第27話 死体漁り
「ズルっ……グゲ、んグ……!!」
「ひっ……」
しかし、彼女達をここまで導いてきた
「もう逃しはしない」
〈魔剣〉を抜いてジルバは地面を激しく蹴って飛び出した。妖しく煌めく剣は先程からその身を最高潮に震わせている。それはまるで歓喜に咽び泣いてるように思えた。
「GGA……?」
その嫌に耳に残る音を部屋の主───〈
〈死体漁り〉は食事の邪魔をされて、獣らしく獰猛に憤慨するかと思ったが、どうにもその予想は裏切られる。
「ピギュウっ!?」
情けなく、狼狽えるような鳴き声にハヤテ達は耳を疑った。〈死体漁り〉はジルバを視界に入れた瞬間に恐怖し、慄いたのだ。戦うなんて以ての外、奴は逃げ隠れるように部屋の奥にある死体の山へと走った。
「相も変わらず臆病者だな────」
それを咎めるようにジルバは真言を諳んじて魔法を行使する。
「迸れ、疾く速く────〈
闇を駆け抜ける雷は逃走を図る〈死体漁り〉の眼前に振り落ちる。
「GAOO!?」
鼠は既のところで急停止して、何とか雷の直撃を逃れて方向転換しながら器用に奥へとひた走る。ジルバは魔法が当たらなかったことを特に気にすることなく、再び詠唱を始める。
「迸れ、疾く速く────」
ここまで温存してきた力を全て解放する。帰りの事は算段に入れない。憎悪にじみ出る彼の眼光は〈死体漁り〉を射殺さんばかり、そこで初めて彼の確かな感情の発露を見る。
「なに、これ……?」
目の前で繰り広げられる攻防は正に異次元。マリネシア達は呆然と立ちつくすことしかない。魔力が回復し、魔法が使えるようになったところで奴と再び戦う覚悟はできていなし。そもそも、こんな領域違いな中に飛び込めるはずもない。
「───お嬢様、俺も行ってきます」
しかしやはりと言うべきか、ハヤテはそれを見て尚、嬉々としてジルバに続いた。
「えっ?は、ハヤテ……?」
困惑する主人を置いて、颯爽と奴隷サムライは飛び出した。
部屋はさほど広くは無い。
〈死体漁り〉はジルバの轟雷を掻い潜り、部屋の最奥に鎮座する死体の山へと辿り着く。奴はその影に隠れるがそれは時間稼ぎにもならない。
────所詮は獣か。
ハヤテは鯉口を切って一気に死体の山へと特攻しようする。反して、ジルバは立ち止まり、警戒するように防御姿勢を取った。
「…………?」
それに倣ってハヤテも反射的に足を止め、彼の隣に並んぶ。畳み掛けるなら今だろう、そう判断するハヤテは転じて様子見するジルバに質問した。
「───どうして攻めない?」
「まあ見てろ」
しかし、明確な答えは示されずジルバはただ死体の山を指すのみ。依然として首を傾げるハヤテの疑問はすぐに解かれた。
「GAAAAAA!!」
〈死体漁り〉はいつ間にか死体山の頂点に立ち、足元の死体をハヤテたちに投げつけてきた。
「んなッ……!?」
「……悪いな」
軽々と宙を舞い、目を疑う速さで迫ってくる死体にハヤテは肝を抜かれる。対してジルバはほんの少し瞑目し飛んでくる死体を一刀両断した。
〈魔剣───
「アイツはどうしようもない死体狂いのどうしようもない性癖の持ち主の馬鹿だが、狡猾だ。それに驚くほど慎重で、臆病で、弱い奴しか相手にしない。
俺との実力差を正確に測り、勝てないと分かっている。だからああして大事な死体を盾にしてまで逃げてるんだ」
「っく………!!」
次々と飛んでくる死体。それを斬り伏せながらジルバは淡々と説明をする。しかしながらハヤテは死体を斬るのに必死でそれを真面目に聞いている余裕は無い。
「多分、あと少しもしないうちにあのクソネズミは抜け道を使って逃走を図るだろう。また追いかけるのも面倒だ。ここで潰すぞ」
死体を切り進みながらジルバはそれを気にせず言葉を続けた。
「俺が奴の
「なっ───」
ジルバの唐突な作戦指示にハヤテは一瞬困惑する。まさか、自身がこの戦いの算段に入れられてるとは思わなかったからだ。それに対してジルバは煽るように笑う。
「あの獣と斬り結びたかったんだろ、戦闘狂い?これもまた冒険だ、死ぬかもしれんがやってみろ。これは迷宮に狂わされてるお前にしか出来ない仕事だ」
「───わかった」
迷いはなく、ハヤテは寧ろ歪に笑みを浮かべて返答とし再び走り出した。ジルバもそれ以上の言葉はなく、簡潔に指による方向指示のみ。それを読み取ればすぐにジルバの言ってる抜け道は見つかった。
「GAAAAAAAAA!!!!」
咆哮と同時に今までの比にならない死体をが宙を舞う。それを盲わしにして〈死体漁り〉は死体山から駆け下りて抜け道へと走り出した。ジルバの予想は見事に的中する。
「ふぅ────」
「GYAGYA?」
しかしその先には既にハヤテが先回りしている。それでも〈死体漁り〉にとってハヤテは弱者であり、捕食対象の獲物でしかなく、障害にはなり得ない。完全に馬鹿にした〈死体漁り〉の赤目がハヤテを射抜く。
───当然の反応だ……気にするほどのことじゃあない。
ハヤテの役目はジルバが挟撃できるまでの一瞬の時間稼ぎ。それならば彼にもその役目は果たせる。例え、相当な犠牲を払ってでも。
「さあ、再戦と行こうか」
未だ鯉口を切って留める。自然と体に染み付いた動きで最適解を導き出す。それは、居合の形。何も考えず突進してくる大鼠との接敵は嵩瞬後、目にも止まらぬ速度でハヤテは刀を振り抜いた。
「GAGA!!!!」
凛と鈴の音が鳴り、鋭い刃が闇に奇跡を描く。それはまだ彼の一振が追い求める極地には至っていない確たる証拠。
「チッ────」
鈴の音を聞いてハヤテは不満げに舌を打つが、それが今までのどんな一振よりも上手く出来た自覚はあった。なにせ目の前の鼠も反応出来ていない程の疾さだ。
「GA────!?」
迫る刃を前に〈死体漁り〉は咄嗟に回避行動を取るが、間に合わない。そして、確かにハヤテの放った一閃は鼠の腹を斬り裂いた。
吹き出る鮮血。それでも存外、傷は浅く致命傷には至らない。だが怯ませるには十分だった。
「よくやった」
ジルバの声がすぐそこまで聞こえた。提示された役目をハヤテは果たした。後は〈死体漁り〉の背後から迫る絶対的〈強者〉の本気とやらを見物させてもらう。
「終わりだ」
確信を持った言葉。目前へと迫った宿敵に彼の〈
「GA────」
回避は不可能。〈
「────GAAAAAAAAA!!?」
それでも眼前の鼠は意地汚く生に執着する。
「GA───GYAAAAAAAA!!!!」
「ッ!!?」
突然の耳を劈くほどの
───油断した。絶好の
「ッ!ッ!ッ!」
脇目も振らずに〈死体漁り〉は正規の入口から逃走を図り、瞬く間に姿を眩ませた。
「クソッ…………!!」
拘束はその数秒後に解かれ、ジルバは腹立たしげに舌を打つと即座に部屋を出て走り出す。
目的は分かっている。手負いならばまだ追いついてあの鼠を殺すことができると、ジルバはそう判断したのだ。それにハヤテも続き、戦闘を見ることしか出来なかったマリネシア達も後を追った。
まだその彷徨者は見苦しく足掻く。それは生物としてとても当たり前の事だろう。決着は近い。
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