第21話 単独行動
地下迷宮を
それが探索者の常識、セオリーだ。けれどもごく少数、ほんのひと握りだけ
「───ここにも食い残しか……」
このジルバという探索者もその1人であった。
地面に転がる無数の手足。それはどれも不揃いで中途半端に食いちぎられて歪に居残っている。
「相変わらず行儀が悪いな……いや、化け物に行儀を説くのは筋違いか───」
呆れたようにジルバは息を吐き、もう何度も目にした同じような光景に辟易とする。
現在、ジルバがいるのは地下迷宮第三階。そこの基本構造は第一階と何ら変わらないが、確実に潜る者に相応な実力と経験が求められる階だ。
下の階なのだから当たり前だと思われるが、これはとても大事な事だ。何せ、自分の実力も満足に把握出来ない勇み足な新人が下の階に足を踏み入れれば数分と経たずに死ぬ事など当たり前である。引き際をしっかりと弁えられるのも探索者としての一つの素養だろう。
ここに足を踏み入れるのであれば最低でも4人パーティでその全員が大鼠二匹を単騎で討伐できる事が最低条件であろう。
「さて、この巣もハズレ……今回は何処に
その基準で言えば、ジルバの実力というのは
「※※※※※」
「……」
息を殺し、近くを通り過ぎた正体不明のモンスターをやり過ごす。彼に掛かればあの程度は難なく倒すことは訳ないが、無駄な労力は払わない。
戦闘は必要最低限、長年の経験で培ったジルバの探索術はモンスターの気配を機敏に感じとり、厭らしく潜む
「……」
そこにあるのは微かな男の息遣いと、どこかから聞こえてくる獣の遠吠え。
一人の冒険というのはとても静かで、無機質だ。作業的に地図で道を確認して目的の為にひたむきに進む。
常人ならばこの静寂といつモンスターに襲われるかも分からない緊張感、そして罠に嵌って死ぬ恐怖感に耐えられないだろう。悪意蔓延る地下迷宮でたった一人、そんな状況で正気を保てる方が可笑しな話であった。
───今更な話か。
自嘲気味にジルバは笑う。
やはり彼は頭のネジが幾つも外れてしまい。普通という感覚が狂いに狂っていた。
常に浅瀬しか探索しない彼の冒険とは傍から見ればとてもつまらないだろう。大抵の
やはり傍から見ると、彼の冒険はそう呼ぶには少し疑わしいほど何も起こらないし、刺激が足りていなかった。しかし、今日は違った。
「ここは……」
無数に広がる道を進み、ジルバは思わず足を止めた。そこは地下三階の地図には載っていない
「───ッ」
予想だにしない
もう既に十分に探索し、地図を埋めつくしたと確信しても、こうして迷宮は探索者に「それは違う」と言わんばかりに
───鬼が出るか蛇が出るか……。
少し乱れた呼吸を整えて、ジルバは一思いに
「ッ───この臭い……」
足を踏み入れた瞬間に彼を出迎えたのは鼻を劈く死体の腐った臭い。次いで眼前には山のように積み上げられた死体があった。
本来ならば未踏破の
───不在?
「どういうことだ?」
本来、あるべきはずの事が起きない違和感。無感情だったジルバの表情がそこで初めて怪訝に歪んだ。
剣を何時でも抜けるように手を添えて警戒を高める。躙り寄るようにして彼は部屋の奥へとゆっくり進む。
「…………」
それでもモンスターは湧き出ず、罠が起動する素振りもない。あるのは最初から山のように積まれていた死体だけ。
───本当にそれだけか?
彼らしくも無い、油断した瞬間だった。
激しい轟音と滝のように流れる岩が視界に飛び込む。即座に視線を上へ遣ると、部屋の天井が崩れているのが見えた。
「ッ!!」
反射的にジルバは後ろに飛び退き、振り落ちてくる瓦礫の数々から難なく逃れる。
罠にしては余りにも稚拙でお粗末。ジルバの思考は困惑し、この状況をどう整理するべきか吟味する。
しかし、それで終わりではない。
「「「うわぁあああああぁあああああああああぁぁ─────!!?」」」
絶叫と共に、崩れた天井から無数の影が勢いよく落ちて、死体の山に激しく突っ込んでいく。
「───ッ!!」
色とりどりの叫声を聞いてジルバは咄嗟に身構える。今度こそモンスターとの接敵かと、警戒をするが、しかし識別に成功した影の正体に毒気を抜かれる。
「………なぜ、お前らが上から降ってくる?」
それは何時ぞや自分のことをパーティに誘ってくれた変な少女───マリネシアが率いるパーティだったからだ。
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