだ、勇猛戦士の※※※もいるぜ」


 街を歩けば誰かが彼らの噂話をしている。それを耳にする度にジルバ達は物語の英雄に慣れたようで顔をニヤつかせた。

 そんな迷宮都市で少しは名の通ったパーティになる頃には彼らの中にもそれ相応の絆が築かれていた。


「よっしゃ、今日も生き残った!これからみんなで祝杯だ!!」


「またかよ※※※。お前はなにかに託けて酒を飲もうとしすぎなんだよ」


「───なんだよ、ジル。俺はみんなと気持ちよく酒を飲む為に頑張って地下迷宮を冒険してんだぜ?」


「初耳なんだが……冗句にしては面白くねぇな」


「わはははっ!冗談なもんか!俺は大マジだぜ!」


「それはそれでこまるんだが……」


 本当に良い───最高の仲間であった。今でもジルバはそう思っている。そんな素晴らしい仲間と共に冒険を続ける内にジルバと仲間の一人、女僧侶のメアリーと恋仲になる。


「私、あなたのこと好きよ? ジルはどう?」


 ───馴れ初めはなんだったか?


 懐かしい記憶を辿れば、これもまたとても在り来りだ。

 仲間が打ち漏らしたモンスターからメアリーを助けたのがキッカケとかそんな地下迷宮ではよくある悪意だった気がする。


「ヒューヒュー、お熱いねお二人さん!!」


「……からかうなよ※※※」


「ふふっ、私たちのことが羨ましのよ。ほら、※※※ったらこの前も狙ってた女の子にこっぴどく振られてるから」


「……メアリーも煽らないでくれ───ほら、ガチ効きして※※※が泣き崩れてる……」


「知らないわ。先に揶揄ってきたのはあっちだもの」


「メアリー……」


 最初は仲間内で揶揄われもしたがその度に勝気なメアリーが反撃をした。そんなお約束な流れを宥めるのはいつもジルバの役目。


「大好きよ、ジル」


「俺もだよ、メアリー」


「はあ……もう揶揄うのもバカらしく思えてきた」


 二人はお互いを本当に愛していた。揶揄うのもバカバカしく思えてくるほどに睦み合う2人に、とうとう仲間は呆れ返るほどに。


 ……考えればそこがジルバが思う幸せの絶頂だった。しかしながら、迷宮の悪意はそんな二人を最も在り来りでありながら、残酷な方法で引き裂く。


「GAAA…………」


「な、なんだコイツ────!?」


 いつも通り、深層へ向かう途中の道中、地下7階でそいつと邂逅した。それは今までで見たことの無いほど巨大な鼠。


「新種のモンスターか?いいね、こいつを倒せばまた俺たちの格が上がるってもんだ。これぞ、冒険の醍醐味……行くぞ、みんな!!」


「「「おう!!」」」


 大事そうに見知らぬ探索者の死体を貪るそいつは、異様な風格を帯びていた。地下迷宮に生まれ落ちてまだ間も無いであろうその巨大鼠。久方ぶりの大冒険の予感にジルバ達は興奮していた。


「GAAAAAAAAA!!!!」


「うぉぉおおおおおおお!!」


 ここでおずおずと逃げ帰れば探索者の名折れ。そんな情けないことをするほど、ジルバ達は冒険心を忘れてはいなかった。しかし、現実とはとても残酷なものである。


「に、逃げろ……ジルバ、メアリー…………」


「※※※ッ!!」


 油断していた訳では無い。あろうことか驕るなんてことも無かった。それは地下迷宮で最もと愚かで、馬鹿な思考だ。それでも問題なく討伐できるとジルバ達は踏んでいた。

 しかし、結果は惨敗。ジルバ以外の仲間は全員がその死体を漁り貪る巨大鼠に殺された。


「あなただけでも生きて、ジル───」


「ダメだ、イヤだ、そんなこと、できるはず…………」


「愛してる、本当に大好きよ、ジルバ────」


「メアリィィィイイイイイイッ!!!!」


 最後に愛しの人も目の前で貪り殺されてしまった。死に際に残した彼女の言葉は今でも忘れない。


「あなたは強くて優しいから、少しでも多くのます迷える子供たちを助けて導いてあげて」


 巨大鼠は好きなだけ殺して満足したのか、ジルバは運良く生き残れた。しかし、仲間の死体を持ち帰ることは出来なかった。全てあの鼠が意地汚く食べたか、自分の巣に持ち帰ったから。


「俺は……俺は……うわぁぁあああああああああぁぁぁ!!」


 地上に逃げ帰り、ジルバは絶望した。なぜ自分だけ生き残ったのか自責の念に襲われる日々。暫くの間は間借りしている宿から出ることはできず、涙が枯れても彼は一人蹲って泣き続けた。


 ジルバ達のパーティが一体のモンスターに壊滅されたと言う事実は直ぐに迷宮都市に拡散された。将来有望な上位パーティの死滅に同業者はもちろん多くの人が悲しんだ。


 それと同時にあの地下7階で遭遇した巨大鼠の噂も直ぐに広がった。


「……おい、またあの〈死体漁りスカベンジャー〉に新人が食い殺されたらしいぜ」


「マジかよ……これで何組目だ?」


「さあな……」


「なんであんなバケモンが上の階に来るんだ……!」


 その鼠は浅瀬まで登って鏖殺を繰り返し、その特殊性から〈死体漁り〉と呼ばれるようになった。


「死体、漁り……」


 その名前を聞く度にジルバはあの時のことが思い返す。毎夜、夢に見るのは仲間の死ぬ光景。悪夢に魘されては吐き気を催し、生きているのが地獄のようにさえ思えた。


 生きているのに死んだような気分。時間が経つに連れて腐っていく感情は、何時しか別のモノに変化していた。


「アイツが……アイツさえ、居なければ今頃メアリーは、みんなは────」


 それは復讐心。いつの間にか憎悪にに駆られ、ジルバは自殺でもするかのように一人で地下迷宮に潜るようになった。全てはあの憎き鼠を殺すために。


 ────助けて、導いてあげて。


「ああ、わかってるよ……メアリー。君との約束は死んでも守る」


 そして、唯一残された良心で彼女の最後の言葉を守るために。


 そして今、長きに渡る復讐は果たされようとしていた。

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