第20話 シュート

 酒場での話し合いから翌日。ハヤテ達は数日ぶりに地下迷宮へと入るためにいつもの広場へと来ていた。


 ここで探索者達は迷宮に入る前に最後の準備をする。広場に出店を構えて、探索者相手に商売をする商人たちが今日も溌剌に客寄せをしていた。それらを横目にハヤテ達は一人の探索者と相対してた。


「やあやあ!君たちがディーグさんの言っていたパーティだね?」


 人好きのする爽やかな笑みを浮かべるその男に対する三人の第一印象は『ひょうきん者』であった。


 派手な赤髪にこれまた派手な赤色と飾りが施された装備。顔立ちは整っており、格好のいい部類に入るがどうにもパッと見では探索者に見えないその男に、マリネシアとアイネは顔を顰める。


 どうにも女性陣二人の反応が宜しくない。これだけ見てくれが良ければもっと好感触の反応を見せるはずだが、依然としてマリネシア達は「こいつで本当に大丈夫か?」と訝しげある。


「いやあ、話に聞いてた通り二人とも可愛いねぇ〜!俺、二人と出会えて嬉しぃなぁ!」


 その原因は下心満載の馴れ馴れしい彼の態度が理由だろう。店主ディーグに紹介された探索者は如何にも女好きで軽薄そうな青年であった。


「今日はよろしくね、マリネシアちゃん!!」


「……はい」


 名前をメイソンと言う。歳の頃はマリネシアと同じくらい、探索者になって二週間、地下迷宮での探索回数は今日で4回目だという。


 彼を紹介してくれた店主ディーグ曰く、どうやらメイソンもハヤテ達と同じ境遇───仲間が冒険の途中で死んでしまい途方に暮れていたらしい。


「アイネちゃんも!!」


「ははっ……」


 一人だけ生き残ってしまった罪悪感から探索者を辞めようとも思ったらしいが、今ここにいるということはそういう訳にもいかない理由があるのだろう。


 ───と、言うか全くそんな風に見えないんだが?


「ねぇねぇ!今日の冒険は軽めにしてさ、その後に三人で一緒に食事なんてどうかな?」


「あ〜……」


「勿論、俺の奢りだよ!」


 饒舌にマリネシアとアイネを口説くメイソン。その雰囲気は今から迷宮に行くソレではなく。酒場にでも飲みに行くような感じだ。


 あからさまに目線を逸らしてハヤテに助けを求めるマリネシアとアイネ。彼としても助けたいのは山々なのだが───


「挨拶はそのくらいにして、そろそろ地下迷宮に行きませんか?」


「あ?うるせぇな。奴隷は黙ってろ」


「はぁ……」


 ───取り付く島もない。と言うか、完全に下に見られて舐められている。そんなメイソンの態度にマリネシアとアイネは怒気を孕むが、ハヤテとしては「当然の反応だな」と納得していた。奴隷とは本来こんな扱いだ。


 ───本当に大丈夫なんだろうな?


 罠師としての技量は新人ニュービーにしてはやる方だとディーグは言っていたが、この様子を見るとそれが疑わしく思えてくる。


「えっと……事前にディーグさんから話は聞いてると思いますが、人数と役職の関係で前衛も務めてもらいます」


 全く話が進まないことに辟易としながら、ハヤテは反感を買うこと覚悟でメイソンに尋ねる。メイソンは今までの上機嫌な顔を無愛想なものに変えて声高に言った。


「当たり前だ。なんならお前より普通に俺の方が強いから、逆に足を引っ張るなよ」


 その大口にやはり二人ほど眉根を潜めたのは言うまでもない。なんとも嘘くさいメイソンの言葉を話半分に、ハヤテ達は地下迷宮に潜った。


 ・

 ・

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「わはははっ!モンスター共は俺の圧倒的な強さに恐れを生しているようだな!?」


 迷宮に入ってから数時間。中はメイソンのことを無視すれば不気味なくらいに静かなものだった。


 モンスターの息遣いは疎か、他の探索者の気配も無い。それは数日前に遭遇した〈死体漁りスカベンジャー〉が原因なのか。ハヤテ達に実情は分からなかった。ただこの順調に足取りが進む違和感には嫌な記憶が蘇る。


 ───また、迷宮に誘い込まれているのか?


 ハヤテは最近の経験則からそんなことを考えてしまう。マリネシアとアイネも同じ事を考えていたのか無意識に表情が強ばる。反してメイソンは呑気なものだった。


「二人とも、そんなに怖がらなくても大丈夫さ。もし何かあっても俺が絶対に守ってあげるよ。それに、今はこの1階に〈死体漁りスカベンジャー〉は居ない」


「えっ?どういうことですか?」


「昨日たまたま酒場にいた探索者達の話を聞いたんだ。なんでも〈死体漁り〉は今、地下3階を徘徊してるって」


 ここに来て、ようやくまともで有益な話をしたメイソンに三人は目を引く。


 まだ顔合わせ初日の時点ではあるがこの数時間でメイソンに対する三人の評価は最低値に達していた。それを加味して、今の話を全て鵜呑みにする訳では無いがマリネシアとアイネはあからさまに安堵し、ハヤテは少し眉を顰めた。


 今までとは違う三人のまともな反応にメイソンは機嫌を良くして、その後も無駄口を叩き続ける。


「まあ、俺の実力だったら〈死体漁り〉なんて雑魚同然なんだけどね?マジでヨユー過ぎてやばいよ?」


 それでも進む歩は止まらない。依然として成果はなく、久しぶりの冒険にしてはこんな成果なしで終わる訳にも行かない。そんな貪欲な考えが過ぎるが、この精神状態で更に奥に進んで良いとも思えなかった。


 ───退くならここだろう。


 それはたった数回の冒険で培った経験則が訴えかける勘のようなもの。そしてリーダーであるマリネシアもハヤテと同じ事を思ったようだ。


「今日はこの辺にして上に戻りましょうか」


「……ですね」


「分かりました」


 進む足を止めてマリネシアは撤退の判断を下す。ハヤテとアイネは「まあ妥当な判断だ」と納得。しかしメイソンは不満げであった。


「え?なんでさマリネシアちゃん?まだモンスターと戦ってないし、宝箱だって見つけない。そんなに怖がらなくても俺が入れば安心────」


「すみません、メイソンさん。なんだか嫌な予感がするんです。指示に従ってください」


 しかし決断は覆らない。文句を言うメイソンを無視きて三人は来た道を引き返す。それに渋々メイソンがついて行こうとした瞬間に悪意はやって来た。


「※※※※※※」


「ひ、ひぃっ!」


 耳障りな獣の声とメイソンの情けない悲鳴。それはモンスターとの接敵の合図だ。


「警戒ッ!」


「「ッ……!!」」


 マリネシアの声で全員が身構える。既に〈光明ルクス〉の奇跡で僅かながらに視界は確保できている。それでもまだ距離があるのかそもモンスターの正体を識別することは出来ない。


「数は───四体です……」


 それでもハヤテは気配を辿って敵の数だけは断定する。距離はまだ離れていたが回避は不可能。仮に逃げようにも迷宮の奥に進む必要があった。それは悪手だ。


 ────上に戻ろうとしたらこれだ……。


 心の内で愚痴るが迷宮の悪意は得てしてそういうものであった。

 愚痴に反してハヤテの表情はどこか上機嫌。その口は楽しげに歪み始めていた。


「燃え、猛ろ───〈小焔パルフラマ〉!!」


「ッ────!」


 戦闘態勢に入る。敵の方向にマリネシアの魔法。それに追随するようにして、ハヤテがいつも通り先陣を切った。闇を切り裂く火球の道標にハヤテの視界は拓く。彼の間合いに入る頃にはその目にしっかりと敵の姿は映っていた。


「小鬼が二匹に空虚な外套と人面蝶か───」


 瞬時に識別し、手っ取り早く殺せるモンスターに当たりを付ける。素早く刀を抜き放ち、小鬼ゴブリンに迫る。


「ゲキャッ!?」


「───チッ」


 奇妙な声と鈴の音が鳴る。目測を誤ったか刃は小鬼の首まで届かずに防がれる。次いで闇を照らしていた火球も少し奥で壁にぶつかる。これは空虚な外套に掠り、そこから瞬く間に外套は燃え消える。


「ゲキャギャ!」


「ジジジジ!」


 残るは三体。一体はハヤテが対峙するが残る二体がハヤテを素通りして後衛に向かった。


 ───まずい!


 一瞬、ハヤテは焦るが直ぐにメイソンがいる事を思い出す。


「そっちに行ったぞ、メイソン!!」


 無理やり貼り付けていた敬語も剥がれて、ハヤテは大声を飛ばす。あれだけ息巻いていたのだからやることはやってもらわないと困る。しかし奴は向かってくるモンスターを前にどうも様子がおかしいかった。


「ひ、ひぃっ!く、来るなぁ!!」


 先程の大口はどうしたのか、メイソンは剣を抜いて構えたのはいいものの、その場で硬直して情けない声を上げる。目は泳ぎ、呼吸は荒い。それは明らかに混乱し動揺していて、到底戦える様子では無い。


「ゲキャッ!!」


「ジジジジッ!!」


 その明らかな綻びを眼前のモンスターは目敏く突いてくる。後衛へとモンスターが流れ込む。途中、メイソンが立ち塞がる形になるが奴はついに我慢ならずに有り得ない行動に出る。


「やっ、やってられるかッ!!?」


 脇目も振らずに奴は全速力でモンスターへと背を向けて逃走を図る。それも接近戦の不得手な後衛にモンスターを擦り付けてだ。


「クソ野郎がッ────!!」


 状況は最悪。ハヤテは即座に目の前の小鬼を斬り殺して地面を蹴る。全速力でマリネシア達を助けに入ろうとするが間に合わない。彼らの間には物理的に詰めるには不可能な距離がありすぎた。


「お嬢様ッ!アイネさん!」


 悪寒が走る。嫌な予感は瞬く間に大きくなってハヤテを押し潰そうとする。だが、その予感は一瞬にしてに塗り替えられる。


「巻き起こり、吹き飛ばせ────〈焔風フラマウェント〉!!」


 マリネシアが叫び、瞬間、彼女達の前に吹き荒れる炎の嵐が顕現した。それは彼女が切り開いた真に力ある言葉魔法。数回の冒険の経験で培った新たな力だ。


「ゲキャ────!!?」


 嵐の前にモンスター共の動きは阻害され、その身を瞬く間に焼き焦がす。嵐が止み、視界が開けるとそこには五体満足の二人。


「お嬢さまッ!」


「はぁ……はぁ───ハヤテ、私、やりましたよ」


「───お見事でした」


 魔法を連続で行使したことで息を切らしたマリネシアはハヤテに笑いかける。彼女が咄嗟に放った魔法で危機は脱した。


 それ以上の新手も無く、何とか勝利を収める。一気に張っていた気が抜けて、体が脱力する。流石に今の戦闘は肝を冷やした。


「あの野郎……!」


 刀は鞘に納めたが、依然としてハヤテは警戒を解かない。その理由は今しがた仲間を見捨てて一人だけ逃げたクズ野郎の所為だろう。


 辺りを見渡すが当然、メイソンの姿は見えない。更にハヤテの怒りは募るばかりだ。守るべき主人を危険に晒した、その事がハヤテは許せなかった。


「ハヤテ、落ち着きなさい。気を立てては疲れもとれません、まずは無事を喜びましょう」


「ハヤテくん、怪我はありませんか?」


「……はい、大丈夫です」


 マリネシアに諭されてようやくハヤテは警戒を解く。そして、暫しの休憩の後に再び出口を目指そうと思い立ったところでそいつは姿を見せた。


「や、やあ!どうやら危機は去ったみたいだね!俺が居ないのによくやったじゃないか────」


 その声の主は一人逃げたはずのメイソン。彼は全く悪びれる様子は無く、平然と何事も無かったかのように三人に近づく。


「────って、ひぃっ!!な、なんで俺に武器を向けるんだ!!?」


「……黙れ」


 しかし、それをハヤテは許さない。一度は主人の言葉で納めた怒りも、その元凶が直ぐに現れれば抑えるのは難しかった。


 ハヤテにとって目の前の男は既に仲間では無く。自分たちを命の危険へと陥れる外敵でしかなない。射殺さんばかりの眼力と向けられた刃に、それでもメイソンは反省の色が見えない。


「お、おいおい、奴隷の癖に生意気だなぁ?そ、そんな高圧的な態度が許されるとでも───ひぃっ!や、やめろ!やめてくれ!」


 ハヤテはその腹立たし声を出す喉元の直前へと剣先を突き立てる。


「状況が分かってないようだな。俺は今すぐにお前を斬り殺してもいいんだぞ?」


「へ、やれるもんならやってみ────ま、待て待て!冗談!冗談だよ!!」


「最後ぐらい黙って逝け」


 目配せでマリネシアに確認を取るが彼女は目を伏せるのみ。それを黙認とハヤテは捉えて、眼前のクソに今度こそ刃を突き立てる。


 しかし、メイソンも為す術なく死ぬのはやはり嫌なようで、ハヤテの刃から逃れようと必死に後ずさる。


 メイソンはマリネシア達の方へ助けを求めるがどうして助けて貰えると思っているのか。無駄な足掻きに遂にハヤテの刀が奴を捉えようとした瞬間であった。


「───あだっ!?」


 何かに足元を取られて間抜けに転ぶメイソン。それと同時に何か岩が擦れるような音がした。


「──────は?」


 刹那、視界が急に下がる。妙な浮遊感も覚え、咄嗟に視線を下に向ければ足場が崩れていた。


 それは一言で言えば落とし穴。迷宮の中で一位二位を争うほど突発的に発生し、死亡率の高いトラップである。


 一難去ってまた一難。盗賊であるメイソンが、罠を看破しなければならないはずの彼が見逃していた罠の起動装置を踏み抜き、それによってハヤテ達が立っていた一帯の地面が崩れたのだ。


 一息つく間もなく、また迷宮の悪意が始まる。声を上げること出来ずに、ハヤテ達は理不尽に落下シュートした。

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